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Every day is a new day

抽斗の奥に入れたままだった懐中時計を引っ張りだし、たっぷりと螺子を巻いた。
かちこちかちこち。時間というのは常に一定で等しく平等で、当たり前の様にあるから特に意識して考えた事なんて無かった。
特に今は定期的に船鐘が鳴る生活だから、わざわざ自分で時間を管理する必要は殆ど無いのだ。

遠くに見えた鴎がモビーの上に来るまで10秒。割れた波が完全に砕けて散るまで4秒……

「んん…うーん……」
「珍しく時計なんざ眺めて…どうした?」

予想外の声に驚いて顔を上げる。16番隊は少し前に不寝番を終えたばかり。イゾウさんも部屋に戻ったと聞いていたのに。

「あら、おはようございます。なんか今年は時間が余るって聞いて…」
「余る?」
「です。あ、余るはハルタの言い方なので正しくは分からないのですけど、今年は調整の為に1秒だけいつもの年より長くなって、その1秒が入るのが今日らしくて……」
「それがなんでそんなに難しい顔になるんだ?」
「えーと…その1秒というのは明日は何処に消えるのだろうとか、調整しなかったらどうなるのかなとか、色々考え出したら止まらなくて」

決して自分の頭が悪いとは思わないけれど、こういう物理的な話は少し苦手だ。
朝食の席でビスタ隊長やデュー隊長は掘り下げて話し込んでいたが、くらくらして来たので途中から全てを理解する事は諦めた。

「みんな面白いんですよ。マルコ隊長は「1秒長く仕事出来る」だし、エースは「あと1秒寝られた!」って。笑っちゃいますよねぇ」

たかが1秒だけれど、その1秒で戦局も変われば生死だって変わる。それにしたって随分と大事にされてる1秒なんだと思う。

「成る程なァ…」

わたしは単純に「そんな事があるのか」と感心しただけだった。イゾウさんはどんな感想を抱いたのだろう。
かちこちかちこち。今こうしている間も変わらず刻まれ続ける。イゾウさんにもわたしにも、同じだけの時間。

「じゃァ今日は1秒長く居られる訳か」
「……え?」
「いや、何でもねェ。気にするな」

本当に何でもない風にイゾウさんは立ち上がった。のびっと身体を伸ばし「一眠りしてくるか」なんて呟いて歩き出した手にはお酒の小瓶。成る程、寝酒を取りに出て来た所だったのかと、今更ながら得心する。

「あ、おやすみなさい」
「おやすみ」

ひらりと肩越しに手を上げて応えたイゾウさんは、そのまま振り返らずに船内へと戻って行った。
せっかく話せたのに…でもイゾウさんは不寝番明けでお疲れなのだ。明日でも明後日でも、またいつでも話せるんだからと、少しがっかりしていた自分に言い聞かせる。
それに今日ならイゾウさんも、1秒長く寝られる。さっき言っていたのとは違うけれど…

「1秒長く居られる、か……」

口に出した途端、辿り着いたその言葉の意味に全身の力が抜けた。なんて事だ。わたしはなんて鈍感なのだろう。
考える前に立ち上がり、駆け出していた。
握り締めた懐中時計がどんどん温かくなるのが分かる。頬に撫でる風が気持ち良いなんて、一体わたしの身体はどれだけ熱を帯びているのか。

「イゾウさ、ん…よかった、まだ居た…」

勢い良く開けた扉の正面、壁にもたれたイゾウさんはわたしを見てクツクツ笑い、ぐいと酒瓶を煽る。

「どうしたルリ…なんて顔してんだ」

僅かな距離しか走っていないのに情けなくも乱れた呼吸を整え見上げれば、これから眠るからだろう、イゾウさんの、そこだけが夜の空気を孕んで見えてどきりとする。

「せっかくの日なのに…のんびりしたら勿体ないかな…って」
「だからってそんな慌てる事はねェだろ。俺は何処にも行かねェよ」
「そうですよね…やだな、わたしったら…」

着地点の無くなった自分の行動に、所在無く彷徨う視線。イゾウさんはこれから眠るんだから、わたしは戻るべきだろう。

「まァ…せっかくこうして追い掛けて来てくれたんだ。1秒と言わず付き合って貰うか」
「はい?」

差し出された手に首を傾げると、ほら、と促されるままにその手を取った。ひんやりとしたイゾウさんの手の平に、自分の温度をまざまざと感じてしまう。

「これから俺が眠るまで、ルリの時間を少しだけ俺に貸してくれ」
「は…」

息を飲むわたしに向けられたイゾウさんの視線は至極優しくて、吸い寄せられる様に小さく頷いた。

「でもいつか…返して下さいね?」

その返答はすこぶるイゾウさんのお気に召した様で。
すぐさまわたしの腕を力強く引いて歩き出したイゾウさんは、背中越しでも分かるくらいに上機嫌だった。

かちこちかちこち。
ポケットにしまった時計は、変わらぬリズムでわたし達の時を刻み続ける。
昨日までも、今も、明日からも。

fin.

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