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春に逢いましょう

親父の名代でマルコ隊長が船を離れる事になり、先方の船にお世話になった事が有るわたしも同行する事になった。
それが年も押し迫った数日前の事。


「今日中に帰れますかね……エースのお誕生日間に合うかな……」
「それだけかよい?」
「何がです?」
「言われてえのか?」
「……柄にもなくニヤニヤしながら言わないで下さい」
「してねえよい」

重要な任務を終えアルコールも入った所為か、珍しくマルコ隊長の口が軽い。

「じゃあその目元の皺はなんですか?」
「……歳の所為だよい」
「……そういう事にしておきますね」

わたしは単に、時間が気になって落ち着かなかっただけなのに。邪推して突っ込んで来たマルコ隊長は、随分と楽しそうだ。まるでサッチみたいに。

わたし達のやり取りを面白がって聞いていた家族が、会話が途切れたのを見計らって新しい酒瓶を手渡してくれる。

「ありがとう」
「早くみんなと騒ぎてえよな」
「うん」

モビーはわたし達が離れてすぐ、航路上の島に寄港した。なのでわたし達はそこへ向かっている。但し、予定を半日遅れて……

(イゾウさん、何してるのかなぁ……夕べから飲んでたら、わたしが帰る頃には寝てるかな……あ、もしかしたら下船して飲んでるかも……)

……しまった。マルコ隊長の所為でイゾウさんの事が頭から離れなくなった。なるべく考えないようにしていたというのに。

「心配すんな、ちゃんと間に合うよい」
「……よい」
「ルリ……」



そしてその言葉通り、日付けが変わる迄に帰還出来る目処が立ったと報告が入る。航海士さん達が頑張ってくれたのだ。
エースのお誕生日はもちろんの事、新年の宴に合流したい気持ちはみんな同じだった。


ぼんやりと見えてきた島の影に、モビーの姿も重なる。
改めて外から見ると、本当に大きな船だ。
親父の象徴で、沢山の家族が待つわたし達の家は、どんどん大きくなる。そろそろモビーからもこの船が見えている頃だろう。

「あ……」

満月に程近い月明かりの中、一際明るいモビーの甲板と街の灯り。そして空と島との境界線は、一部ほんのり桜色に滲んでいる。

(春の春島だ……!)

その光景に、ぱあっとわたしの心の中に桜が咲き乱れる。

忘れもしない、去年の年越し。
イゾウさんと二人きりの見張り台で交わした言葉。

―来年は春島で桜ってのも悪くねェな
―もう来年の話ですか?
―ルリも好きだろ?花見酒
―桜は好きですけど……お酒は余計です!

来年も一緒にいる事を、躊躇わず口にしてくれたイゾウさん。
そして、そうであればどれだけ幸せかと願ったわたしに、イゾウさんがくれた言葉。


―心配いらねェよ、心で強く願っときゃ必ず叶う――そのくらい、俺が叶えてやる


凄い。すごいすごいすごい。
本当に春島でこの日を迎える事になるなんて。
気付けば手摺から身を乗り出していた。
マルコ隊長みたいに飛べるなら、今すぐここを飛び出してしまうのに。

「マルコ隊長!わたし、少し寄り道してからモビーに帰ります!」

がこん、と船体が桟橋に触れた音と揺れが治まるより早く、タラップを架ける間も惜しんで船を飛び降りた。エースのお誕生日が終わってしまいそうだけれど、モビーには背を向けて走る。
イゾウさんはモビーに居ない。それは、確認するまでもなく確信だった。

海から見えた桜の大木は二本。
イゾウさんはそのどちらかに居る。そこできっとわたしを待っていてくれる。そのくらいの自惚れは、許して貰えると思った。だから分かる。イゾウさんが居るのは小高い丘の桜の下。そこはモビーが見渡せる、わたしの大好きな場所だから――


丘へ向かう道すがら、歩く速度を緩めて呼吸を整える。ぱきり、くしゃりと葉や枝を踏む音がやけに耳につき、笑いが漏れた。どうやらわたしは緊張しているみたいだ。

大丈夫、イゾウさんは必ず居る。
だってこんなにもはっきりと、存在を感じられるのだから。

木立ちに囲まれた道を抜けると、空が少しだけ近くなって、空気が変わった。ワクワクするようでいて穏やかで温かな、春の空気。
イゾウさんはすぐそこだ。
本当は急に現れて驚かせたかったけれど、気配を消す事はしなかった。だってイゾウさんはきっと、わたしがここに居る事になんてとっくに気付いてる。

