▼ その世界で最後まで笑って見せて
※エース/現パロですこの季節にしては暑い日の夕方。ジリジリと痛い程に強い陽射しの音が蝉の声に聞こえ、軽く苛立つ。
途中で買ったペットボトルの水は、もうとっくに温くなっている。
帽子を被って来れば良かった、と後悔するも、取りに戻る気にはならなかった。
「…エース」
エースを初めて探しに出たのも、確かこんな暑い日。
「早く出ておいでよ。ご飯、食べよう?」
決まって同じセリフ。
子供の頃ならばこれですぐ出て来たのに、年月と云うのは実に不躾で。
だってエースに"知恵"と云うモノを与えてしまったのだから。
「かき氷もしよう?いちごシロップ、買って来たからさ」
エースの気を引く言葉を、沢山並べて。
それは子供の頃と変わらないけれど、今はそこに駆け引きなんてモノが介在する。
「ほら早く。休みだからせっかく一緒にご飯食べられるのに。出てこないなら一人でサッチの店、行っちゃうよ?」
ああ、嫌だ。
私もエースも、本当に大人になってしまったんだ。
ぱきっと小枝を踏む音に振り返れば、冬眠明けの動物みたいにのろのろと姿を現したエース。
「やっと出て来たか」
でっかい癖に肩を落として小さくなったエースからは、構ってオーラがだだ漏れだ。
これが他の人だと面倒くさいだけなのに、エースなら許してしまう上に可愛いと思っちゃうんだから、私も大概どうかしてる。
「何拗ねてんの?急にどっか行くからびっくりしたよ」
「カナが…」
「うん?」
「俺の知らねえ顔してた」
「は?」
とぼとぼと歩き出すと同時に、ポツポツと話し始めるのも、昔から変わらない。
「昨日学校の帰りにカナの本屋寄ったんだ。そしたらカナ、誰かと喋ってた」
学校帰り…その時間は確か、版元の営業さんが来てた筈だ。
「カナが俺の知らねえ顔でずっとにこにこしてて、俺、声掛けられねえで帰った」
ぎゅっと固く閉じられたエースの拳に気付きそっと解くと、躊躇いがちに伸ばされた手を握る。
「声、掛けてくれたら良かったのに」
「出来ねえ。俺は、カナの事全部知ってると思ってたのに」
中学にも高校にも、私の方が先に入った。
進学して制服が変わる度、エースは一目私を見るなり駆け出した。
初めて化粧をした時も、スーツを着た時も、お酒を飲んで帰った時も。
「カナは全部、俺の知ってるカナじゃなきゃ嫌なんだよ」
エースは、変わってない…
真っ直ぐで、一生懸命で、意外と独占欲も強くて…
大人のふりが上手くなったのは、私だけ。
「…バカだな、エースは」
誰かの色に染められるのは御免だけど、エースの色に私が混ざれば、それは二人だけの色になる。
エースは不変だ。
だからそれは、私次第で何色にも変わる。
「私だって自分を全部知らないんだ。だからエースがちゃんと見て、教えて?」
そう言えばニカっと笑ったエースが、ぐんぐん私の手を引いて歩き出す。
「じゃあずっと、カナと一緒に居るからな!」
子供の頃からもう何度目か分からないプロポーズ紛いのセリフにトキメク時だけは、大人になって良かったと。
火照る身体を冷まそうと温くなった水を取り出せば、ひょいっとそれを取り上げてエースは一気に飲み干した。
「あ、かき氷に練乳もかけていいか?」
「好きなだけかけていいよ」
(そして、好きなだけ一緒に居て)
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Best wishes to you on your birthday!
まいちゃんおめでとう!
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