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Memories of summer

迷信じみたモノから現実的なものまで。船上でのタブーは意外と多い。火気などは現実寄りの最たるもので、エースが酔ってはしゃぐ度に、モビーは上へ下への大騒ぎになる。
危うくマストに引火しかけ、マルコを本気でキレさせたのは記憶に新しい。



そんな騒ぎから数日経った夕食時の事。
久しぶりにやりたい事は何か、なんて話題で盛り上がっていた。ボンチャリに乗りたいだの、デービーバックファイトがしたいだの。記憶を辿り、思い思いに口にしている。
あぁ、確かにどれもご無沙汰だな、などと懐かしさに浸りつつ黙って頷いていたルリだったが、何かを思い出した様に顔を上げた。

「わたし花火がしたい……あ、でもマルコ隊長が怒るかなぁ……」
「花火?どーんてやつか?」
「ううん、もっと小さいの。わたしの国には昔から有ったのだけど……」

分かりますよね?と同意を求めてイゾウの方を見遣れば、深く頷きゆっくりと紫煙を吐き出す。

「確かにアレならモビーで出来なくもねェだろうが……俺ももう何年も見掛けてねェ。手に入りゃ良いが……」
「やっぱりそうですよね……」

生まれ育った国からはだいぶ遠くに来てしまっている。それでもルートさえあれば入手出来ない物など無いが、残念な事に祖国は殆ど外部に戸口を開いていないのだ。
控えめに肩を落としたルリの頭をくしゃりと軽く混ぜたイゾウは、火を落としたばかりの煙管に刻み煙草を詰めている。

「やれない事はねェ……かもな」

ぽつり。手を止め呟いた言葉は、再び盛り上がり出した周囲の声に掻き消され、ルリの耳にも届かなかった――


***


翌日も朝から特段変わった事もなく、言い換えれば刺激の少ない一日だった。
お昼過ぎ、ルリは両手でファイルを抱え、2番隊から順繰りに隊長の部屋を回っていた。
コンコンコン。
馴染んだ三度のノックでイゾウが扉を開ければ、そこにはほとほと困り果てた顔のルリの姿。「居てよかった……」安堵の表情を浮かべる彼女の手から、イゾウが取り上げたファイルの数は、15冊。
ばさり。ベッドに投げ置かれたファイルの横にルリが座ると、イゾウは側にあった椅子を引き背もたれを抱え、彼女の正面に座った。気の所為かもしれないが、その表情は楽しそうに見える。

「小さな花火なら、作れると思わねェか?」
「え?ああ……確かに言われてみれば……」

突然の切り出しに、それが昨日の話を受けての話題だと気付くまで少し時間を要した。繋がればなるほど、楽しそうな表情だったのは気の所為ではないなと得心する。

「だろう?特に俺とルリは、日頃から火薬の扱いに慣れてる方だしな」

それにしたってイゾウの提案は予想だにしないものだった。「自分で花火を作ればいい」そんな発想、何処から得たのか。確かに日頃から自分好みの弾丸にするべく、火薬の調合の様な事はしている。そう考えれば然程難しい事にも思えず、むしろ激しく好奇心を掻き立てられる。
机の上に無造作に置かれていた古い本を手に取ったイゾウは、栞の挟まれた頁を開きルリに手渡す。

「これ、わざわざ調べてくれたんですか?」
「調べたって程大袈裟なモンじゃねェよ。火薬の種類確認しただけだからな」
「でも、ほんの思い付きで口にしただけなのに……」

すごく嬉しい。口には出さなかったが、緩む口元は隠せない。本当にふと思い浮かんだだけだったのだ。それなのにしっかりと掬い、こうして形にしようとしてくれる。その気持ちが堪らなく嬉しい。
逸る気持ちを抑え、示された頁に目を通す。材料は馴染んだものばかり。工程も単純。作ってみないと分からないが、それでも……

「うん、うん……これなら作れそうですね。知らなかったなぁ、こんな簡単に作れるんだ……」

気持ち的には今すぐ作ってみたい。しかし視界の隅に見えるファイルの山が、ゆるりゆるりと袖を引く。他にもやるべき事は残っている。今すぐ作ったところでまだ外は明るい。それならば今のうちにやる事を片付けて……