(よかった、居た……)

開けた視界の先、海から見た時の何倍も立派で凛々しい桜の下に、イゾウさんは座っていた。
こちらに背を向けたままで振り返らないから、わたしも声を掛けない。
きっとこれはゲームだ。いつまで気付かない振りが出来るか。声を掛けずに我慢出来るか。

だから、少しだけ考えた。
イゾウさんの驚く顔が見たかったから。

一歩進むごとに、どくんどくんと心臓が跳ねる。鼓動に合わせて、ひらりひらりと花弁も散る。
どうしよう、負けそうだ。指先が震える。声の出し方も分からなくなってきた。

でもあと数歩、手を伸ばせば届く。
ゆっくり深呼吸をして、最後の一歩を思いっきり踏み出したわたしは

「ただいまです、イゾウさん…!」

全力でイゾウさんに飛びついた。

後ろから首に回した腕が、面白い程に震えている。心臓もばくばく飛び跳ねている。それでも鼓動が伝わる事は気にせずに、しっかりと背中に身体をくっつけて、回した腕に力を込めた。

「……おかえり、ルリ。これは流石に、予想できなかったな……」

くくっと楽しそうに笑ったイゾウさんが、震えたままのわたしの腕にそっと触れる。
すうっと熱が引くように大人しくなったわたしの腕は、そっと解かれ少し強く引かれた。
わたしの身体はそのままぐらりと前に傾いて、イゾウさんの横顔がすぐ側に迫っていた。

「……驚きました?」
「あァ」
「わたしもです」

後ろからだらりと身体を預け、頬を寄せ合う様な体勢で話すのはとても恥ずかしかった。
でももう少し。まだ離れたくない。

「だって、春島で新年を迎えられるなんて思ってもみなくて……」
「花見酒だろ?用意してあるぞ」
「だからもう……お酒ありきじゃないですってば」

わざとらしくそっぽを向くと、クツクツ笑ったイゾウさんは、傍に置いた花見用の酒器道具箱からグラスを二つ取り出した。一緒に出掛けた時に見つけた、揃いの切子だ。

並々とお酒の注がれたグラスを受け取ったわたしは、イゾウさんと背中合わせに座る。隣に座るのは照れ臭さかったから。

「何でそこに座るんだ……」
「……今そっちに行くのは、ちょっと無理です」

思いっきり抱き付いておいて言う台詞じゃないと思う。でもこういう時に、どんな顔をしたらいいのか分からない。きっと何年経とうが分からない。

代わりにイゾウさんの背中にこつんと頭を預け、空を見上げる。そこでは生き生きと伸びた枝が、わたし達の上に見事な桜色の天井を作っていた。

「綺麗ですね」
「あァ。やっぱり桜は格別だな」
「モビーはどんな様子でした?」
「いつも通りだな。宴続きでエラい有様だ。落ち着いて飲めやしねェ」
「ふふ……でも楽しそうだなあ」

いつも通りがどれだけ貴重で有難い事か。
身を以て知っているからこそ、わたし達は全力で前に進むし、全力で馬鹿騒ぎもする。

「マルコが居ねェお陰で気楽なもんさ。飲むだろ?まだまだあるぞ」
「あ、いただきま、……す……」

身を乗り出し気味に振り返ると、思いがけず近くに有ったイゾウさんの顔に反射的に目をつぶってしまった。
その瞬間、ふにっと触れた柔らかい感触。
驚きつつも感じた違和感に目を開けると、鼻の触れそうな距離からイゾウさんの視線が注がれているのは、わたしの唇。

「イ……ゾウさん?」
「……邪魔しやがって……」
「え?」

そっとわたしの唇に触れたイゾウさんの指先には、桜の花弁が一枚。

「すごいタイミング……」

ひらり、とイゾウさんの指先から離れて行く花弁を追った視線は、強制的に正面に戻される。

「今年もよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

来年も再来年も、ずっと――


その言葉は口に出さず、でも強く強く、心から願いながら目を閉じた。


fin.

20150101 Happy new year!!
※2014→365days


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