Truth | ナノ

  01.はじまりの日




「てめぇ何モンだ?何処から入った?」
「…わかりません」
「あァ!?」

命の危機ってのに瀕すると、人間思いも寄らない行動に出るというのはあながち嘘じゃないんだな、なんてぼんやり考えた。
だって私の眉間には銃口が突きつけられているっていうのに、自分でも吃驚するくらい冷静だったから。

気付いたら家というよりはホテルの個室といった感じの薄暗い部屋のベッドの上だった。
そして有ろう事か紺色の和服を身に付けた髪の長い男の人が鋭い目つきで私を組み敷いて、銃口を向けていたのだった。

「私が聞きたいです。ここは何処なんですか?」

とりあえず両手を挙げて悪意はないという事をアピールしてみる。恐怖が無い訳じゃないけど、視線は反らさずに。目の前のこの人にはそうする方がいい、と本能が告げてるから。

無言で目線を合わせたまま時間が流れる。
周りからも物音は殆ど聞こえなかった。唯一聞こえているのは波の音。ここは港町か何処かなんだろうか。

ちっと云う舌打ちと同時に、ふっと体が軽くなった。
銃口は向けられたままだったけれど、男の人はベッドから降りて椅子に腰掛けると拳銃を動かして私にも体を起こすように促す。

「敵意や殺意はねェみてぇだが、何でここに居る?オヤジの首でも狙いに来たか?」
「オヤジ??」
「エドワード・ニューゲート。白ひげだ。ンな事も知らねェでここに居るのか」
「ごめんなさい、何の事か本当に分からないんです…」

その時、ノックの音がして誰かの声と共に扉が開いた。入って来たのは金髪の個性的な髪型で胸に大きなタトゥを入れた男の人。

「イゾウ、何夜中に殺気撒き散らしてるんだよい」

イゾウ、と言うのが目の前に居る男の人の名前らしい。そういえば綺麗な黒髪だし和服を着てるし、日本人なのだろうか。

「…女連れ込むなって言っただろい」
「これが連れ込んでる状況に見えんのか?」
「見えねぇな。じゃあ誰なんだよい、そいつは」
「知らねェからこうなってんだ」
「とりあえず入るよい」

金髪の男の人は閉めた扉に腕を組んで寄り掛かり、こっちをじっと見据えていた。何処の国の人か解らないけど言葉は通じるみたいだし、向けられる視線に恐怖は感じなかった。

「説明しろよい、イゾウ」
「急に人の気配がして起きたらこいつが居た。それだけだ」
「そんな説明じゃわかんねぇよい」
「俺に聞くな。それ以上知らねェ」

イゾウ、と呼ばれた人と目線だけで何かをやり取りすると、小さくため息をついて男の人は言った。

「で、あんた名前は?」
「名前…分かりません」
「何処から来たんだよい?」
「ごめんなさい、それも分からないんです。ここが何処かも分かりません」
「じゃあどうやってここに入った?」
「分かりません…」
「あーイゾウ、その物騒なモン下ろしてやれよい」

漸く私に向けられた銃口が外され、ほっと肩の力が抜けた。混乱が勝って何がなんだかよく判らないままで怖いとは感じてなかったけど、やっぱり緊張はしてたみたいだ。

「記憶がねぇのかい?」
「分かりません、気付いたらここでこの人に銃口向けられてたんです…」
「参ったねい…」

心底困ったような顔で、その男の人はわしゃわしゃと頭を掻いた。
落ち着いてきたら自分でも少しずつ不安になってきた。聞かれるまで名前すら分からない事にも気付いていなかったなんて、一体私に何が起こっているんだろう。

「ここは白ひげ海賊団の船で、おれは1番隊隊長マルコだよい。そいつは16番隊隊長のイゾウ」
「隊長…」
「なんだ?らしくねぇかよい?」
「あ、いえ。そうじゃないんですけど…」

隊長、という言葉の響きにちくちくざわざわ、と心の奥で何か嫌なものが蠢いた。

「ん…今、海賊って言いました?」
「別に珍しくもねぇだろい?」
「海賊なんて初めてです…外国のニュースで聞いた事はありますけど…」
「また随分と平和な国があったもんだねい」

海賊なんて映画か本の中か、たまに短いニュースで聞く位だ。何でそんな場所に私が居るのか…ってあれ?私名前も何でここに居るかも分からないのに、そういう事は覚えてるんだ?

「マルコ、どうする?」
「どうしようもねぇだろい。海に放り出す訳にもいかねぇだろうし…」
「え?」
「ここは海の上だ」
「何処の海なんですか?」
「新世界だ。そんな事も知らねェのか?」
「新世界?それ、海の名前ですか?…忘れてるんじゃなければ、初めて聞きました」

地理は結構得意だったはずなのに、そんな名前の海に全く聞き覚えが無かった。
海賊船に聞きなれない地名、私は何処に来てしまったのだろう。

「オヤジの所に連れてくしかないかねい」
「こんな時間にか?」
「じゃあ朝までどうするんだよい」
「不寝番の班に見張らせりゃいいだろ」
「今日は4番隊だろ?女をサッチに任せんのは面倒くせぇ。それならイゾウ、お前が朝まで見とけよい」
「あァ?何で俺が?」
「何でか知らねぇがお前んとこに居るんだから、責任持てよい」

朝迎えに来るまでこの部屋から出ないように、そう言い残してマルコと名乗った男の人は部屋を出て行き、イゾウと呼ばれた人と再び二人きりになった。

「なんだか…ごめんなさい」
「悪いと思うなら、少しは自分の事話せ」
「ごめんなさい。聞かれるまで名前が分からない事にも気付かなかったので…」

はぁぁ、と大きなため息をついてイゾウさんはどっかりと椅子に腰を下ろした。
きっと寝てただろうに、真夜中にいきなり起こされてこんな訳の分からない状況になったらため息のひとつ位つきたくなるだろう。私だってため息の二つや三つつきたい気分だ。

「あの…」
「あ?」
「有難うございました」
「礼を言われる事なんざした覚えねェよ」
「だって、いきなりこんな訳の分からない女が部屋に入って来たのに、撃たずにいてくれたから…」

冷静になって考えてみれば、ここが海賊船でこの人が海賊って事が本当ならあの時点で撃たれていたっておかしくない筈だった。

「…お前さんの目が真っ直ぐだったからな」
「え?」
「挙動不審な目つきだったら、躊躇わず撃ってただろうよ」

あの時目を反らさずにいた事は間違いじゃなかったみたいだ。意外と図太かった自分の神経に感謝した。

「いきなり銃口突きつけられてあの視線たぁ、たいした女だよ」
「状況に頭がついて行ってなかっただけです」
「オヤジん所に行く迄にその頭ン中整理しとけ」
「はい」

そのまま会話もなく時間が流れ、波の音と沈黙だけが部屋を支配していた。
整理しとけって言われたけど、思い出せない事や知らない地名、何から考えたらいいか判らなくて頭の中は絡まったままだった。


次第に外が明るくなり鐘の音が4回聞こえ、マルコさんが再び部屋へとやって来た。

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