11.感じる優しさ、見えないもの
何でこんな状況になってるんだろう。
惚けて居る間にイゾウさんの部屋に連れて行かれ、二人きりでお酒を飲み始めて早数刻。
毎朝起こしに来てて、食堂と自分の部屋の次によく足を踏み入れる場所、なんだけど…
「リリィはかなりイケる口だよな」
「透明のお酒なら大体飲めますよ?」
「随分と大雑把な好みだな」
ベッドに腰掛けたイゾウさんと、その足元に座って背中をベッドに預ける私。
すこぶる上機嫌でクツクツ笑うイゾウさんとは反対に、私の気持ちは落ち着かない。
原因は至って明瞭。
初めて夜の部屋で二人きりだから。
会話の内容は敵襲の話やサッチやマルコさんが女性で失敗した話ばかりで、決してそういう浮ついた雰囲気では無いと言うのに。
意識し過ぎなのは、分かってるけど。
「イゾウさんは本当に良いんですか?」
「何がだ?」
「サッチの所、今からでも…」
二人にそういう話が有るって事は、きっとイゾウさんにも有るんだろうから。
第一イゾウさんがモテない筈がない――というのは、惚れた欲目では無いと思う。
行って欲しい訳じゃないけど、せっかく寄港してるのに私の所為でここに居るなら、やっぱりそれは申し訳ないと思うもの。
「お前さんはよっぽど俺を女の元へ行かせたいらしいなァ」
秘蔵だと云う日本酒によく似たそのお酒は、口当りが良くて飲みやすくて。
空になった私のグラスにお酒を注ぎながら、特に気分を害した風も無く、イゾウさんは楽し気に笑う。
「そういう訳じゃないんですけど…イゾウさん優しいから女の人が放っとかないんだろうなぁって」
整った眉がピクリと小さく動いて僅かに顔を顰めたと思ったら、今まで見た事が無いくらい盛大に笑い飛ばされた。
わしゃっと乱暴に撫でられた私の頭は、再びイゾウさんの肘置き状態だ。動く指先が擽ったくて、そっと小さく身を捩る。
「そんなに笑わなくても…」
「あァ、悪ぃ。俺にそんな事を言ったのはリリィが初めてだ」
「はい?」
嘘でしょう?
露骨に判りやすい優しさでは無いけど、イゾウさんは優しいと思うのに。
勿論、銃を手にした時の目付きは鋭く冷たくて、敵意を向けられるのはもう二度と勘弁して欲しい。けど、あれはイゾウさんの仕事というか…海賊なんだから仕方が無い。
「俺を優しいと思うんなら、それはリリィ、お前さんの所為だろうよ」
「っ…!?」
予想外の返答に、それはもう情けない程派手に噎せ返った。
けほけほと涙目になって必死に息を継ぐ私を見て暫く笑っていたイゾウさんを軽く睨んで着物の裾を掴むと、漸く差し出してくれた水を飲んで、浅く呼吸を取り戻す。
「…前言撤回していいですか…?」
「いや悪ぃ、余りにも反応が素直で面白くってな」
「だからって、笑い過ぎです」
否定されず女性遍歴を延々と披露されるよりはマシだけど…これはこれで、反応に困る。
再び睨んだ視線は、綺麗に口端を上げて笑うイゾウさんの艶っぽい視線に飲み込まれた。
…やっぱりイゾウさんには、勝てない。
それでも心の隅で、少しだけ安堵した。
「ぅー…ねむ…」
久しぶりに外出もして、沢山走って…思ってた以上に溜まっていたらしい疲労が、アルコールに染み出して全身に広がり始める。
「寝るか?」
「んー…勿体無いからもう少し…」
「何が勿体無ェんだ?」
「いろいろ全部、です…」
この時間も、満たされる心も全部――
もっとたくさんここで感じたい、のに。
ふわふわ、ぽかぽかと
お酒の所為だけじゃない温もりが
じんわりと私を侵食していく。
「ったく、無防備に寝やがって…」
膝を抱えて眠ってしまった私には知る由もない。
私に向けられていた眼差しを。
抱え上げられたその手の優しさを。
光が作り出す、闇を――
「っ…やだ…隊長…。もうやめて下さい…」
「…リリィ?」
無意識が呼び起こす、潜在意識。
眠っている筈なのに感じる、嫌悪感。
無くしたのではない。
そこにずっと在るのに、
見つけられないだけの記憶が。
いやだ…見たくない
そこには何もないから、探さないで
イゾウさんの温もりを、消さないで
心から、追い出さないで…
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