▼ あなたしか見えない
※現パロ
「ただいまー。遅くなってごめんなさい」
勝手知ったるイゾウの家。
預かっている合鍵で部屋に入り、リビングの扉を開けたカナは、視界に飛び込んできたイゾウを見て固まった。
「おかえり。どうした?入らねェのか?」
「あ…あの、イゾウさん、眼鏡……かけてましたっけ……?」
そこに居たのは、眼鏡を掛けてソファの定位置に座るイゾウ。
初めて見るその姿に、カナは足下から一気に熱が上がってくるのを感じた。
(な…なっ、何これフェイントすぎる…いつもカッコいいけど、これは直視出来ないよ……)
自分の想像以上に狼狽えるカナに満足しつつも、気付かない振りをしてイゾウは平然と話を続ける。
「今の取引先がメーカーだからな、作ってみたんだが…おかしいか?」
ぶんぶんと音がしそうな程首を振って全力で肯定したカナは、大きく深呼吸してからそろそろとリビングへと足を踏み入れた。
「とてもよく似合ってますよ。いきなりでびっくりしただけで……」
いつもの流れで鞄を置き髪を一纏めに結び、カナは逸る鼓動を落ち着かせる。
遅くなったので着替えはせずに、急いで夕食の仕度をしようとキッチンへ向かうカナの手をイゾウが掴んで引き止めた。
「…ごはん、作らないと……」
「カナが眼鏡かけてんのも、見た事ねェよな?」
言いながらイゾウは、眼鏡を外してカナに手渡す。表情の隅に嫌な気配を感じたが、なし崩し的に受け取ってしまったカナは、促されるまま眼鏡をかけた。
(あ…少し度が入ってるんだ……)
ぐにゃり、と視界が歪んだ。
ほんの僅かだがそれは度入りで、視力のいいカナは眼鏡を少しだけ下げてイゾウを見た。
「眼鏡、余り似合わないんですよね私」
「……女教師、か?たまには悪くねェな」
「はい!?」
頭が意味を理解する前に、カナの視界は反転し背中がソファの弾力を受け止める。しかし見えるのは天井では無く、自分の両手を掴み何だか楽しそうなイゾウの顔。もう、嫌な予感しかしない。
「……イゾウさん?」
聞こえてない筈は無いのに返事は返って来ず、代わりにふっと首筋に息が掛かる。ぞわりとした粟立ちにぐっと耐え、カナは再度イゾウの名前を呼ぶが矢張り返事は無い。
「あの、先生の話…聞いてくれます?」
恥ずかしさを堪え思い切ってそう問い掛けると、上機嫌にはむはむと耳朶を啄ばんでいたイゾウの動きが止まる。
「……言ってみな?」
(〜〜!?何で偉そうなの、もう!!)
それでも、漸く反応が有ったのだ。今を逃すとこのまま行為もエスカレートし兼ねない。
カナは軽くイゾウを押し返しながら、早くと目で訴えるイゾウに要望を伝える。
「眼鏡、外していいですか?」
「却下。それじゃあ意味がねェ」
(い、意味が無いってなに!?)
間髪入れずにそう答えると、イゾウは再び息の掛かる距離まで近付く。片手はいつの間にかカナの背に回り、柔らかく肌を弄っている。
冷たい手で触れるか触れないかの強さで這う様な動きに、カナの背中を熱が一気に駆け上がる。
「や、イゾ…さんっ…!」
今にも溢れそうな吐息を必死の理性で抑えて飲み込み、流されまいとカナはイゾウに訴える。
「外さないとぼやけてて…イゾウさんの顔がちゃんと見えないんです……」
「……」
一瞬驚いた顔をして目を瞑ったイゾウが次の瞬間カナの視界から消え、背中からソファの感触も消える。代わりに近付いた天井と動く景色。
抱え上げられた、とカナが気付いた時にはぽすんと放り投げられ、今度はベッドのスプリングの弾力を背中で受け止めていた。
歩きながらいつの間にか解かれていた髪が、はらりと散らばった。
「はい……!?」
まさかの急展開にカナの思考は追い付かず、ぱちぱちと瞬きをしてイゾウを見上げる。自分を見下ろすイゾウの顔には、朧げだが見覚えが有った…滅多に無いがもしかしたら……
「途中で移動するのも面倒臭ェ」
「はい……?」
すっと伸ばされた手で眼鏡が外され、クリアになった視界で捉えたイゾウの顔は完全にカナの記憶の中のイゾウと一致した。
見ない方が良かった……と思うが、恐らくもう遅い。きっと眼鏡と一緒に投げられてしまったのだ、イゾウの理性も。
「カナが煽ったんだからな…朝までしっかり見とけよ?」
強烈な色気と熱を孕んだイゾウの視線に、カナの喉がこくりと鳴った。
両手で頬を包まれ固定され、逸らす事を許されないカナの口唇に落とされた噛み付く様な口付けが、長い時間の始まりを告げた。
fin.
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