Truth | ナノ

  18.知識の海




"ログ"が溜まったモビーは、再び帆を開き大海原へと繰り出した。




「さっむ…ホントに冬になってる…」
「だから言ったろ」
「だって、ちゃんと見ないと信じられなくて」
「眠いから先戻るぞ」
「あっ、私も戻ります!」

イゾウさんを追いかける足を止めて、もう一度淡い雪化粧の甲板を振り返る。



明け方、肌寒さを感じて部屋を出たら、不寝番明けのイゾウさんと会った。
その肩には薄っすらと雪が積もっていて、何事かと凝視していたら「冬島海域に入った」と教えてくれた。
グランドラインの天候についてはざっと教わっては居たけれど、実際にこの目で見たくなった私にわざわざイゾウさんは付き合ってくれたんだ。

「冷えて完全に目が…」
「…まぁ、そうなるだろうな、こんだけ冷えりゃ」
「ひゃっ!?」

髪を束ねてた所為で丸出しだった私の耳をいきなり掴んだイゾウさんの手は、それ以上に冷え切っていた。

「なんて声出してんだ」
「だって、冷たいです。イゾウさんの手」

急に熱を持った耳は、元々冷えていた所為で焼けそうに熱い。

「はしゃいで風邪ひくなよ。また後でな、お休み」
「…!ありがとう…おやすみなさい」


また後で、…だって。


些細な、一つ一つは小さな事でも、私の中にはどんどん降り積もって行く。


外に出られないのでベットの上で軽く身体を解しながら、壁一枚向こうで既に寝息を立てているで在ろうイゾウさんを想うと、きゅっと胸が熱くなった。


熱が冷めない様、ダウンコートのフードを被ってブーツを履き、そっと部屋を出た。




「おはようございます」

今日は先に来ていたマルコさんに挨拶をすると、被ったフードを凝視された。

「おはよう。エラい着込んでるねい」

そう言うマルコさんはいつもと変わらない格好で、むしろそっちがおかしいと思う。
言わないけどね。


「早いですね」
「人の居ないうちにリリィに話が有んだよい」
「…はい?」

なんだろう?
それでも人目の有る食堂だし、そんなに秘密の話でも無いのだろうけど…。

「今日ちょっと人が来るんだけどねい。めんどくせぇ奴だからよ、悪いがちぃと部屋に篭っててくんねえか?」
「あ、はい。分かりました。今からですか?」
「いや、来たら言うからよい。ま、イゾウでも叩き起こして時間潰してくれて構わねえよい」

わざわざ来客を告げるって事は、存在を隠す様な人では無いみたいだけど…まぁモビーにも、色々事情が有るのだろう。

「あ、マルコさん。航海術の本とか有ったら借りたいのですけど。ログポースの事とかこの天候とか、もっと知りたいです」





そして朝食後、マルコさんに連れて行かれたのは書庫だった。
しかも、とびきり極上の。


「凄い蔵書…!」
「稀覯本の類はオヤジの部屋だが…殆ど誰も来ねえから、自由に使って構わねえよい。物も勝手に動かして構わねえ。あぁ、書庫の整理を当面のリリィの仕事にするか?」
「良いんですか?」
「大分ここにも慣れたみてえだし、丁度イイだろうよい」

言いながらマルコさんが投げて来た鍵を受け取る。
鍵まで預けて貰えるなんて…モビーの人たちの寄せてくれる心に、早く報えるようになりたかった。


マルコさんを見送り、二階分の高さまである天井を持つ広い空間の真ん中に立つと、ゆっくり深呼吸をした。



壁一面を埋め尽くす、ぎっしり詰まった書棚。
その中央付近にはぐるりと回廊が巡らされている。
日焼け防止の為か窓は少なめだけれど、その暗さは私の好みだった。

部屋の中央に置かれた家具に掛けられた布を捲ると、古いけれど質の良いマホガニー風の机と椅子が出て来た。

「まずは掃除…かな」

引き篭ってなきゃならないなら、今日中に最低限使える様にしよう。
その後に一通り本棚に目を通して、床に積まれた本を片付けて……いっその事、ここで寝泊まりしたい…という所まで行った思考を、脳が即座に否定した。


だってここは、イゾウさんから遠い。

今朝目覚めた時の温かさと気持ち良さは、きっとお酒の所為だけじゃない。
壁一枚隔ててでも、イゾウさんが近くに居ると云う事が、私の生活に安心感を与えてくれている気がしているから。



ゆっくり時間をかけて書庫を一周した後、手近に有った本を二、三冊手に取る。
パラパラと斜め読みをして、自伝の様だった一冊を選んだ。


「…ん?」

その時だった、ぞわって言うかざわって言うか…とにかく凄く変な感じがして、少しだけ視界が歪んだ。

「なにこれ、気持ちわる…」

何とか意識を保って椅子に腰を下ろし、原因不明の波が収まるのを待った。



「…リリィ?」
「え?あ…?イゾウさん?」
「どうした?大丈夫か?」

いつの間に来てたんだろう。全く気付かなかった。
そんなに具合悪いつもりは無かったのにな…

「もう起きたんですか?」
「何時だと思ってんだ?昼過ぎてるぞ?」
「うそ…またやっちゃった」

夢中になると時間を忘れるのは私の悪い癖だ。


また?今…何か思い出しそうな…


私の異変に気付いたイゾウさんは、声を掛けずに様子を見ていてくれている。

確か以前にも、朝まで本を読んでて仕事に遅刻して怒られた記憶が――誰に…?何処で?


「何か思い出したかと思ったんですけど…ダメみたいです」
「大丈夫か?顔色が良くねェな。部屋で少し休みな」
「あ、なんかさっき、ぞわって変な気配みたいなのがして気分が…」
「赤髪の覇気に当てられたか?容赦無くだだ漏れにしやがったからな」
「赤髪?マルコさんの言ってたお客さんですか?」
「あぁ。詳しい話は戻ってからだな。話し込むにはここは少しばかり寒過ぎる。立てるか?」

言われてみれば、確かに少し冷える。
雪が降る気候なんだって事まで忘れるなんて。

「はい」

読みかけだった本を手に立ち上がり、ゆっくりとイゾウさんの後に続いた。


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