Truth | ナノ

  09.メロウイエロウ



「場所を変えるか。ここじゃ落ち着いて話も出来ねェ。ついて来な」

確かにここには他にも家族が居る。しかも賭けカードとかやってる横で、真面目な話はちょっと難しい。


保存庫から酒瓶を何本か抜き取って歩き出したイゾウさんの後を追って、甲板へと出る。




いつの間にか、陽が沈みかけていた。

昨日までは月と星空しか見えなかった夜景が、今日は一変して賑やかだった。


街の灯を見たのは、何日振りだろう。

港に停泊する船の灯から始まり、街の中心へ向かって徐々に増えていき、山の傾斜に沿って上りながら減っていく人工の灯。
そして、その先に広がる星空。

その景色は、私が今までに世界を旅して見て来た港町の夜と何一つ変わらないのに。

「どうした?」
「久しぶりに街の灯りを見たので…」
「やっぱり降りるか?」

声には出さず、小さく首を振る。

ここから見ていたかった。
あの灯の中に入ったら、また自分の知らない世界だと思い知らされてしまいそうで怖かったから。

何も言わずにイゾウさんがこちらへ差し出した酒瓶を、私も無言で受け取った。



何も言わなくても判って貰えてる

自惚れかもしれないし
そう望んで居るだけかも知れないけれど

そんな気がして―



街がよく見渡せる甲板の隅に座ったイゾウさんの隣に、身体ひとつ分空けて腰を下ろす。


「…旅が、好きだったんです」

ポツリと

「新しい世界を知るのが好きで、初めてのモノに出会うのが楽しくて、あちこちを旅して、本も沢山読んで」

ポツリ、ポツリと。

「殆どが知らない事だなんて、今この世界は私にとって宝の山でしか無いのに」

ひとつ、またひとつと

「それなのに、知るのが怖いって思っちゃったんです。ここでは、知らないという事は私がここに居なかった証拠だから」

増える街の灯を、追いながら

「…そんな事初めてで、なんか自分の大事な何かを無くしそうで…」

独り言みたいに、話した。


「リリィ」
「はい?」
「泣く程辛ェのか?」
「え…?」

言われるまで気付かないなんて
いつから泣いていたんだろう

「…辛いって思った事、ないんですよ?みんな優しいから、淋しくもないです」
「ここは幸い海賊船だ。一箇所に留まる事はねェ。毎日新しい世界を知れる」

涙の事なんて忘れて、思わず噴き出していた。
だって、ここは…

「海賊船で幸いって…どうなんですかそれ」
「問題有るか?」
「…無いです」

しれっと言い切るイゾウさんが可笑しくてクスクスと笑い続けてたら、懐から取り出した煙管でコツンと頭を叩かれた。

「気が済むまで吐き出したら、後はそうやって笑ってな」

ドクン…と、鼓動がイゾウさんまで響くんじゃないかというくらい激しく、心臓が跳ねた。
トクトク鳴り止まない煩い心音を沈めようと、慌てて膝を抱える。

「…私、モビーが好きです」

夜の甲板でよかった。
上気してる顔を見られずに済むから。

「ここは、オヤジさんが名前をくれた場所だから」

自身を見失った私が最初に手にした、大切な名前。

「あれで私はここに存在してるんだって、安心出来た。リリィって名前、不思議と凄くしっくり来て―」

立てた膝に頭を乗せて、煙管に火を入れるイゾウさんを見ながら思い出す。


いつも、大事な時に名前を呼んでくれたのはイゾウさんだったな…オヤジさん以外で最初に呼んでくれたのも。

薄れゆく意識の中で、目覚めた朧げな意識の中で、いつも聞こえたのは、イゾウさんの声だった…



モビーが好き

オヤジさんも、ナースさんたちも
隊長さんたちも、家族のみんなも

イゾウさんも―
イゾウさんが…



「…イゾウさん、話を聞いてくれてありがとう」

ふわっと風が吹き、イゾウさんの煙管の匂いに包まれる。
その香りと夜風の冷たさに、きゅっと身体が僅かに震えた。

「少し冷えてきたか?」
「あ、これは…」
「手が冷てェ」

徐にイゾウさんに手を掴まれ、ぐいっと引かれる。
膝を抱えて座っていた所為で崩しそうになった体勢を、慌てて立て直した。

「ちょ、イゾウさん…っ」
「離れて座ってるからだろ。こっち来な」

掴まれた手が、全身が、心が。
一気に熱を帯びて熱い。

「あァ、リリィは無理やり引っ張られる方が好きなのか?」
「なっ…行きます行きます!自分で動けますっ」

座ったままもぞもぞと、イゾウさんとの間を詰める。
…イゾウさんて、時々本当に…

「俺が本当に何だ?」
「何でもないです…ついうっかり口に」

クツクツと笑いながら私の頭をくしゃっと撫でたイゾウさんの手が、そのまま頭に置かれた。

「私、肘置きじゃ無いんですけど…」
「リリィは小せェからな、丁度いい位置なんだよ」
「酷いイゾウさん」
「オヤジ程でかくねェがな、リリィになら俺でも風除けくらいにはなるだろ」
「…、はい…」

伸ばしていた膝を再び抱えて顔を埋めた所為で、頭から背中に触れるイゾウさんの腕が、熱い。



自覚しろと、心が訴える


イゾウさんが好きだと―

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