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Children tell the truth


こんなに頭の中が真っ白なのはいつ振りだろうか。
真っ白な中にに浮かぶ思考の全ては濁って見え、必死にそれらを振り落しながら走る。

勢いよく開けた扉の先、見つけたイゾウさんの元へなるべく冷静を装って駆け寄った。

「イゾウさん、つかぬ事を聞きますが…」
「…今は聞くな。それと…思ってる様な事でもねェからな…」

駆け寄っている時点で全然冷静じゃない事にすら気付かないわたしは、その否定とも肯定ともつかない言葉に立ち尽くす。

何とも言えない空気が、わたしとイゾウさんの間を流れた…



――少し長めの寄港中のある日。
資材の買い付けを終えたイゾウは、サッチともう一人お供を伴い戻って来た。
下船した家族が戻って来るのはごく普通の光景だが、その時甲板に出ていた者の殆どが一斉に二人…と連れに注目し、刹那モビーは静まり返った。
その静寂を破ったのはイゾウの睨みだったが、すぐに何かに気付き雰囲気を和らげ下げた視線の先には、満面の笑みを浮かべ「わあ!たくさん人がいる!」と無邪気に声を上げる子供の姿。


「イゾウが子連れで帰って来た…」

室内で作業をしていたルリはハルタのその言葉を理解出来ず、呆けた表情でハルタを見ていた。漸く飲み込めたのか手にしていたファイルをゆっくり閉じると、何も言わずに小走りで甲板へと出ていった。

そして、冒頭の会話へと至る―――



食堂の一角でサッチが用意したオレンジジュースを啜る子供の周りには、マルコ隊長をはじめとする隊長たち。そして少し距離を空けて聞き耳を立てる沢山の野次馬。
扉の外にまで広がった人垣を見て、マルコ隊長は溜め息を零している。これでは当分作業は進まないだろう。

「で、どういう事なんだよい」
「とりあえず誘拐じゃねェ。まずそれだけは言っておく」

聴衆を意識してか、やや大きめの声でイゾウさんは牽制した。
しかし恐らく、皆が聞きたいのは…わたしが聞きたくないのはそれでは無く…

「じゃあ何?隠し…んぐっ」

ガタン!と足元から聞こえた椅子の倒れる音に我に帰った時、わたしはハルタの背後から口を押さえていた。
遠慮がちにぐさぐさ刺さる周囲の視線でわなわなと身体が小さく震える。
どうしようどうしよう…こんなあからさまな反応を皆の居る前で…

「あ、ごめんなさ…い、続けて…」

必死に声を絞り出しイゾウさんを見ると、何故か薄く笑っている。呆れられるならともかく、笑われるような事をしただろうか?
混乱するわたしの手の中ではハルタが笑いを堪えていて、漏れた声に手のひらを擽られ、慌てて手を離す。
いつの間にか誰かが起こしてくれていた椅子にそっと座り直すも、周囲の視線が痛くて俯くしかなかった。それに、とても熱い。
きっと今、わたしの顔も耳も真っ赤だ。
ハルタを横目で睨めば「いい反応だったねー」なんて涼しい顔で、いよいよわたしは小さくなって気配を殺す事に専念した。

「…とにかく誘拐でもそういう事でもねェ。訳あって明日まで預かる羽目になった」


 子供―名前はアンと言うらしい―は、島々を巡る行商船に暮らす子供で、モビーに先んじてこの島に入っていた。
 なんやかんやと有ってイゾウさんに懐きサッチと遊んでいる間に、信じ難い事にアンは“忘れて行かれて”しまったらしい。電伝虫に出た父親が実際に「あ、忘れてました…」と呟いたと言うんだから、本当に驚きだ。
 結局アンは、明日この島に入る仲間の行商船が送り届けると云う事で話はついたのだが、更に驚く事に父親は、二人をモビーのクルーと知った上で「それまで面倒見てやってくれませんか?」と言ったのだという。自分たちで言うのもなんだけど、海賊に預けるなんてどうかしている…話を聞いていた皆がそう思っていたと思う。
「アレでよく商売ができる」とは実際に父親とやり取りをしたイゾウさんの感想だ。
 そういう訳で無責任に放り出す事も出来ず、一旦モビーに連れて来た――それがここまでの経緯らしい。


「なんだそりゃ…随分と勝手な話だねい」
「俺たちだってそう思ったが…だからと言って置き去りには出来ねェだろう」

唸る大人たちを他所に、当のアンはいつの間に打ち解けたのかエースと遊んでいる。

「まあ、害が有る訳ではなさそうだし、いいんじゃねぇの?」
「なら責任持っててめぇで面倒みろよい。預かっといてうっかり怪我でもさせたら、オヤジの名折れだ」
「わかってるっての。そうカリカリしてっとアンちゃんに嫌われるぜ?」

眉間に皺を寄せたマルコ隊長をさらりと往なしたサッチは「アンー」と慣れた調子で呼んだ。
エースの肩車で戻って来たアンは高い所が嬉しいのか、ニコニコとサッチとイゾウさんに手を振っている。

「今日はこの船にお泊まりな。何か有ったらイゾウ兄ちゃんとそこのお姉ちゃんに面倒見て貰え。サッチ兄ちゃんは美味いご飯作ってやっからよ」
「え?わたしも?」

「はーい!」と元気に返事をしたアンはエースから飛び降り、わたしの元へ駆け寄って来た。
ぺこり、と頭を下げたアンは、「よろしくおねがいします」とお行儀良く挨拶をする。「いい子だなーアンは」なんて全力で褒めているサッチは、どうやら既にメロメロの様だ。
その様子を見たマルコ隊長が呆れ顔で立ち上がったのを合図に、漸く家族たちは各々の作業へと戻って行った。


