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しあわせを紡ぐ、綴る

Birthday 2018

 モビーでの生活。飲めや歌えの自由気ままな海賊暮らしとはいえ、1600人ものクルーが好き勝手に過ごしていれば、収拾がつかなくなるのは目に見えて明らかだ。それ故モビーでは、イレギュラーに発生する戦闘を除き、それなりにやることが決められている。
 日々の鍛錬、隊務、誰かの誕生日、季節のイベント……最後のふたつ、要は盛大な宴に伴うアレコレは、言うまでもなく2月と4月が特に忙しい。その次に忙しいのは1月、そして10月の順だった。

 今は10月――マルコ隊長宛の大量の贈り物が片付いたのは、昨夜遅く。軽くひと眠りして戻ったそこには、再び沢山の贈り物が積まれている。
 イゾウさんの誕生日が、もう明日に迫っている所為だった。
 その為モビーには、数日前から引っ切りなしに荷物が投下されている。当日の夜には大量の贈り物でこの部屋が埋め尽くされるのが常だった。

 この作業も、もう何年目になるだろう。
 わたしも慣れたもので、ここ数年は動くスペースのあるうちから整理を始める様になっていた。
 世界中から届く贈り物。その途轍もない量に、初めての時はとても驚いたことを憶えている。
 我が海賊団の隊長たちを誇りに思う一方、最近では少しだけ、ほんの少しだけ、複雑な感情が芽生えていることに気付いていた。
 けれどこれは、あくまでもわたしの“仕事”なのだ。
 個人的な感情を挟むものではないし、それを表に出すような案件ではない。
 変わらない作業。
 その中で唯一の変化が自分自身。

「今年も手紙、多いなあ……」

 イゾウさん宛ての特徴は、なんと言っても手紙の多さだ。
 今年も既に400通以上の手紙が届いていて、その殆どが可愛らしい封筒だった。
 東の海、西の海、北の海……スタンプを見れば世界各地。きちんとお誕生日までに届くように投函されたのであろうそれらは、長旅でいささか草臥れはしていても、凛々しく美しく思えた。一体どれだけの思いが詰まった手紙なのだろう。何を思って、何を伝えたくて……いずれにしろ、そう容易なことでないということは理解できる。

「イゾウさんに手紙、書いたことないな……」

 なかなか落ち着くことのないこの世界。常に側に居られるというのは恵まれているのだと、しみじみ実感する。手紙を書こうとしたことなど、なかった様に思う。
 自室のデスクの中には、少し前に寄港した島で購入した万年筆と合わせて選んだ便箋があった。
 実用一辺倒で可愛らしさには欠けるけれど、わたしらしさ、そしてイゾウさんの好みを考えると悪くない選択に思える。これで何か、書いてみようか――ふと浮かんだアイデアを実行することを躊躇う理由は、どこにも見つからなかった。
 

* * *


 イゾウさんのお誕生日当日。昨夜から不寝番をしている16番隊から隊務を引き継ぐのは、わたし達1番隊だ。
 まだ夜の明けきらない早朝のモビーは、日中の喧騒が嘘の様に静かだった。顔馴染みだらけの甲板を抜け、イゾウさんの定位置を目指す。夏島から離れつつある所為か、思っていたより少し肌寒い。
 今夜は特に動きがなかった様で、イゾウさんはとても退屈そうに煙管を吹かしていた。周囲に人が居ないことを確認し、静かに急いで駆け寄る。

「お疲れです。おはようございます」
「おはよう。ん、なんだまた見張り台か?」
「うぅ、わかってるなら聞かないで下さい……」

 わたしの装備を見て察したのだろう。イゾウさんは小さく笑って、ゆっくりと身体を起こした。そして見張り台のクルーに向かってひらりと手を上げ、なにやら合図を送っていた。
 そんなイゾウさんを立ったまま眺めていたが、目的は挨拶だけではなかったと思い出す。正面に向かい合う様に腰を下ろしてひと呼吸、装備を横に置いて、もうひと呼吸。

「くくっ……ある意味とんでもねェ豪運持ちだよな。で、どうした?まだ交代には早いぞ?」
「あ、はい。お誕生日、おめでとうございます。これ……プレゼントと言うにはアレですけど……とにかくどうぞ!」

 大きく深呼吸をひとつ。それから再度周囲の気配を確認し、イゾウさんの手元に押し付けたのは、宛名も飾り気もない封筒。
 世界中から届いている沢山の厚い封筒に比べ、わずか便箋一枚分の厚みは心許なく思えたけれど、これが今のわたしの、偽りのない全てだった。

