Truth | ナノ

  10.存在理由と存在意識




それは、自覚してしまえば一瞬

溢れる想いは制御不能で
後はひたすら堕ちてゆく





トクントクンと、全身に心臓が有るみたいに指先の血管までが煩く鳴り続ける。背中に触れるイゾウさんの手にも、きっと伝わってしまってると思う。
それでもイゾウさんは腕を退ける事はせず、大きな手が時折優しく私の髪を撫でる。

「イゾウさん。手、重いです…」

やっと口にしたのは、本音とは裏腹な一言。
ゆっくりと身体を起こすと、イゾウさんの腕はそのまま下がって、今度は私の腰をきゅっと抱き寄せられてしまった。

「……あの」
「ここなら重くねェだろ?」
「重くはないですけど…なんか違う…」
「何がだ?」
「あー…なんでしょう?その…」

どう言うべきか悩んで居たら、ククッと小さく笑い声が聞こえた。イゾウさんて、ホントすぐに笑う気がする。

「なんか、イゾウさんには何言っても勝てない気がしてきました…」
「大人しく負けときゃいいだろ」
「それも悔しいんですけどね」

つられて笑いながらイゾウさんの方を見る。
僅かな月明りと街の灯りで浮かぶイゾウさんの表情は、さっき人に銃口を向けていたなんて想像出来ないくらい穏やかで、目が離せなくなる。


ずっと見ていたい
この人の全てを

ここで、この人と。


「リリィ」
「はい?」
「帰りてェと思うのか?」

見透かされたような問いかけに反らせなくなった視線が、イゾウさんの視線をしっかり受け止める。

「不思議なんですけど、何故か一度も思った事ないんですよね」

失った記憶に不安こそ有れ、帰りたいと云う思いが湧いた事は一度も無かった。

「きっと、新しい事を知りたい欲が勝っちゃってるんです。どうしたら良いか判らないなら、先の事考えます。過ぎた事に悩む時間、勿体無いですもん」

残っていたお酒をぐいっと飲み干し、空瓶を床に置いて硬くなった身体を伸ばす。

「オヤジさんとイゾウさんにも無理に思い出す事は無いって言われたし、どうするかは思い出したその時です。少しだけ不安になったけど、私元々はこういう性格なんですよ」

伸ばした身体をゆっくりと緩めながらイゾウさんに向けた私の顔は、多分笑っていたと思う。強がりではなく、心から。
イゾウさんを好きだと自覚して、それは不安を凌駕して私が此処に居る確かな理由になったから。


イゾウさんの世界を、知りたい
私もその中に、在りたい


「あァ、その目だな」
「え?」
「あの時と同じ、一本通った真っ直ぐな目だ」
「あの時…最初の?」
「昼間、見んなってんのに見てた時も、その目だったな」
「あ、あれは…」
「いい目だな。しっかりしたモン持ってる奴は、嫌いじゃねェ」

嫌いじゃない――そんな一言ですら、私をここに繋ぐ楔になる。心を震わす物が有ると云う事は、私がここに在ると云う事だから。

さわっと音を立てて、また風が吹いた。
でもさっきよりイゾウさんに近い分、冷たさを感じなかった。

「私もイゾウさん、嫌いじゃないですよ」

一瞬、驚いた様な照れた様な表情を見せたのは、私の気の所為じゃないと思う。
でもまさか…

「…わっ…」

腰に回された腕にぐいっと力が入って、私の身体はイゾウさんに引き…抱き寄せられる。

「そういう事、言うんじゃねェよ」

勢いで肩に顔を埋める体勢になってしまい、頭を撫でられ身動きが取れなくなった私の耳元で、イゾウさんが小さく呟いた。


ほんの一瞬の事だった。

すぐに解放された私の身体は全身が沸騰していて、思わず止めてしまっていた呼吸を慌てて再開する。

「イ…ゾウさん…?」
「全身が冷えてんじゃねェか。中に戻るぞ、リリィ」

思考が追いつかない私の手を、冷てェと言いながらイゾウさんが取る。

「酒も切れたしな、取って置きの美味い酒飲ませてやるよ」

何事も無かったかの様に私の手を取って歩き出すイゾウさんに、ただ引かれるがままに着いて行く。

その大きくて温かい手を離すなんて事は、もう考えられなかった。


prev / index / next

[ back to main / back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -