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Rising Sun

初めてモビーから見た日の出の光景は、今でも鮮明に瞼に焼き付いている。
美しくて悲しくて淋しくて。
太陽なんて何処で見ても変わらないと思っていたわたしの概念は、そこで完全に覆えされてしまった。
巨大な船故の高さの所為なのか、雰囲気の所為なのかは、結局分からないまま。

日々違う顔を見せてくれる朝は、いつしかわたしの楽しみの一つになっていた。






「認めたくないですけど……ここ、わたしの定位置になってる気がしてきました……」

わたしの居る見張り台を見上げては「今年もごくろうさん」と声を掛けてくれる皆のその表情は漏れなく含みを持っていて、ますますヘコみが大きくなる。
「今年も」なんて言うけれど、わたしは去年のこの日はモビーに居なかった。
なのにそう言われてしまう程に、1番隊の不寝番=メインマストの見張りはわたし、という図式が出来上がっているのかと思うと、我が身が居た堪れなくなってくる。

「確かにそこまでくれば、もうクジを引く必要もねェよなァ」
「イゾウさんに言われたら、もう認めるしかなくなります……」

イゾウさんに言われるのも無理はない。
16番隊の頃からわたしは、見張り台のクジばかり引いていた。決して普段のクジ運が悪い訳ではないのに、何故かこの時ばかり。

ケラケラと笑うイゾウさんは随分と楽しげだ。聞けば今日は昼からずっと飲んでいるらしい。

「いいじゃねェか、今はここが特等席だろう?」
「そうなんですけど……でも、なぁ……」

無事に新年を迎え、エースの誕生日を祝い始めたモビーは飲めや歌えやの大騒ぎ。
勿論ここでわたしも飲んでいる。けれどたまには存分に飲んで騒いで、その瞬間を迎えたいのだ。

思わず漏れた溜息を、酔っていても見逃してくれるイゾウさんではなかった。わしゃわしゃと頭を撫でてくる手付きは少し荒っぽくていつもより強くて、熱い。

「あと少し……かな」

照れ隠しに仰いだ空の新月は、いつの間にか随分と低くなっていた。月もわたしも、交代の時間はもう間もなくだ。

「あの……イゾウさんは」
「ん?」
「モビーで最初に見た日の出って、覚えてますか?」
「モビーでの、か?もうかなり昔だからなァ……まァその頃の俺は、そんな事に目を向ける奴じゃなかっただろうな」

まだ青い餓鬼だったからなと笑うイゾウさんの記憶の中に居るのは、わたしの知らない、遠い日のイゾウさん。

「どうした、ルリ?」
「いえ?イゾウさんこそ、どうかしました?」
「いや……気の所為なら構わねェ。気にするな」

再び頭に乗せられた手は、ふわりと優しくて。
その温度でじくりと揺れた心の奥に、あぁ今わたしは、泣きそうな顔をしていたんだと気付かされてしまった。

同じ日の出を、わたしは何処から見ていたのだろう。
イゾウさんは、何処で誰と見て……

「……三年前の初日の出なら、憶えてる」
「え?」
「なんだその反応は。まさか憶えてないとは言わねェよな?」

三年前……わたしがモビーに来て初めての、16番隊の仲間と迎えた、初めての……

「あ、わ……はい、憶えて……ます」

イゾウさんと見た、モビーで最初の初日の出。
まだモビーに完全には馴染んでいなかったわたしの、唯一心から寛げる場所だった16番隊。そんな仲間と過ごしたあの日あの時間を、わたしが憶えていない筈がない。
でもまさか、イゾウさんも憶えていてくれたなんて……

「しっかりと憶えて、ます……」

なんと言ったら良いか分からなくて、ぎゅうっと膝ごと抱えた身体は熱い。
頬を撫でる風は暑くも寒くもなく、心地よい筈なのに何故かむず痒くて、わたしの身体は一層固くなる。

「綺麗でしたよね。寒かったけど……」
「あァ」
「みんな沢山飲んでて、煩くて……」
「あァ」
「でも……水平線の色が変わった途端、急に静かになって……」
「あァ……今みたいにな」
「え?あ……」

イゾウさんの指差す先を追えば、水平線がぼんやりと明るくなっていた。ゆらゆらと揺れる穏やかな水面に、微かに散り始めたオレンジは、夕日とは違う色。

「ホントに年が明けたんですねぇ……」
「なんだ、今頃実感してるのか?」
「だって一年が嘘みたいにあっという間で……」

イゾウさんと桜の下で過ごした去年のこの時間を、昨日の事のように思い出せる。
こうして一つ、また一つ。積み重なっていく思い出を愛おしく思う様になったのは、モビーに来てからだ。

少しずつ少しずつ濃くなる陽の光。
真っ直ぐに見据えるイゾウさんの強い視線は、その先を見ている様に思えた。わたしにはまだ思い描けない、ずっとずっと先を。

「あァ、酒が切れたな……ルリもまだ飲むだろう?取ってくる」
「あ、はいお願いし、ま……」

立ち上がり歩き掛けたイゾウさんの手を掴んだのは、完全に無意識。

「あ……」
「ん?どうした?」
「ごっ、ごめんなさい……っ。なんでもない、です」

もう少しだけここに居て欲しいと思った自分に驚いて、熱くなった手を慌てて離す。
だって言えない。置いて行かれそうだと思ってしまった……なんて。

「……大丈夫だ」

そう一言だけ言ったイゾウさんは、口元だけで柔らかく笑った。まるで何もかも分かっているかの様なその言葉だけで、わたしの不安なんて全て何処かに吹き飛んでいく。

「はい、大丈夫です」

イゾウさんがそう言ってくれるならば、わたしはどこまでだって着いて行ける。





モビーの目指す先、この船の誰も知らない景色。そこに辿り着くまでにも、わたしの宝物は増えていくのだろう。

次に見る初日の出は、どんな色をしているのか。その次は、またその次は。
そしてわたしはそれを、誰と見ているのか。

「誰って、そんなの……」

まだ指先に残る温もりを消したくなくて、心の中で呟いた名前と一緒にそっと握り締めた。

fin.
2016 Happy new year!!


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