その他短篇 | ナノ
 優しい悪魔

*現パロ。「フランスパン戦争」湾さんの大ヒット妄想「くいもの処シリーズ」イゾウさんサイドです。


足が、疲れた。


閉め切った襖の向こうからは、賑やかな声が聞こえている。

ラクヨウさんとナミュールさんの釣って来たお魚目当てで、常連さんが勢揃いしているからだ。
サッチさんのお店は、もはや貸し切り状態。

そんな中、オーナーの強権発動で個室状態になってるこの部屋に、私は居るわけだけど…

「イゾウさーん?」

「カナ、膝貸しな」の一言で、問答無用で私の膝を枕にスヤスヤ眠る、イゾウさん。
この店のオーナーで、私の会社での上司でも有る。
恋人…なのかはよく判らないけど、私はイゾウさんが好きだし、イゾウさんも何だかんだで私には優しくしてくれてる…と、思う。

と言うか、残業切り上げさせられて呼び出され、膝まで貸してて「何とも思ってねぇよ?」とか言われたら、自分が可哀想過ぎるから考えたく無い。

「イ・ゾ・ウさーん」

顔にかかる綺麗な黒髪を耳に掛けてみても、起きる気配は無い。
学生の飲み会並の騒ぎになってきたこの環境で、よく眠れるものだと感心してしまう。

お酒は死ぬ程強いし、どんなに酔っても人前で寝るような人じゃ無いんだけどな。

最近仕事が忙しかったから…

しょっちゅう定時で帰るし、簡単に仕事をこなしている様に見せて居るけど、実は裏で色々と奔走してくれている事を私は知っている。

この間も、山の様に溜まっていた私の書類をいつの間にか片付けてくれていた。

きっと、疲れてるんだろう。
私の膝くらいでイゾウさんの疲れが取れるなら、幾らでも貸してあげる。

「イゾウさん、いつもありがとう」

小さく呟いて、そっと髪を梳く。
起きてたら絶対に出来ないから、今のうちに、こっそりと。

―とはいえ…いつまでもこのままって訳にはいかないよね。
座布団敷いてるけど、足も痛いし。

とりあえずお酒が無くなったので、襖の向こうのサッチさんにメールした。

「お前なー、この距離でメールすんなよ…っと、イゾウ寝てんの?」
「うん。だから動けなくて」

やれやれとニヤニヤの混ざった面白い顔をして、サッチさんはお酒を取りに行ってくれた。

カラカラ、と遠慮がちに開いた襖から覗いたのは、お店のエプロンをつけた常連の女の子。
今日はこの子に会いに来たのに、イゾウさんに個室に隔離されてしまい、ゆっくりお話が出来なかったんだ。

「わ、ホントに膝枕してる」
「あはは…ごめんね、忙しいのに」
「いいんですよー私今日は正式にお手伝いですから」

うきうきとニヤニヤの混ざった可愛い顔でお酒を置きながら「ごちそうさまー」と言い残し、その子…わんちゃんは静かに襖を閉じた。

「なんか、サッチさんぽい…お似合いかも」
「サッチには勿体ねェよ」
「…イゾウさん!?起きてたんですか?!」

いつから!?
まさかずっと起きてたなんて事は…イゾウさんならあり得るから怖い。

「礼を言うくらいなら、この後も付き合いな」

うわぁぁ…
聞かれてた!髪を梳いたのもバレてる!

オロオロする私を他所に、持って来て貰ったばかりのお酒をぐいっと一気に煽ると、2人分の鞄を手にしてイゾウさんは立ち上がる。

「行くぞ、カナ」
「え、待って下さいよ…あ、っ…」

立ち上がろうとしたら、ふにゃりと膝から崩れ落ちた。

「足が、痺れた…」
「情けねェ…」

な…誰の所為だ!
何時間膝枕してたと思ってるの!

心の中で悪態をついてたら、こちらに近寄って来るイゾウさんの影。

「や…触らないで下さいよ!?」

嬉々として痺れた足を触るであろうイゾウさんが容易に想像出来て、心の中で十字を切って目をつぶると…

ふわり、と身体が宙に浮いて、イゾウさんに担がれた事に気付いた。

「えぇ…っ!?」

担いだ私の手にパンプスを持たせると、片手に私、片手に鞄二つを抱えたまま、イゾウさんは足で器用に襖を開けた。

ちょ…このまま出たら…

当然、全員の視線が私たちに集中するよね。

「あーぁ…カナご愁傷様…」
「また美味い魚入ったら連絡しな。ごちそうさん」
「サッチさんー…ごちそうさまー。みんなまたねー…」

力無くパンプスを振ると、揃ってニヤニヤするサッチとわんちゃんに店の外まで見送られた。
やっぱりお似合いだと思う、うん。

ちゃんと朝イチでメール送れよい、というマルコ部長の声が微かに聞こえた。

「あー…早く帰って寝ないと…明日始発です」
「あぁ、カナは明日半休な」
「は?無理ですって。仕事残して来てるんですよ!」
「ベックマンになら、もうメールした。半休申請は、俺が許可するから問題ねェよな?」
「え?」

担いだ私をストンと降ろし、空いた手で私の手を握ると、

「だから付き合いな?」

私の返事を聞かず、イゾウさんは歩き出した。

fin.

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