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満ちる幸せの行方

Birthday2015

春夏秋冬、朝昼晩。
酒宴と戦闘は年中無休のモビーディック号。
中でも10月は特に大きなイベントが続く。
1番隊隊長の誕生祝いの余韻も引かぬうちに始まる、次の宴の仕度。16番隊隊長の誕生日は数時間後に迫っていた。
量より質に重きが置かれるその宴の為に奔走する者、指を咥えて待つ者……日に日に高まる祝いのムードが、否応なしにルリにプレッシャーを与えていた事を知る者は少ない。

何を贈ろう――彼女の頭の中はそれで一杯だった。

相手は海賊。しかも白ひげ海賊団の隊長。
珍品や高級品を目にするのは日常茶飯事で、一隊員の自分がそれを超えるものを用意するなど不可能に近いと思われた。
思えば武器と酒以外で物欲の話を殆ど聞いた事がない。きっと一通の手紙であっても、祝いの言葉だけでも喜んでくれる――イゾウはそういう男だ。
だから余計に悩んだ。特にここ数ヶ月は、事ある毎にその事を考えていた気がする。

いよいよ日が差し迫り、焦りに押し潰されかけた時に降って湧いた、ひとつの好機。
いつか手に入れられれば、その時は……期待半分夢半分、心の隅に留めておいた物を手に入れられるかもしれないチャンス。彼女は迷う事無く動き――そして、無事にそれを手に入れた。

目の前で肉を頬張ったまま眠る兄弟の協力に感謝をしつつ、丁寧に包まれたそれをそっと撫でる。あとはこれを渡すだけで……

「なんだルリ、帰ってたのか」
「あ……は、い。少し前に戻りました」

その為に不在だった数日間。表向き自分は急な使いで船を離れていた事になっている。
予想外の邂逅にたじろぎつつも「ただいまです」と言葉を返した。そしてさり気なく、机の上の包みを膝の上に下ろす。
エースの隣に腰をおろしたイゾウは特に気にした風でなく、ルリは安堵した。ここで明かす訳にはいかないのだ、色々と。

「一年って早いですねえ……」

早くも祝宴ムードの周囲を見渡しながら、ルリがぽつり呟いた。頷くイゾウはこの空気を他人事の様に受け流している。しかし「どうせ宴の口実だろう」とぼやきつつも嫌な素振りを見せないのは、毎年の事。

「おわ、イゾウか……イゾウの宴は特に美味いメシ食えるからな。おれは毎日でもいいぞ」
「ご飯は今年も期待していいんじゃないかなあ。サッチが張り切ってたし」
「……やめてくれ。俺が毎日歳とっちまうじゃねェか」
「んー大丈夫ですよ。きっとイゾウさんは幾つになっても若いです」

本気でそう思っているのか無邪気にニコニコと笑う彼女と、肉を片手に再び眠りに落ちた弟に、珍しくイゾウは軽く天を仰いだ―――


***


(ふう……危なかった……)

報告書作成を口実に、ルリは速やかにその場を後にした。
何しろ相手はイゾウだ。わずかな動揺ですら悟られてしまう可能性が高い。しかも自分の手元にはイゾウへのプレゼント。
上手く乗り切れて本当によかったと、ほっと胸を撫で下ろす。

日付が変わるまであと数時間。
待機という口実で甲板に集まる家族の数は次第に増え、自室に居てもその騒めきを感じられる程だ。
そんな空気の所為か、ルリはなんだか落ち着かなかった。時間までと留守中に溜まった書類を手にしても、内容は全く頭に入ってこない。
そんなふわふわの思考がはたと止まる。手に入れる事に必死で、どのタイミングでどう渡すのか、その事を何も考えていないと気付いたのだ。大事なのはこれからだというのに。

皆の前では渡しにくい。かと言って宴の後では下手すれば日付が変わる。それに飲み潰れてぐたぐたの状態ではなく、きちんと渡したい。
どうしよう……先に訪ねるか途中で呼び出すか、それとも……いよいよルリの頭の中は真っ白になってしまう。

こうしている間にも容赦無く進む時間。

結局妙案の浮かばないまま、宴の時間を迎えてしまった。



「おめでとう!!」

次々と掛けられる言葉、注がれる続ける酒、渡される品々。
当然ながら主役のイゾウが一人になるタイミングなどなく、時間ばかりが過ぎていく。

勿論、宴は十分に楽しかった。同じ酒なのに気持ちの違いだけで不思議と味は違うものだ。
それでもやはり、気は重い。イゾウの誕生日にこんな気持ちだなんて、申し訳ない気分になってきて、それがまた気を重くする。
自分の問題だと分かっていても、もっと心から祝いたいのだ。

「静かな場所で風に当たってくる」そう言って彼女は輪を離れた。元々酒には強いが、それでも今日は全く酔えなかった。

(ああぁ……どうしよう)

ぺしぺしと頬を打つ海風が、絡まった思考の隙間を抜ける。
思えば改まって渡す事もなかったのかもしれない。皆の流れに乗って渡してしまえばよかった。これではまるで、特別な意味があるみたいではないか。

(でも、なあ……)

特別と言えば特別なのだ。
それをイゾウに贈りたいというのは自分の望みだが、だからこそきちんと手渡したい想いが強かった。なのにこのままでは、渡しそびれるという最悪の事態になりかねない。

