エース程じゃ無いけど昼寝は好きだし、お布団の中も気持ち良いと思う。
惰眠を貪るタイプでは無く睡眠時間は短いけれど、別に不眠症って訳では無い。
でもたまに、悩み事も無いのに笑っちゃう位に眠れない時が有る。
久しぶりに訪れたそんな夜。
本を読んだり、寝酒を入れてみたり。
思いつく限りの事は一通り試し終え、睡魔を待ちくたびれて眠ってしまえれば良いのに…と、いよいよ寝る事を諦めて部屋を出る。
運良く今夜の不寝番は16番隊。
少しひんやりとした空気の中、見上げた先には見知った顔。
「お疲れさま」
「どうした?交代はまだだろ?」
「うん、眠れなくて。だから早いけど代わって貰ってもいい?」
話しながら見張り台に飛び込めば快く承諾してくれた彼に手を振り、ストールを羽織り直して黒く波打つ水平線を眺める。
「まだまだ夜だなぁ…」
当たり前の事を独り言ちると、微かに空気が白む。肌が感じている以上に、大気は冷えて来ているらしい。
「いたっ…」
コツン、と不意に頭に何かが当たった。
コロコロと転がった物を拾うとそれは小さなキャンディの包みで、わたしの好きなカラメル味。
「イゾウさん!?」
勘と気配と微かな期待と。
キャンディを握り締め、這う様に下を覗き込めば、するりと飛び込んで来たのはやっぱりイゾウさんで、慌てて身体を引っ込める。
「どうした?こんな時間に」
「すみません勝手に…なんだか眠れなくて…」
「いや、それは構わねェが珍しいな。悩み事か?」
「んー、思い当たる節は無いんですけど…らしくないですか?」
「らしくねェってのは、エースやサッチみてェな奴らに使う言葉だろ」
本人達が聞いたら怒りそうな、でもイゾウさんらしい言い方に思わず笑う。
「それより、このまま朝までやるのか?」
「はい、そのつもりです。朝からの見張り、また籤で引き当てちゃったので…」
相変わらずの籤運の悪さに苦笑を向けると、またかと呆れ顔で返される。
ただ眠れなかっただけの筈が、思いがけず出来たイゾウさんとの時間。
他愛ないお喋りも沈黙も、それはどれも心地良くて……
「ふぁ…っ…」
イゾウさんの横で緊張するどころか、安心して気が緩むなんて…
無意識に零れた欠伸を慌てて噛み殺し、目元の滲みを瞬きで誤魔化す。
「ルリー?」
「は、はいっ!?」
何やら含みのある声色で呼ばれ、姿勢を正してそちらを向けば、珍しく小首を傾げる様な仕草で此方を見ていて、痛いくらいに大きく一度、心臓が跳ねる。
「少し寝るか?」
「でも…もう少しで1番隊が見張り担当の時間に…」
「今はまだウチの時間なんだ、それまで寝てたって問題ねェだろ。ほら」
「…へ、っ?」
ほら…って……
自分の膝を叩く、その手の動きは…
「ひ、ざ……」
膝枕で寝ろって事!?
思わず声が漏れる。
イゾウさんの膝枕で寝るだなんて、無理に決まってる。百歩譲って横になれたとしても、眠れる筈が……
「ホントに…ですか…?」
ごくりと鳴った嚥下音が、イゾウさんにまで聞こえてしまったのではないかと、どきりとして視線を下げる。
顔を上げずとも感じる、ビシビシと此方に向けられている視線。
その所為で「早くしな?」とか「まだか」とか、とにかくイゾウさんのそんな声が頭の中をぐるぐるしてて、強ちそれは間違いでは無いと思えるだけに、怖い…
「ちゃんと起こしてやるよ。ほら、時間無くなるぞ?」
どうやら一歩も譲ってくれる気は無いらしい。
ぽん、とまた一つ。
ゆっくり膝が叩かれる。
「は…い」
その動きに導かれたのか気圧されたのか、床に着いた手を少しだけイゾウさんの方へ動かす。
でもそこからどうしようも出来なくて、上げた視線がイゾウさんと絡んだ瞬間、くくっと聞こえた小さな笑い声と共に、かくんと世界が揺れた。
「わ、ふ…っ」
腕を引かれ、がくんと落ちた頭は自分とも親父とも違う、少し硬い脚の上に吸い付くように収まる。
驚きで固まってしまったわたしをクスクスと笑うイゾウさんは、優しい手付きでわたしの髪をひと撫ですると、乱れたストールをそっと掛け直してくれた。
「あ、りがとです…」
言葉と共に、ようやく一息。
掴まれたままの腕が微かに震えている事に気付き、ぎゅっと手の中のキャンディを握り締める。
「おやすみ、ルリ」
ぽんぽんと。
今度は二つ、わたしの背中で。
そのままするりと撫で上がった手で再び髪を梳かれると、ふわりと身体が温かくなる。
「おやすみなさい、イゾウさん…」
握り締めた手の平はいつの間にか解かれ、イゾウさんの指を握っていた事には気付かなかった。
「あま……」
夢の中で微かに感じた甘さは、わたしの好きなカラメル味。
少しして目覚めた時には手の中にキャンディは無くて、イゾウさんの口の中でコロコロと転がされていた。
「おはようです…」
「おはよう。いい夢見れたか?」
「は、い…多分……?」
まるで見透かされているかの様な言葉に思わず引き結んだ口唇からは、やっぱりカラメルの味がした。
クツリ、とイゾウさんが笑ったのには気付かない振りをしてその向こうの海原を見れば、いつの間にか色を持っていた水平線が眩しくて、ゆっくり目蓋を閉じた。
fin.
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