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In peace

久方ぶりの長い航海の途中、漸く見えた陸地。目的地までは道半ばだが、水を補給する為だけに僅かな時間立ち寄る事になった。
さほど大きな島では無いが、隊員たちの士気はありありと上向いた。
戦闘もご無沙汰で、皆退屈だったのだ。

「散歩に行きませんか?」

それは、ほんの思い付き。
ルリがイゾウにそっと告げたのは、モビーが島に着こうかという時。幸いどちらの隊も補給部隊ではない。積荷が始まれば立場上色々とやらねばならぬ事もあるが、それまでの数刻は自由だ。断る理由など無いイゾウは、二つ返事で了承した。

僅かな時間でも羽を伸ばすべく我先にと島に散る家族に紛れて、二人も下船した。
市街地へと向かう道から逸れると、すぐに路は未舗装になる。踏めば返ってくる感覚。僅かに水を含んだ土は少し柔らかく、踵が沈む感触すら嬉しい。

「モビーは広いから動くには困らないけど……やっぱりこうして土を踏むと安心します」

早朝の水分を纏った草を踏めば跳ねた水滴がブーツにぽつぽつと染みを作る。そんな事は意にも介さず、鼻唄でも歌い出しそうな程に軽い足取りのルリの手を引き身体一つ先を歩くイゾウは、穏やかな表情を浮かべつつも内心では慎重に彼女の足元に気を配っていた。
平時は比較的しっかりしている彼女だが、まれに驚く程うっかりした事をやらかすのだ。

「一月も降りなかったのは久々だからな。確かに悪くねェな」

こういった些細な所に喜びや楽しみを見出せるのは、彼女の美点の一つだとイゾウは感じていた。性別の違いだけではない。性格や育った環境、色々な要因が有るのだろうが、とてもじゃないが自分には思いもよらない。それでもこうやって共に歩けば共感し、新しい発見を得られる。
黙ったまま歩く。それすらも心地良いと空気に身を委ねていると、不意に彼女が口を開いた。

「散歩って、相手を選ぶんですよね」

運動目的ならともかく、大概の場合散歩は気分転換だ。そんな時間を気を遣う相手とは過ごせない。
イゾウと居るのもある意味では気を遣うのだが、それ以上に安堵や安らぎの方が大きかった。
「いつか親父とも行きたいなぁ」しみじみとそう言って歩を速めたルリは、何故か一瞬足を止めたイゾウを追い越した所で振り返り、どうしましたかと視線だけで問うた。

「で、ルリは俺を選んでくれた訳か」
「え……?あ……」

発言を思い返し、その意味を考え。
それらが繋がった途端、たちまち真っ赤になったルリは何かを言おうとはくはく口を動かすも音にならない。
熱い、あつい熱い。繋いだ指先の温度差がみるみる広がる。絡めたままだった視線を慌てて解き、大きく足を踏み出した。しかし。

「あ、っ」

かくん、とルリの身体が揺れる。
何も蹴躓く物の無い場所故に意識は無防備で、反応が遅れた。掴まる物の無い空間、受け身を取るしかないと反射的に判断した身体は、何故かそれに逆らい持ち直す。

は……と疑問符とも溜め息とも取れない息を吐いて気付く、しっかりと背中で捉える温度。
そんなモノはここでは一つしかない。

「そうだな……こういう時に支えるには、鈍臭いヤツだとダメだしな」
「な……!そういう事じゃないですっ」

クツクツと笑うイゾウの腕の中から抜け出し、それでも離されなかった手を引く形で先に歩き出したルリは、確かに派手に躓いてしまったが…違う、そうじゃないのだと不満を漏らす。
風がそよぎ、曝け出された彼女の耳は面白い程に赤い。

「悪かったよ」と距離を詰め間近で囁けば、こくりと小さく頷いたルリはちらりとイゾウを見遣り、赤い頬のままでふにゃりと微笑んだ。

「ああ、やっぱり海は良いなあ」

開けた視界いっぱいに広がる、吸い込まれそうに深い深い群青の海。揺らめく反射で船体をより鮮やかに染められたモビーディック号は、まるで生命を得たかの様に生き生きと輝いている。

「モビー、早く海に出たいって言ってますね」

ああ、ルリにはそう見えるのか――言われてみれば途端にそう見えて来るから不思議だ。
本当に彼女は面白い。それなりに長い時間共に居るが、日々新しい顔と世界を見せてくれ、きっといつまでも飽きる事は無いのだろうと思わせてくれる。

「モビーを待たせたら可哀想だし……そろそろ戻りますか?」
「あァ、そうだな……また機会が有れば、二人で出るか」
「はい。是非……!」

たっと駆け出し掛けたルリをゆっくりと追いかけるイゾウは、何かを思い出した様に立ち止まった。その気配にくるりとイゾウへ振り返ったルリへ、手を差し出す。

「もう転ばねェだろうけどな。まァ念の為だ……ほら、どうした?」

fin.

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