「うー……ダメだあ……」
「どうした?珍しく酔ったか?」
「イゾウさ……っ!?いえ、大丈夫です、けど……珍しくって……」

返す言葉に詰まり、苦笑した。けれどそのおかげで、色々と悟られずに済んだ。
絡まった思考が、ぱらぱらと解けていくのを感じた。

「イゾウさんこそ、こんな所までどうしたんですか?」
「祝われるのはありがたいんだが、流石に息抜きがしてェ……それにルリが随分と長い事戻らねェから、ついでにな」

そんなに時間が経っていたのだろうか?思わずぺたりと触れた頬は、確かに随分と冷えている気がする。

「すみません、大丈夫です。でも……」

今しかない。部屋まで取りに戻らねばならないが、ここから走ればすぐだ。

「少し待っててもらえますか?プレゼント、用意してあるんです。すぐ戻りますから!」

船縁にもたれ掛かり煙管に火を入れたイゾウに告げ、答えを待たずにルリは踵を返した。
しかし走り出した筈のルリの足が、ピタリと止まる。

「俺も行く。構わねェか?」
「ほへ……?」

構うも構わないも、既にイゾウは彼女の横に並んでいるのだ。「あ、はい……」勢いに負けて頷くしかなかった。
人の居ない静かな船内。イゾウの後に付いて自分の部屋に向かうのは何だか変な気分で、高まる緊張感と共に扉を開く。
この部屋にイゾウが入るのは、久しぶりだった。

一目散に机の上に置いておいた包みを手に取り、両手で差し出した。妙に恭しい渡し方になってしまったが、同時に肩の荷も降りてようやく心が軽くなる。

「改めて、お誕生日おめでとうです」
「あァ。ありがとな」

厳重に施された包みを解けば、固く閉じ込められていた香りが一気に解き放たれた。
アンバーグリス――またの名を龍涎香。

「これは……俺も本物は初めて見たな」

その言葉と反応に、ルリは満足げな、そして安堵の表情を浮かべている。

彼女がこれを選んだのは、何も物珍しさからだけではない。
一番は、それが「くじらの体内で作られる」という事だった。
それを知った時、まるで白ひげと子供たちの様だと思った。大きな大きなくじらの中で固まる結晶。何物にも代え難い、唯一無二の貴重な存在。

「ふふ、頑張りました」

「みんなにも色々協力して貰いましたけど」そう言うルリは、少し申し訳なさそうに笑う。

確かに、これを手に入れるのは簡単ではなかっただろう。ここ数日の彼女の不在――急な使いとは聞いていたが、実のところイゾウは釈然としていなかった。
自分に何も言わず彼女が長い時間船を空けるなど、数年前ならいざ知らず、ここ最近ではまず考えられない事だったからだ。
成る程そういう訳かとようやく納得をし、そして心配とも嫉妬とも取れる、思いの外女々しい自分の感情に辟易とする。

「龍涎香を知った時、モビーみたいだと思って……ここでずっと一緒に居られたらいいなあって、そんな風に思ったんです。だからこれは、イゾウさんに」

そんなつもりはないのだろうが、深読みをしたくなる言葉。
これまでの積み重ねが無かったら、きっと都合良く勘違いをして口実にしてしまう程に。
時々彼女は無自覚に、とてつもなく無防備な言葉をど真ん中に投げる。それもごく自然に。

「……そうだな。そう在れたらいいと、俺も思ってるよ」

それは、未来へのささやかな希望。
本当にあっという間の一年だった。過ぎる速さは、充ちた日々の証。
変わらない日常、仲間……自分たちは、何か変わったのだろうか?

互いに問う様に視線を合わせれば、自然と笑みが溢れた。きっとこれが全ての答えだ。

「ああ、でも……一年がこんなに早かったら、わたしすぐにおばあちゃんになってしまいますね……」
「ルリも幾つになろうが、若いままだと思うぞ?」

どこかで聞いた言葉に、ルリはぶわっと真っ赤になって首を振る。何気なく口にした言葉だったが、自分が言われると存外照れくさいものだ。

「わたしは無理です。イゾウさんみたいにはとてもとても……」
「なんだその根拠のねェ謙遜は」
「そうですか?きっとみんな、そう言うと思いますよ?」
「どうだか……まァそれなら、ルリが見届けてくれればいい」
「そのくらい喜んで。あ、え……?」

イゾウを見たままでルリは固まっていた。どうやら今回は自覚したらしい。
「どうした?」と、あえて涼しい顔のイゾウに反し、両手で顔を押さえて俯いた彼女は、何やらもごもごと言葉にならない音を零している。
クスリと聞こえた押し殺した笑い声に「なんでもありません……」と絞り出した細い声。力なく睨む目元と丸見えの耳朶は、面白いほどに真っ赤だ。

「……お祝い、ですし、早く戻った方が良いですよイゾウさん……」
「俺はすぐにでも行けるんだがな」
「わたしだって行け……やっぱり、後から行きます……」

今度はクツクツと、遠慮のない笑い声。小さく身体を丸めたルリの頭に、ふわりと乗ったイゾウの手は、びくりと震えた肩を落ち着かせるように、一度だけ左右に動いて離れた。

「ルリはそのままでいい。ほら、行くぞ」

促され立ち上がると、差し出されていた手。
扉を出るまでならばと取ったその手は、いつもより温かい。

「イゾウさん」
「ん?」
「行く前にもう一度……おめでとうございます」
「あァ……どうした?改まって」

ドアノブに手を掛けたイゾウがゆっくりと振り返ると、繋いだ手を離したルリが真っ直ぐ見上げながら微笑んでいる。

「なんだか……100回くらい言いたい気分なんです」

ガチャリ。
そのまま動きを止めなかった事を、イゾウは僅かに後悔した。けれどすぐさま、開いた隙間に潜り込もうとしていたルリの手を掴み引き寄せる。

「イゾウさん!?」わたわたと慌てる彼女の後ろで、扉は静かに閉じられた。

fin.
イゾウさんと、イゾウさんを好きな全ての方へ!
Happybirthday!! 2015


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