「これはルリから……か?」
「多分そう、です……ね?」

 なんで疑問形なのか。テンパっているのだとしたら、柄にもなくてむず痒い。
 意識を全力で表情筋に集中して、なんとか笑顔を作ったわたしに対し、イゾウさんはどういう訳かほぼ真顔。しかも真っ直ぐにこちらを見たまま、微動だにしない。
 なんだろう、怖い。覇気も怒気も漏れていないのに、ごめんなさいって言いたくなるくらいに怖い。

「あの、イゾウさ…… あぁ!? もう! ダメですってば! 今ここでは読まないで下さい!!」
 
 後生ですから!!! なんて、普段は使わない言葉が思わず口をつく。そんなに大したことを書いていなくとも、目の前で読まれるのは流石にちょっと、拷問に近い。

「いいじゃねェか。俺宛なんだろ?」
「そうですけど……そういう問題じゃないんです……」 
 
 イゾウさんは意地悪だ。本当は分かっているくせに、愉しそうな顔でそういうことを言うんだから。
 だからわざとらしくむくれて、そっぽを向いてみた。すると意図せず、無人の見張り台が目に入る。これは今すぐあそこに逃げ込むのが得策だろう。見張り台当番を引いた自分のくじ運に、今更ながらガッツポーズが出た。

「じゃあわたし行きますね。不寝番、お疲れさまでした」

 隊務を口実にするとは、我ながら狡いと思う。でもこんなきっかけでも作らないと、どうやって切り上げたらいいのか未だに分からない。いつもついぐずぐずと、イゾウさんの側に居てしまうのだ。
 装備を抱え直し、見張り台の方へと足を踏み出す。流石のイゾウさんも、そこまでは付いて来な……

「……俺も行く」
「は……?」

 気の抜けた返事をしてしまった。だってイゾウさんは今夜の主役なのだ。更には不寝番明け。夜の宴に備えてしっかりと休んで貰わないとならない。
 そんなわたしの心配を他所に、イゾウさんはのびっと大きく身体を伸ばした。と、その瞬間。何かのスイッチが入った表情になる。するとたちまち、イゾウさんの纏う気配が変わった。まるで戦闘でも始めるかの様な空気につられ、わたしの背筋も引き締まる。

「さ、行くぞ。実は数刻前からどうにも風向きが悪くてな。羽虫の一匹や二匹、紛れ込んできそうな気配がビシビシとしやがる。気になってどのみち眠れやしねェんだ」
「え、何処ですか!?」

 ぽんぽんと二回。わたしの後頭部に手をやって先を促したイゾウさんは、そのままスタスタと歩を早め前に出る。
 その後を追ってマストを登りながら、穏やかな波以外は何もない、明け方の海原を見遣る。何の変哲もない、季節の変わり目で少しだけ深い青の、見慣れた海。でもイゾウさんには何かが見えているのだろう。経験だったり、勘だったり。わたしにはまだ及ばない、何かで。

「厨房と酒蔵だけは、死んでも守らないとですね」
「そんなとこまで上げさせる訳ねェよ。むしろ、向こうの在庫を無傷で頂く」
「あぁ……敵ながら気の毒な…………」

 でもまあよりにもよって今日、この船に手を出そうとする方が悪いのだ。宴前の余興だと言わんばかりの勢いで敵船に乗り込むクルー達の様子が、手に取るように浮かぶ。わたしも少し、ソワソワしていた。
 まだ薄暗い甲板をよくよく見渡せば、16番隊と共に不寝番をしていた5番隊のクルーも半数以上が甲板に残っていた。ビスタ隊長もやはり何かを感じ取っているのだ。

「ねえ、イゾウさん……ってイゾウさん!! だからそれは……!!」

 油断も隙もない。音もなく封筒から出されていた手紙が、今まさに開かれようとしていたのだから。

「イゾウさん!!」
「ルリ」
「はい?」
「見張り」
「あ、はい……じゃなくて!!」

 じゃなくて!
 見張りをしないとならないこの状況。イゾウさんの方ばかりを気にする訳にはいかない。分かってる。理屈では分かってるけど……
 耳を凝らすと背後から聞こえる、カサカサと小さな紙の音。その度に双眼鏡を持つ手に力が入る。まさかこんなことになるとは。だって中身は……
 