「……結論出たか?それの半分は俺が引き受けてやるよ。だから…マルコに捕まるんじゃねェぞ?」

ルリの煩慮が着地するのを見計らい、クツクツと笑いを堪える事なくイゾウは立ち上がった。適当に半分を選んだ様に見え、エースやラクヨウ、手こずりそうな面々を選んでくれていたとルリが気付いたのは、イゾウと別れてから。

気付けば駆け出していた。気持ちが急いて急いて、どうしようもない。普段だって十分に甘やかされている自覚はあるが、今日は殊更強かった。些細な事かも知れないけれど、些細な事だからこそ余計に嬉しい。

「イゾウさんっ……!」
「なんだ?そんなに息切らせる程慌てる事でもねェだろ?」

そう言うイゾウの声は白々しい程に冷静だ。ルリに余裕が有ったならば、きっとそれと気付く程に。けれど今の彼女にそんな余裕は無く、そしてそんな余裕など必要ないのだ。

「慌ててるんじゃなくて……その、楽しみ過ぎて……」

まるで子供みたいだと言われようが、本当に楽しみなのだ。包み隠さず溢した本音が、足元からじわじわと自分の中に還る。

「じゃァ期待に応えねェとな」

クツクツ笑うイゾウに緩む頬をするりと撫でられ、照れ隠しにくるり背を向け髪をひと纏めにした。準備完了の合図を込めて。
材料を並べ、手順を守って。まるで遠い昔の、懐かしい夏の過ごし方の様だった。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
器用な二人の手からは、次々と細い紙縒りが作られていく。

「イゾウさん、早く行きましょうよ!」

小走りになっている、普段より声が大きくなっている。髪だって乱雑に纏めたまま。全て自覚の上でも止められなかった。抑制するよりも楽しみたかった。だから「そう慌てるな」なんて言われた所で、勢いは止まらない。それに勢い付けたのは、イゾウなのだから。

誂えたかの様にひと気の少ない甲板の片隅、小さなデッキ。僅かな明かりをも遮る様に船内へ背を向け並び、風の無い静かな海と向かい合った。新月の月が、細く長く波に揺れる。

「風もねェし、良い天気だな」
「最高の花火日和です」

待ち切れないと全身で訴えるルリに、イゾウは慣れた手つきで擦った燐寸を差し出す。慎重に先端をかざせば、硫黄の残り香に続いて、火薬の匂い。

「……点いた!」

パチパチ、ジジジ、と小さな音が、静かに割られた波の音のに重なる。

「最後がヤナギ……でしたっけ?」
「キクだな。でもなかなか上手く咲かねェ」
「充分綺麗です。嬉しいな、モビーで線香花火出来るなんて思わなかった」

思いの外大きく咲いた花は静かに姿を変えながら、終にはぽとりと落ちる。あっ……と小さく漏れた声には、僅かな落胆が混じる。

「こうなると、極めたくなって来ます…」
「あァ、そうだな」

顔を見合わせ頷き合うと、残った3本から1本ずつ手に取り、火を点ける。
今度もまた、見事な二輪の花が咲く。初めてにしては、どれも上々の出来だ。

「じゃあまた一緒に作りたいです。そうだ、せっかくなら綺麗な和紙も買っておこうかな。あとは……ほへ?どうかしました?」

視線に気付いて顔を上げれば、此方を見遣るイゾウの顔。散り際に一際大きく咲いた花が、その輪郭を一瞬強く浮かび上がらせる。それ程までに今夜は暗く、そして濃く深く静かだった。

「宝ってのは、金や宝石だけじゃねェなと思ってな」
「……?ひとつなぎの大秘宝の事ですか?」

真っ先に浮かんだのはこの船の、自分たちの目指す先にあるもの。

「いや……深い意味はねェ。そら、最後の一本、やるんだろ?」
「あ、それ……取っておいても良いですか?」

火を擦ろうとしたイゾウの手を制し、大切そうにそっと両手に包み、胸元に引き寄せる。

「気に留めてくれて、作ってくれた事が嬉しかったから、だから残し……」

最後まで音に出来なかったのは、イゾウにしては珍しく乱暴に、彼女の頭を掻き抱いていたから。「わぁあぁ……」と聞こえる狼狽えた声は、くぐもっている。

「……そういう事だよ、分かったか?」

分かった、けれど。
イゾウがあの時何をそう思ったのか、それは聞けぬまま、ルリはこくこくと大きく頷き続けた。

fin.

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