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I wish come true

暇な時には待てど暮らせど来ない敵襲が立て続けにあったり、四皇の一人が酒を担いで突然現れたり。一つ一つはどうという事は無いが、それらが重なって忙しい日が続いていた。
倒れ込むように寝入り気付けば朝、そしていつの間にかまた夜、そんな日が幾日も続く。
それは隊長だけに限らず、古参の隊員やそれを補佐する立場の者にまで至っていた。流石に空気を察したのか、エースまでもが自ら机に噛り付く事態。
当然ルリも例外では無く、また1番隊という立場上マルコと共に昼夜問わず駆け回っていた。

「わたし時々、ここが海賊船だって忘れそうになります…」
「…そのうち慣れるよい。まだまだルリも経験不足だねい」
「慣れたくないです……マルコ隊長、なんだか哀しそうな目をしてますよ……」

昨日も同じ様な会話をした気がする。日に日に自虐的になっていく掛け合いに、計らずも「はぁ」と重なった溜息。二人はお互い無言で顔を見合わせ、もう一度大きく溜息を重ねた。
立場は違えど、皆それぞれに疲れが溜まって来ていた。

「気分転換にこれ頼むよい」そんな言葉と共に手渡された書類の行き先は、16番隊。
見遣った上役はニヤニヤしていて、「どういう意味ですか!」と無言で送った抗議の視線は、あっさりと受け流される。

「行ってきます。すぐに……戻ります」

一言余計だが、気遣ってくれたのは事実だ。うっかり藪蛇を掴む前に、ルリは書類を掴んで部屋を後にした。


ここ数日、イゾウとは必要最低限のやり取りのみで、会話らしい会話をしていない。食事もマルコに合わせて軽食を部屋で摂っていたので、その姿を見る機会も少なかった。

「イゾウさん、居ますか?」

名乗る代わりに三回のノック。しかし部屋の主からの返事は無く、遠慮がちにそっと扉を押し開けるも、相変わらず応える声はない。

「失礼しまーす。あれ……?」

視界に入ったイゾウは、ルリが部屋に入り扉を閉めても動かない。
近付いてみれば、椅子の背に身体を預け大きく足を組み、ぐっすりと眠っていた。肌蹴た裾から覗く足が目に毒で、ルリの視線は必然的に上半身に集中してしまう。

「……書類、ここ置きますよー」

起こすつもりは無いが、一声かけた。
それでもイゾウは眠り続けている。無防備……なのでは無く、入って来たのがルリだと無意識下でも察した脳が、そのまま意識を覚醒させなかったのだ。
そんなイゾウの脳内など知る術の無いルリは、不安混じりの表情でそろそろと覗き込む。

(イゾウさんも、お疲れだなぁ……)

近々パドルシップを含めて幾つかの隊の再編が行われる事になっており、イゾウはその準備に追われている。
きっちりと整えられた髪に艶やかな化粧。一見普段通りだが、まじまじと見ればやはり疲れが見て取れる。

(わぁ…眠ってても凛々しい……)

行き掛かり上…あくまで、行き掛かり上だ…一緒に眠った事は何度かあるが、大概はどちらかの具合が悪かったり気落ちしていたりで、イゾウの寝顔の記憶は殆ど無い。尤も元気な時で在ろうと、至近距離でその顔をじっくりと見る心の余裕など、持ち合わせてはいないのだが……

「あ……」

はらりと一房、落ちた髪に驚いて思わず声が漏れた。
しかしスッとした双眸は閉じられたままで、未だ開く気配を見せない。
急にどぎまぎとし始めた自身の心臓の上をぎゅっと握れば、落ち着いた鼓動にほっと息を吐く。

「お疲れさま……」

起こさない様に気配を殺して手を伸ばし、落ちた髪を静かに掬い上げた。その手をそっと頂に乗せたのは、無意識だった。気付けばぽんぽんと、普段イゾウがしてくれる様に撫でていた。触れた手のひらが纏った熱が、全身に行き渡るのは一瞬。先程とは比べ物にならない位に逸る鼓動。自分が撫でられると、嬉しい一方で子供扱いされているのかと思う事もあったが、いざ撫でてみれば、こんなにも温かくて熱くなる行為だったなんて…

(わ、うわわ……!わたし、何して……)

我に返り、大慌てで手を引っ込める。いくらなんでもこんな事をしたら、起きてしまうだろう。
熱いのか寒いのか分からなくなった身体を必死に律し、足音を忍ばせ僅かに後退る。
熱の引かない手のひらを胸元で握り締め、イゾウに背を向けようとしたその時。
徐にルリの手は掴まれ、強く引かれた。

「っ……わぁあ…」
「あァ、やっぱりルリか……」

眦がピクリと動き、ゆっくりと瞼が上がった。寝起きの筈なのに涼しげなその視線が、平時と変わらずルリを強く射抜く。

「ごっ、ごめんなさいっ。起こすつもりは……なかったのです……けど……」

ルリの手を支えに上体を起こしたイゾウは、その慌てぶりにふっと小さく笑うと、ぐいとルリを身体ごと自らの方へ引き寄せる。

「うわ……っ」
「この手だったか」
「……へ?」

突然の問いに疑問符を返したルリの手を、イゾウは自分の頭上でぽんぽんと動かした。気付かれていた!?まさかの展開にぼん!と耳まで赤くなったルリの表情は、それを肯定している。

「あ、あっ……あのっ、それは……」

起こすつもりは無かった、寝ていると思ったと、戦慄く口元で必死に紡ぐルリの目は羞恥で潤んでいて、今にもぽろりと一雫、眦から溢れ落ちそうだ。

「そんな顔するな、別に咎めてる訳じゃねェんだ」

呆然とするルリの腰を引き、向かい合ったままで自らの脚の上に降ろした。普段は頭一つ程違う位置にある顔が目の前に迫る。はっとして身体を引こうとした彼女の腰を抱え直すと、イゾウは握ったその手をまじまじと眺めている。

「されるのも悪くねェもんだな……夢かと思ってたんだが……」
「夢、ですよきっと……」
「なら正夢にして貰うか」
「…は……?」

暗に撫でてくれと言われ、反らしていた視線を驚きで戻したルリは、ふるふると小さく頭を降り、音にならない声を形にしようと必死にくちびるを動かしている。

「寝て……くれたら、またいつか……」
「そうか……それは残念だな」

イゾウは心底残念そうに、でも楽しそうな表情で、決壊寸前だった雫を指でそっと拭う。その手でくしゃりとルリの頭を撫で、そのまま頭を抱き寄せると、「お疲れさん」と耳元で優しく囁いた。
子供扱いをされているとは、もう思えなくなっていた。きっと二度と、思う事はないだろう。


落ち着いたら一緒に出掛けよう。
二人はそう約束をして、その日の為に各々現実へと戻って行った。

fin.
(20151126一部修正


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