「ルリ」
「はい?」
「ルリもだ。ここに居てくれてありがとな」
「あ、はい……いえ、あの……わたしの方こそ、ありがとうございます」

 中身はお祝いの言葉を除けば、短い一文だけ。

 ――“ここ”に居てくれて、ありがとうございます

「他の人みたいに、もっと沢山書ければよかったんですけど……」

 それ以外の言葉は書けなかった。
 多分それが、今のわたしの嘘偽りない気持ちの全てだと思ったから。
 この世界に。この海に。この船に――わたしの世界に。

「いや、これ以上書かれると正直参る」
「え?」
「ルリが思ってる以上に、これは……」
「?」
「あァ、そうだよな……ルリのことだから無自覚だよなァ……そういうところが、本当に……」
「え?」
「ルリ」

 珍しくハッキリしないイゾウさんが、疑問符しか浮かべないわたしに向けて、ちょいちょいと手招きをしている。その行動すら、わたしにとっては疑問でしかない。
 それでもゆっくり屈もうとすると、びっくりする様な勢いで腕が掴まれた。え?と驚きを音にするより早く、視線の高さがイゾウさんと同じになっていた。崩れる様に座り込んだ身体はイゾウさんの胡座の中にすっぽりと収まっていて、距離なんて殆どない。
 慣れない同じ高さの目線は恥ずかしくて怖くて、さっきまであった筈の、戦闘へ高揚感は何処へやら。今のわたしは、その視線から逃げないよう堪えるのに必死だった。握ったままの双眼鏡だけがやけに冷たく感じられて、その温度がわたしと現実を繋ぎとめているような気がしていた。

「……イゾウさん??」
「安易な約束は出来ねェし、したくもねェ。が……それでも、一秒でも長くルリの側に居てやりたいと、俺はずっと思ってる」
「っ……」

 心臓が破れたと思った。
 何を言われたのか分からなかった。あの短い手紙から何がどうなってこうなったのか、真っ白になった頭では考える余裕もなかった。
 けれど、イゾウさんの発した言葉のカタチは確かに現実のものとしてわたしに襲いかかっていて、ぎゅうぎゅうと心臓を締め付けて止まらない。呼吸をしてるのかも分からない。ただとにかく、ひたすらに苦しくて……

「ありがと、です……わたしも……」

 必死に絞り出した声は、何故か震えていた。悲しいからではない。嬉しくて嬉しくて嬉しすぎて、この感情をどうしたらいいのか分からなかった。こんなつもりではなかったのに。だって今日はイゾウさんの誕生日。それなのに……
 いつもわたしの中にあった戸惑いや不安は、影も形も姿を見せなかった。
 そんなものが顔を出す隙を、イゾウさんは与えてくれなかった。きっと今までだってそう出来たのだろう。でもそうはしなかったのだ。何故ならわたしがそれを望んでいないのだと、受け入れることが怖いのだと、気付いてくれていたから。

 イゾウさんが存在するということ。
 それがわたしの生に光を、迷うばかりのわたしの道しるべになっている。
 
「ありがとう、イゾウさん。今も、いつも、今までも、これからも……」

 どうぞ、よろしく――

 音にさせてもらえなかったその言葉は、それでもきっとイゾウさんに伝わったと、確信してる。

 水平線を揺らし始めた陽の光が視界を広げ、鳴り響く敵襲の鐘の音で、わたしは海賊に戻る。

「さて……行くか。今日は夜が長いからな。早く片付けちまおう」
「イゾウさんは休んでていいですよ? もう交代の時間です」
「……ルリ」
「はい?……あいたっ!?」

 べしっと一発。久しぶりに食らったのは、全力のデコピン。

「誕生日の我儘だ。今日は一日俺に付き合ってくれ――とでも言えばいいか?」
「……?」
「一緒に行くぞ」
「……! はい!!」

 差し出された手はいつもより温かくて、あぁ、イゾウさんでもそうなのか……と思ったら、場違いな愛おしさが溢れて止まらなくなってしまった。
 
「イゾウさん」
「ん?」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「……ったく、つくづくそういうところが……本当に……」
「ほ?」
「話はあとだ。全力で行くから、ちゃんとついて来いよ?」
「了解です、イゾウ隊長」

 繋いでいた手が離れても、なんの不安も感じなかった。
 わたしの心を少しだけイゾウさんに預けて。
 新しい365日の最初の朝が始まった。

happybirthday! 2018!!!
イゾウさんと、イゾウさんを好きな全ての皆様へ。
ありったけの愛を込めて。


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