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Angraecum

*ハルタと語る。のちイゾウさん。


「結局ルリはさ、どうするつもりなの?」

それは唐突な質問だった。
混雑時を避けるタイプのハルタとルリが食堂で一緒になる事は日常茶飯事で、会えばなんやかんやと話はするが、人目は有るし普段は特に込み入った話はしない。
しかしその日は何故かハルタがいつに無く無言だったので、尚更唐突に感じられたのだ。
ぱくり、と食事を口に運んだ瞬間だったルリは一瞬動きを止め、心持ちゆっくりと咀嚼して静かに飲み込んだ。

「…どうするって、何を……?」
「分かってるでしょ?てか、名前は出さない方が良いんじゃない?」

のらりくらり逃げようと考えていたルリだったが、そうはさせて貰えないらしい。
食事のペースはそのままににっこりと微笑むハルタとは逆に、ルリはフォークを置いて小さなため息を吐く。

「どうするも何も…」
「もういい加減長いじゃん」
「短くはない、けど…」
「他の人に取られるとか考えないの?」
「取られるも何も、わたしのものとかじゃ無いし…」
「分かってると思うけど、街なんか行くとイゾウはモテるよ」
「ちょ、名前っ…」

慌てるルリにハルタは「あれ?言っちゃった?」などと悪びれる様子も無い。恐らく、きっと間違い無くわざとだから質が悪い。こういう時の意地悪さ加減は、イゾウと似ている様で全然違う。

「ここまで来て何をそんなに躊躇うわけ?」
「躊躇うとか、そういう事じゃないの」
「好きならそれだけで他に理由なんて要らないじゃん。イゾウの事、好きなんでしょ?」
「………」
「え…?そこで黙る?」
「…言いたくない」
「は?」
「言いたくないの。イゾウさんに言ってない言葉を、他の人に…」
「…うわ、聞いた僕が馬鹿だった。デザートあげるよ、これ以上甘いもの要らないや」

クリームで飾られた、海賊船には不釣り合いなプディングの乗った皿をルリの方へと押しやったハルタは、通りかかった自隊員にコーヒーを頼む。「今日だけは絶っっっ対砂糖を入れないでよね」との言葉を添えて。

「むぅ…いつもノンシュガーは苦くて飲めないって言ってるのに」
「今は口の中、砂糖でじゃりじゃり。結局ベタ惚れなんじゃん」
「嫌いなんて言ってないし…」

ハルタの遠慮の無い口撃を、ルリはプディングのクリームをくしゃりとフォークで潰す事でやり過ごす。

「………なの、かなあ?」
「ん?」
「男女の関係って、そう云う形にしないとダメなのかなあ…」

ポツリ…と、最後の方は消え入りそうに小さな声で呟いたルリは、そのまま黙ってプディングをただただ小さく切り分け続けている。

「それは自分が決める事じゃん。ルリはさ、思わない訳?もっと触れたいとか、触れて欲しいとか」
「な…っ!」

予想外の直球に顔を真っ赤にしてたじろぐルリに、ハルタはしてやったりと満足げな、ニヤニヤと音がしそうな程の顔を向ける。

「ふーん、やっぱ思うんだ」
「わたしも普通の人間だし…ハルタにだって、そういう感情有るでしょう?」
「そうだね。でも僕は、欲しいモノは欲しいって言うよ。先が有るなんて考え無い。だってここは新世界で、僕らは海賊だから」

その気持ちはルリも同じく持っている。
ただ違うのは、向いている方向。
今のままでも充分満たされているのに…欲を出せばキリは無い。恋人でなければ気持ちが続かないなんて事も無い。
怖いのは存在の消失であって、感情の喪失ではないのだ。
なら、それならば……

きっぱりと言うハルタを黙ったまま真っ直ぐ見据え、ルリは否定も肯定もせず、ゆっくりと微笑んだ。

「ま、ルリは強いし。そういう事にはならないだろうけどさ…」

誰かと比較する様なその言い方に、ルリは違和感を覚える。いや、微かな違和感は最初から有った。いつもより無言だったとか、珍しく具体的に突っ込んで来るとか、砂糖無しのコーヒーを飲んでいるとか…

「これも飲めない訳じゃ無いよ。でも、砂糖入れたらもっと美味しいし。だから僕は入れる、それだけだよ」

中身の半分になったカップにぽんと一つ、角砂糖を放り込んでくるりとかき混ぜて。
一気に飲み干したハルタは「余計な話しちゃった」と立ち上がる。
扉へ向けて歩き出した背中を見ていたルリは、いつだか珍しく泥酔していたハルタが、後悔している事が一つだけ有ると言っていた事を思い出す。
確かあれは、こんな季節の――

