12.Monologue ―Side Izou
俺の部屋に文字通り降って湧いたリリィは、早くもモビーにしっかりと足を付け始めていた。
名前も素性も分からなければ、海賊も初めて、更にオヤジ曰く違う世界から来たなんてのは、普通なら不安で仕方ないんじゃねェかと思うのに、リリィのその順応性と前向きさには、正直こっちが面食らう。
どういう訳か毎朝俺を起こしに来る様になり、共にした時間は家族の中では恐らく俺が今のところ一番長い。
最初は、当然の警戒心
そして、幾許かの興味
暗闇で垣間見たその眼差しは、不安を漏らす隙も無い程に強く、しなやかに真っ直ぐで。命の危機に瀕した奴らが決まって見せる、媚や狡猾さなんてモンは微塵も感じなかった。
――だから、らしくもなく生かした。
尤も、あそこでマルコが来なけりゃどうなってたかなんて今では分からねェが、直ぐに名前を与え家族に加えたオヤジの判断を見る限り、偶々とは云え間違っちゃいなかったんだろう。
喜々として新しい物事を吸収していくリリィは、傍目にはこの状況を逆手に楽しんで居るように見えた。
事実、元来芯の強い女では在るんだろうが。
男を軽々と投げ飛ばし、見るなと言ったのに閉じられなかった瞼。
袂を掴む小さな手と、震える身体に気付かねェ癖に気丈で在ろうとする心。
それでいて、置かれた現実をしっかりと捉えようとする意思の強さ。
下船話を切欠に急に顔を覗かせ始めた、仄暗い陰の気配が気になった。
弱いだけの奴なら興味は無ェが、リリィの強さを揺るがすその陰りとは何なのか。それは無くした記憶の所為か、それとも他の何かか。
リリィの世界をもっと見たくなった。
あの真っ直ぐな強い眼差しの見据える先を。
警戒が解ければ、残るのは本気の興味
不意に沸いたのは―
「っ…やだ…隊長…。もうやめて下さい…」
初めてはっきりと見せた記憶の欠片だった。
"隊長"と言う言葉にいちいち引っ掛っていたリリィを思い出す。
苦しそうに眉根を寄せ小さく呟いたリリィの、閉じられた瞼の隙間から零れた涙をそっと指で掬ってやる。
「…大丈夫だ、ここには俺しか居ねェよ」
離れかけた俺の指を、リリィの小さな手が追いかけ宙を掴む。
その手を握り、自由な手で頬を伝う涙に触れながら、尚も皺を寄せ続ける眉間にそっと口付けを落とすと―
リリィは漸く表情を緩め、静かな寝息を立て始めた。
そのまま抱きしめて眠りたい欲を抑え、再び闇がリリィを襲わない様、朝まで手を離さずに見守った。
マルコやサッチがこんな俺を見たら、嗤うだろう。
――優しくなった、と。
構わねェ。
嗤いたきゃ勝手に嗤えばいい。
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