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Silence you keeps

この歳になるまで誰とも付き合った事がないなんて、流石にそんな事はない。でも最後に誰かと居たのはモビーに乗る前だから、かなり前の事にはなるのだけれど。
比較的上手に別れて来た方だと思う。少なくとも、修羅場の様なものを経験した事は一度もない。

「ルリ……お前ルリだろ?生きてたのか!」

だから下船中に声を掛けて来たその人の行動に、違和感を感じる事は無かった。思わぬ場所で思わぬ人と出会えば、きっとわたしだって声を掛けてしまう。しかも生死が分からなかったかつての仲間なら尚の事だ。

「あ……うん、久しぶり……」

その人は、わたしが最初に乗っていた傘下の船のクルーで元恋人だった。

尤もその海賊団が数人を残して壊滅してしまった時には彼は船を降りていて、その少し前にわたし達は別れていた。特別な関係だったのは、そんなに長い期間ではない。

「船の話を聞いてからずっと心配してたんだよ。他の奴らはどうした?今は何処に居るんだ?まだ海賊やってんのか?」

反応に戸惑うわたしを他所に、畳み掛ける様に質問が飛んで来た。案じてくれていたと思えば嬉しくもあるけれど、あの時の話をするのは正直気が進まない。あれはわたしの人生で二番目に辛い出来事で、今もじくじくと消えない傷として残っている。

「うん、まだ海に居るよ。今は……」

入港している船はモビーだけなんだから、言わなくても分かると思うのに。きっとモビーに乗っているだなんて、想像がつかないのだろう。わたしだって、想像すらした事がなかった。イゾウさんに出逢うまでは。

「ああ、悪い。いきなりで驚くよな」
「あ、ううん違うの……今は寄港してて、だからその……」

わたしの肩越しに港を見遣った彼の目の色が変わった。いつかはモビーに乗りたいと、そういえばよく口にしていたっけ。

「寄港?て事は本船に乗ってんのか!?」
「うん、一応……」
「マジかよ、すげえなおい」

ずいっと前のめりになった彼に気付かれない様に、そっと身体を引いて距離を取る。
一人で船を降りた事を少し後悔していた。これは誰がどう見ても、ナンパされている光景だ。裏道りとはいえ、人の目も家族の目も有る。何処でどう伝わってイゾウさんの耳に入ってしまうか分からない。誰にでもある過去だけれど、噂の様な形で知られるのだけは嫌だった。

「なあ……おれ驚いてんだよ。もう会えねえと思ってたのにさ。しかもお前、すげえ綺麗になってるし……」
「……え?」

思考を止めて顔を上げれば、すぐ近くまで彼の身体が迫っていた。こんな事を言う人では無かったのに。海と陸、別々の路に分かれて、それだけ時間が経ったという事なのだろう。

「ここじゃ話し難いだろ?すぐそこに部屋借りてんだ。そこでゆっくり話さねえか?」

わたしの戸惑う理由を見透かした様な言葉に含まれる色に気付かない程、子供ではない。だから逃げる事も押し退ける事もできた筈なのに、それなりに円満だった過去が頭を過って躊躇ってしまう。

「そ、れはちょっと……」

更に半歩詰められ後退ると、トンと壁にぶつかって行き詰まり、ひやりとした硬い感触に背中が軽く粟立つ。
まずい、と頭の中で警笛が鳴り響く。仲間だった、恋人だった……そんな言葉が邪魔をして、判断力が鈍っている。

「な……?イイだろ?」
「ちょ……っと待って、ホントそういうの困るから……っ」

頬に触れられ、無意識にホルスターに手を伸ばしていた。反射的に銃鉄に掛けた指を誰かに掴まれ、ビクリと身体が跳ねる。

「お前さんよ……ルリに触れんなら、それなりのモン賭ける覚悟は出来てんだろうなァ?」
「あ?誰だてめぇ……」
「イ、ゾウ……さん……」

抜きかけていた銃をそっと押し戻され、わたしの身体はイゾウさんの後ろまで下げられていた。
見上げたイゾウさんの表情は見えなかったけれど、ほっと息を吐くと聞こえたのは、カチリと銃鉄を戻す音。当然、わたしの物ではない。

「イゾウ……?マジか……」

彼だって傘下に居た。全ての隊長の顔は知らなくても名前は憶えているだろう。面食らった顔で上から下まで一往復、視線だけでイゾウさんをなぞり、ひくりと頬を引き攣らせている。

「ルリに用があんなら、オヤジを通してくれ」
「おいおい、冗談だろ……」

「……わたしっていつからそんな箱入りになったんですか?」同じ事を思って思わずそう呟けば、「桐の箱入りだろ?」と真剣な顔で冗談の上塗りをされ、返す言葉を失う。
わたし以上に唖然とする彼を一瞥したイゾウさんがぐるりと踵を返したので、慌ててわたしも倣う。

「……行くぞルリ」
「あ、はい……声掛けてくれてありがとう、元気でね」

またね、とは言わなかった。



すたすたと歩き出したイゾウさんは、漸く右手を懐から出した。その手で煙管を取り出したけれど、左手はわたしと繋がったままだ。

「イゾウさん……手を……」
「あァ」
「火、入れなくていいんですか?」
「あァ」
「……何も聞かないんですね」
「あァ」

返ってくる言葉はそれだけ。代わりに一言ごとに強く握り直され、指を絡め取られ。その度にどくん、とわたしの心臓は強く叫ぶ。
このまま何もなかった顔をして、この時間を余す事なく享受してしまいたい、と思ったけれど、何も説明しない訳にはいかないだろう。イゾウさんに話すのは少し、躊躇われる内容だけれど……

「イゾウさん……あの人、前の……」
「言わなくていい……なんて顔してんだ」
「あ、いえ……」

それは……聞きたくないという意味に取っても良いの?
すぐ隣に居るのにイゾウさんの表情を伺う事は出来なくて、見えるのはくるくる回る煙管だけ。その朱と同じくらい、きっとわたしの顔は赤くなっている。

「やっと……喋ってくれたなあ、って……」

本音を包み込んで呟くと、小さな笑い声が聞こえた。声の方を見上げると、更に深く指を絡められた。いつもはしない繋ぎ方に、ただただわたしはされるがままになっている。

「一人でも問題無かったんだろうが……聞いちまったからな……出過ぎた真似だったか?」

ぶんぶんと全力で首を振って否定する。
どうしようどうしよう、嬉しいなんて言ったら怒られるだろうか?少しだけ速度を落としてイゾウさんの半歩後ろに下がり、緩む表情を隠した。

それからはお互い無言で、でも手は繋いだまま、モビーまで帰って来てしまった。

「イゾウさん……手を……」
「あァ」

問答無用で連れていかれたイゾウさんの部屋で、さっきと同じ会話を繰り返す。
どかっと椅子に腰を下ろしても、イゾウさんは手を離してくれなくて。目の前に立ち尽くしていたら、腰に腕を回され引き寄せられ、すとんとイゾウさんの脚に跨る体勢で密着してしまった。それでもまだ、手は繋がったまま。まるでしっくりと溶けあって、一つになってしまったみたいだと思った。

「……っ」
「おかえり、ルリ」
「……ただいまです」

至近距離で見下ろしたイゾウさんの口角が、楽しそうに弧を描いた。釣られて微笑み返すと、そっと頬を撫でられる。
イゾウさんに触れられると、こんなに温かくて嬉しい。素直にそう言うと柔らかく細められた目元が眩しくて、その視線から逃げる様に、ゆっくりとイゾウさんの肩に頭を預けた。

fin.

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