「…ありがとう」

どんな形であれ、気遣って貰えるのは有難い事だと思う。ただこの場合、ルリが応えるべき相手はハルタでは無い。

(応えるも何も…ちゃんと投げても投げられても居ないのに…)

一口サイズにしても随分と小さくなったプディングを一つ、口に運んだ。しっかりと焼かれたそれは、無骨な男たちが多い船ゆえか甘さは控え目で、ルリの好みだった。
今度はクリームを添えてもう一口。強い甘さが口内に広がる。

(もっと美味しいから、か……)

どちらを選ぶかと聞かれたら、どう答えるだろう…美味しいと欲しいは、必ずしも一致する事では無いのだ。
なら、それならば自分は……

「…おい、どうしたぼんやりして」
「え…イゾウさん!?やだ、いつから…」

顔を思いっきり覗き込まれ、体温が分かりそうな程近付いたイゾウを漸く視認したルリは、わたわたと慌てて体裁を取り繕う。

「少し前だよ。呼んだのに気づかねェなんて珍しいな」

いつも通りの表情に安堵を隠して、イゾウは先程までハルタの居た席に座った。皿の上で小さく切り分けられたプディングに気付くと、落とした視線をそのままルリへ向け、今度は隠さず心配そうな表情を浮かべる。

「…悩み事か?」
「いえ。考え事はしてましたけど、悩みって程じゃないで…す…」

聞きながらイゾウは、ルリが皿の端に置いたフォークをひょいっと取り、クリームの無い方を一つ口に運ぶ。
ぱちぱちと瞬きをしながらその様子を凝視してしまったルリは、熱くなった耳の温度で我に返る。

「イゾウさん、バクみたい…」
「なんだ、悪夢でも見たのか?」
「あ、違います違います!本当にそんな、大した事じゃ…」
「分かってる、今のルリはそう云う時の顔してねェからな」
「え?わたし今、どんな顔してます?」

ペタペタと頬に手をやり分かりやすく慌てるルリをくつりと笑ってもう一口。今度はクリームを乗せて口に運ぶ。

「なんか、珍しいですね。イゾウさんが甘いもの…」
「せっかく細切れにしたもん全部ルリが食ったら、また元に戻っちまうじゃねェか」
「…っ」

何も言っていないのに…素早く察して観察して、イゾウはいつもルリの欲しい言葉をくれる。
充分満ちている。満たされている。
こんなにしっかりと存在を感じ共に在られるなら、この関係に名前なんてなくてもいい。
“それ”を欲しいと、自然に思う様になる時までは……

「まァ…頑張っても半分だな。出来ればクリームは無しで」
「わたしも、無い方が好きです」

ふふっとルリが零した笑い声は何だか楽しげで、甘さで微かに皺の寄ったイゾウの眉間を見て、もう一度笑って立ち上がった。

「無理しないで下さいね?コーヒー持って来ます、お砂糖無しで二つ」
「あァ、頼む」

絡んだ視線をそらす事なく微笑んで、軽い足取りでコックの元へ向かうルリの後姿を見て、イゾウはほっと安堵の息を吐いた。
自分に話せる類の事なら無理にでも突っ込んで聞き出すが、そうじゃない事が有るのはお互いに承知している。彼女が壁を取り払うのを待つと決めた以上、急かす様な行動は取りたくないが、たまにその壁を撃ち抜いてしまいたい衝動に駆られるのも事実で…

「お待たせです」

そんな事を考えていた所為か、はたまた確信犯か。自分の前にカップを置いて座ったルリの眼前に、イゾウはプディングを乗せたフォークを差し出す。

「…イ、ゾウさん?」

何をしてるんですか?無言でそう訴えるルリに、イゾウは見たままだろうと目線だけで返す。
しゅるしゅると耳まで赤くなったルリが何かを言おうと口を開きかけたが、それを制する様にイゾウは、唇に触れるか触れないかの位置までフォークを寄せる。

「落ちるぞ?」
「あ……」

微かに震える唇を開き、ぱくりとプディングを口にしたルリは、そのまま電光石火のスピードでイゾウからフォークを奪い取る。
もうさせませんから!
真っ赤になった顔はありありとそう叫んでいて、イゾウは堪えきれずクツクツと声を出して笑った。

fin.

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