23.刻まれた記憶
最近は敵襲が少なくて身体が鈍ってるとかで、16番隊の他にも幾つかの隊が鍛練をしていた。
広いモビーの甲板も、流石にいっぱいだ。
冬島海域が終わりに近く、寒さはかなり和らいでいたので、私もコートは脱いで甲板の隅で軽く身体を解す。
「16番隊って、狙撃手が多いんですね」
「狙ってる訳じゃねェけどな。それでも何処の隊にも多少の色は有るな」
「的外した奴は飯抜きだ」なんて楽しそうに言うイゾウさんとは反対に、必死に鍛練を重ねる隊員さんたち。
イゾウさん、怖そうだもんなぁ…マルコさんやハルタも厳しそう。サッチやエースは一緒になって暴れてるのかな。
―なんて事を考えてるつもりだったのに。
「んー?」
それは、全くの無意識だった。
「あ…」
言葉が出てた事すら、自分では分からないくらいに。
「…リリィ、何で外すのが判る?」
「え?だって二発目撃つ時、僅かに銃身を傾ける癖が有りますよね?あのひ…と…」
今、何て言った?私……
ドクン、と激しい音を立てて、心臓が鷲掴みされたみたいに軋んだ。
恐る恐る隣に居るイゾウさんを見上げる。
私の不安に気付いてくれたのか、腰を下ろしてくれたイゾウさんの目は穏やかだけど至極真剣で、それが却って私の不安を煽る。
「あってる。よく分かったな」
「何で私、そんな事が…」
「…リリィ、利き手を出しな?」
「はい?」
私の右手を取ってチラリと見た瞬間に、イゾウさんは小さく舌打ちをした。
「くそ、何で気付かなかった…単射型の回転式銃か…?」
「…え?イゾウさん、何を…?」
「俺の…じゃ重てェな…ちょっと待ってな、すぐ戻る」
私の頭をぽんぽんと叩くと「心配するな」と言い残して、イゾウさんは船内へと入って行った。
どういう事…?
だって、私の居た筈の国では銃なんて一般市民は使わない…
使うとしたら、警察に自衛官に…裏の世界の人…?
握り潰されたみたいに、心臓が痛い。
ドクドクドク…と、畳み掛ける様に鳴り続ける鼓動が、呼吸の邪魔をする。
苦しい――イゾウさん…
「リリィ、大丈夫か?」
「イゾウさ…!」
吐いた言葉と入れ替えに入って来た空気を深く吸いながら、私の前髪を掻き分けるその手に縋り付く。
「一人にして悪い、休むか?」
きゅっと握り返された手から伝わる熱で、みるみる不安が薄らいでいった。
小さく首を振る。
大丈夫。
この手が有れば、怖くたって前に進める。
「いえ、もう大丈夫です」
しっかりと目を見てそう言った私に満足そうな笑みをくれたイゾウさんは、私の手に何かを握らせた。
「これ…」
それは、イゾウさんの物よりかなり小ぶりな一丁の銃。
「構えてみな。リリィ」
「え…?」
銃なんて扱える筈がない…
それなのに、何故かこの重さが
ひんやりとした金属の温度が
手の平に馴染んでいる気がして、身体に嫌なざわつきが纏わり付く。
息を飲んでゆっくりと立ち上がり、渡された銃を構えた。
――知ってる。
私の身体はこれを覚えてる。
「イゾウさん…」
「撃ってみるか?出来るな?」
ゴクリ、と唾を飲む音がやけに大きく響いた。
「―――はい」
指し示された的に向かって
銃鉄を上げ、引き金を引く
この銃の引き金は少し重たい――
記憶は無いのに、身体がそう呟く
発砲音と一瞬の静寂。
ヒューと誰かの吹いた口笛の音で、我に返った。
「うそ…ど真ん中…」
「お手本みてェな撃ち方だったな」
ククッと笑ったイゾウさんの方へ振り向くと同時に、急に全身の力が抜けてへにゃりと崩れ落ちた。
「…訳わかんないよ…こんなの…」
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