ジリジリと照りつける陽射し。
甲板に居る時とはまた違う、真っ白な砂浜で照り返された熱が、四方からじわじわとわたしの身体にまとわりつく。
「みんな気持ち良さそうだなあ……」
ざぱーんと水飛沫を上げ、満面の笑みで青い海に飛び込むのは、見慣れた面々。まさに夏そのものと言った光景が目の前に広がっている。
そんな中わたしは、唯一の木陰に置いた小さな樽の上。どこぞのお嬢さんよろしくつばの広い帽子に日傘まで差し、当然の様にお留守番だ。
「ひゃ……!?」
背後から気配もなく頬に当てられたのは、よく冷えたラムの小瓶。それを差し出す手からぽたぽたと落ちた雫は、瞬く間に白砂に吸い込まれて消える。
「あ、りがとです」
「この暑ィ中、わざわざ付き合う事はねェだろう?」
「だって船に居ても退屈で。せめて気分だけでもと思ったのですけど……逆効果だったかも……」
エースは森の奥深くに食材(多分お肉だ)を獲りに。マルコ隊長とジョズ隊長は、親父の部屋でのんびりと過ごしているらしい。
みんな能力者なんだから仕方がない。けれど時々、我が身を呪いたくなる。海に入れない海賊。まったく、よく出来た笑い話だ。
はああと無意識に溢れたため息をラムで押し流した。よく冷えた液体のとろりとした感触とアルコールの熱さが、心地良いバランスで喉を潤す。
「イゾウさん、は……もう行かないんですか?」
「俺は一度身体を冷やせば充分だ。焼いちまったら、後々熱くて堪らねェ」
イゾウさんはそう言って、わたしの隣に僅かに残る木陰の中に腰を下ろした。あいつら後で泣いても知らねェぞ。そんな空気を出しつつも、束の間の休息を満喫する家族へ向ける視線は、多分優しい。多分。
何故多分なのかと言うと、わたしは不自然に前を見続けているから。決して横には視線を向けない。否、向けられないのだ。
イゾウさんから預かっていた愛銃と煙管を差し出せば、樽の高さ分、少し下から伸ばされる手。それは既によく乾いていて、陽射しの強さを改めて実感する。
「あ、ちゃんと拭いてから座らないと砂まみれに……」
「汚れたらまた入りゃいい」
なんだかんだ言いつつ、結局イゾウさんも暑いのだろう。
ふわり漂う煙草の香りにつられて視線を落とす。チラリと見えた白い脚。普段は見えない引き締まった脛には、僅かな水滴と白砂。
(あ、見ちゃっ……た……)
マルコ隊長やエースみたいに、普段から肌を曝け出している人ならば何とも思わない、のに。
イゾウさんはもちろん、サッチやハルタでも。見慣れない人の素肌は、目のやり場に困る。これが戦闘中ならば全く気にならないんだから、わたしの切り替えスイッチはどれだけ融通が利かないのだろう。
「海、気持ち良かったです?」
「あァ……けど流石にこうも暑いと、そこまで冷たくもねェがな」
「ホント、ありえないくらい暑いですよねぇ……」
着物を一枚羽織っただけのイゾウさんは、パタパタと襟元を持って僅かな涼を取っている。
……やっぱりダメだ。前を見てる以外、わたしに選択肢はなさそう。
のんびりとした時間が過ぎる。
特に会話をするでなく、時折どちらともなく「暑い」と零しては頷きあうだけ。
とにかくもう、声を発するだけでも体力が消耗しそうなのだ。
「ルリーー!良いモン持って来たぞー!」
静寂を破る元気な声に振り返ると、何処から調達してきたのか大きなタライを担いで走るエース。
だん!と置かれたタライを満たすのは真水と、そして涼しげに泳ぐ氷。
「足入れていいぞ!」
「うわ、ホントに!?」
サンダルを脱いでそっと足を浸せば、ふるりと涼が背中を駆け上がる。
「つめた……っ。でも気持ちいい」
「だろ?サッチに肉渡したら、代わりにこれ持ってけって」
「へェ……気が効くじゃねェか」
「なあルリ。これ、頭から被っていいか?」
「うん。わたしはもう充分だよ」
わたしが足を引き上げると、エースが物凄い勢いでタライを逆さまにする。豪快にぶちまけられた氷水がわたしにもイゾウさんにも四散したけれど、流石に今日は文句なんてない。
「っはー!気持ちいいなこれ!!!」
「ちょ、エース!そこでふるふるしないで!」
水浸しのエースが犬みたいに全身を震わせた所為で、キラキラと飛沫が飛び散る。
「あ、蒸発するから暑さが……」
瞬く間に乾いていくエースと砂浜は、それと引き換えに熱を放出している。
へへっと笑うエースはそんな暑さを物ともせずに、空のタライを担いで駆け出した。きっとまた入れて貰うのだろう。
それはちょっと魅力的だ。けれど……
「モビーに戻ろう、かな……」
一向に衰える気配を見せない陽射しに、身体が悲鳴を上げ始めている。
船内の涼しい場所を探して、昼寝でもしていた方が良さそうだ。
「わたしモビーに戻りますけど、イゾウさん……は……」
「あァ、そうだな……ん、どうした?」
(うわああぁぁ!!すっかり忘れて思いっきり振り向いちゃった……!)
やってしまった!今までのささやかな抵抗が全て水の泡……!
ますます熱くなった身体は、もう限界寸前だ。これ以上おかしくなる前にと、少しぬるくなったラムの残りを一気に流し込み立ち上がる。
「熱っ……」
素足で踏んだ砂浜は、焼けるような熱さで。何か声を掛けられたような気がしたけれど、イゾウさんからも暑さからも逃げるように、そのまま駆け出した。
「先に戻りまーす!」
距離を取ってから振り返り手を振ると、小さく手を上げたイゾウさんが立ち上がるのが見えた。
サッチに氷水を貰って足を冷やしながら、良く冷えたラムと一緒にイゾウさんを待とう。
たまには暑いのも悪くない……かな?
目の毒だけど。
fin.
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