21.今までよりも深く
いつも聞こえている波の音も
賑やかな筈の宴の声も
何も聞こえなくなった
なのに、心臓だけがトクントクンと煩い。
「ん…っ」
深く深く、心まで絡め取られる様に与えられるとろける様な口付けに、手を触れているだけだったイゾウさんの指先をきゅっと握る。
「イゾ…さ、くるし…」
必死に紡いだその言葉に応える様にククッと小さく聞こえた笑い声と同時に解放されると、再び波音が耳に戻って来た。
苦しさと嬉しさで涙目になって、はふはふと呼吸をする私を見るイゾウさんは、腹立つくらい余裕な顔で。
涙の滲んだ私の目元をペロリと舐めて、意地悪な顔でニヤリと笑った。
「なんかもう…恥ずかしい…」
イゾウさんの膝に横向きに座ったままの私。
余りの近さに視線を逸らすのも憚られ、思い切って目の前の胸元にぽふんと顔を埋める。
「あ…まだ聞こえる…?」
トクトクと聞こえる心音に、イゾウさんも私を意識してくれている事が分かって嬉しくて、心がきゅうっと温かくなった。
それと同時に、じわじわと音も無く忍び寄る不安。
「…イゾウさん、本当に良いんですか?私…元居た場所で、その…誰かと居たかもしれないし、もしかしたら…け、結婚とかも…してたかもしれないですよ?」
不安に思っていた事を言葉にした私に、イゾウさんは小さくため息をつくと、優しく頬を撫でた。
思わず顔を上げると、真近で目線が絡んで引きかけた熱が再び集まる。
「リリィは今何処に居て、何がしてェ?」
「――ここで、イゾウさんと居たい…」
「ならそれでイイじゃねェか」
「そんな簡単に…!」
「簡単だろ?他に何か言いたい事が有んなら、今のうちに言っとけよ?後には聞かねェからな」
イゾウさんの言葉に、この世界で今踏み出す事への決意を問われている気がして、隠さずに本音を口にする。
「…過去もこれからも、怖くない訳じゃないです。泣くかもしれないし、足手まといになるかもしれないし…」
「それだけか?」
「あと…イゾウさんが好き」
真っ直ぐに目を見て、心まで届く様にと想いを込めて伝える。
「…それは何度でも聞いてやる」
「何それ、狡い。イゾウさんて、自分勝手でワガママで、結構強引ですよね?」
「悪口言ってるだけじゃねェか」
クスクスと、顔を見合わせて笑い合う。
それだけで本当に幸せで、今ここに、イゾウさんの腕の中に居られる幸せを噛み締める。
「でも、悔しいけど大好き」
「あととかでもとか、ついでみたいに言うんじゃねェよ……」
「じゃあ……」
反撃虚しく、私の言葉はイゾウさんに飲み込まれる。
「リリィ。もう黙んな」
イゾウさんの実力行使に、なす術無く俯いた私の耳元で、イゾウさんが呟いた。
「俺も好きだ、リリィ。それだけは、何が有っても忘れるな」
予想もしていなかったイゾウさんの言葉に思わず抱きついて、今度は自分から口唇を重ねた。
忘れない。
絶対に、何が有っても――
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