残されたのはイゾウさんとわたし、そしてサッチとエース。
しかしサッチはアンの好き嫌いを聞くと早々に厨房へ入ってしまい、エースとアンは一目散に甲板に出て駆け回っている。

何か話そうと思うのに、自己嫌悪真っ最中のわたしはイゾウさんを見られないどころか、なかなか口を開けない。
なので船縁にもたれ掛かるイゾウさんの隣で、同じく二人を眺めるしか出来なかった。

それでも思いがけず降って湧いたこの時間は、とても緩やかで穏やかで。
遊ぶ子供たちを見守るわたし達はまるで……と、浮かび掛けたその言葉にわたしは大慌てでブレーキをかけた。
ダメだ…それは言葉に出来ない、形にしてはいけない。
不用意に掻き混ぜては、また色々と零れてどうしたらいいのか判らなくなってしまうから。
例えばさっきみたいな事になったら…あの場は他に沢山の人が居たけれど、二人きりではああやって濁す事は出来ない。
わたしはまだ、ここから出る覚悟も準備も出来ていないのに。だから…

「ルリ」
「…はいっ!?」

無意識にふるふると小さく振っていたわたしの頭はがしっとイゾウさんに掴まれ、それと同時に思考も停止した。
ぐりっと捻られ正面から覗き込まれると、額や首までもが一気に熱くなる。
ぽかん…とイゾウさんを見上げてしまったわたしの耳と頬は、自分でも分かるくらい真っ赤だ。

「…黙ったままだと思えば…なに一人で唸ってんだ」
「あ…あの、ちょっと考え事を…」

「…してたみたいです……」と歯切れ悪く答えると、ぐりぐりっと少し乱暴に頭を撫でられた。
でもこれで漸く、イゾウさんと普通に言葉を交わすことが出来てほっとする。
と言っても切っ掛けを掴みあぐねていたのはわたしだけで、イゾウさんは普段通りなのだろうけれど。

「大丈夫か?」
「ごめんなさい、大丈夫です。それよりイゾウさん、一体どうやってアンと仲良くなって…?」

正直な所、イゾウさんが瞬時に子供に懐かれるというのは想像がつかなかった。
本人もそう思っていた様で、よく分からないとか理解出来ないとか、そんな言葉を幾つも前置きして重い口を開いてくれた。

「…いきなり近付いて来て、“綺麗なお兄ちゃん”が第一声だったからな」
「うわ、それは驚くかも…」

思わず笑ってしまったが、よくよく考えれば凄い事だ。
黙っているイゾウさんと初対面の時は、大人だって少し戸惑った反応を見せる事が多い。それなのに迷わず本質を突くなんて、子供の曇りの無い眼と言うのは本当に凄い。
わあっと大きな声が聞こえてそちらを向くと、いつの間にやら2番隊のクルーも加わっていて、甲板は大騒ぎだ。

「あいつらは子守り部隊か…」
「エースは弟さん居るって言ってたし…流石に慣れてますね」
「あれは単に同じレベルで遊べるだけじゃねェのか?」
「そんな事言って…エースに投げ出されたら遊ぶのイゾウさんなんだから、どうなっても知りませんよ?」

そう言うと複雑な表情になったイゾウさんは、煙管に火を入れようとしていた手を止める。

「子供は嫌いじゃねェが…慣れてねェから上手く扱う自信がねェ」

イゾウさんの本音に再び笑うと、煙管でコツンと額を小突かれた。
じんじんするその熱さは心地良く、消えてしまうのが惜しくてそっと指先で触れる。

「じゃあその時は、わたしも一緒に遊びますね」
「お姉ちゃんもあそんでくれるの?」
「うん…って、ええっ、いつの間に!?」

足元から聞こえた声に反射的に答えてしまい、イゾウさん共々ゆっくりと視線を下に移す。
そこにはわたし達を見上げる四つのキラキラした眼が有った。その無邪気な眩しさに視線を逸らすと、イゾウさんはとっくに明後日の方向を見ながら煙管に火を入れていた。
早くもたすきを渡されてしまったらしい。

「…どうしたの?二人して」
「腹減ったから、帰ろうかと思ってさ」
「サッチのごはん、すっごくおいしいよってエースがおしえてくれたの」

「他に教える事はねェのか…」とイゾウさんが呟くのが聞こえた。ならばイゾウさんが面倒見たら良いのに。
それにその姿を少し見てみたい…と浮かんだ本音はしまっておいた。

「うん、美味しいよとても。じゃあ手を洗ってから行こうか」
「うん。イゾウお兄ちゃんも行こう!」

そう言ったアンにぐいっと手を引かれ、イゾウさんも歩き出した。
エースにもイゾウさんの手を引く様にと言ったアンの言葉は容赦無く拒絶され、結局アンの両手を二人が握って歩いている。

モビーらしからぬ光景…特にイゾウさんのそんな姿は注目の的で、それでもアンの手前威圧する訳にはいかないイゾウさんの葛藤が伝わってきて、声に出して笑ったらぺしんと頭を叩かれた。



小さなお客さんはそれから食事にお風呂と周囲を…主にイゾウさんを巻き込んで元気に動き回った。
子供に慣れない大人たちをひとしきり翻弄して疲れたのか、漸くアンは静かに寝息を立て始めた。



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