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Waking or sleeping

「…マジ起きねーな」
「酒飲んで寝たんじゃねぇの?」
「書類にまみれて?それはねーだろ流石に」
「あの毛布掛けたの誰だ?」
「ビスタだよい。ゆうべの船番は5番隊だろ?」
「は?そんな前から寝てんのか?」

いつもは朝から活気に溢れ騒がしいモビーの食堂。
しかし今朝は入口から遠ざかる程に静かで、話し声よりもかちゃかちゃと食器にカトラリーが当たる音ばかりが耳に付く。

声を潜めて話をする隊長たちの視線の先には、最奥の小机に突っ伏しぐっすりと眠るルリの姿が在った。

「…なあ、生きてるよな?」
「当たり前だろ、ちゃんと背中動いてんじゃねーか」
「マルコが仕事させ過ぎなんだよ」
「お前らが期日守らねぇからだよい」
「ちょっと、僕は守ってるのに一緒にしないでよ」

今のところ、起こすと云う選択肢は彼らには無いらしい。
何となくこの状況が面白いのと、冗談めかしてはいたが事実最近は多忙で、ルリがゆっくりと睡眠を取れていないらしい事を薄々と皆が感じ取っていた矢先だったからだ。

唯一イゾウだけが、何とも言えない複雑な表情(隊長たち談。隊員たちが見る限り通常と変わらない)で彼女を見守っていて、その様子がまた隊長たちがルリを起こそうとしないもう一つの要因だった。

まあ結局のところは、楽しんでいるだけ、なのだ。


「ん…」

不意にルリが零した吐息に周囲の男たちは息を飲み、食事をする手が一斉に止まる。
その瞬間、ピキ…っとほんの微かに震えた空気に、慌てて食事を再開したのは平隊員。各々含みを込めた顔で震源地を振り返ったのは、隊長たち。

「…漏れてんぞ、イゾウ・・・・・」

「おい!誰か突っ込め」と云う空気を察した末っ子が、恐る恐る声を発する。
その声にか周囲の反応にか、苦々しく空気を吐き捨てながらイゾウはとうとう立ち上がった。
ルリを周囲の視線から隠す絶妙な位置に座り、彼女の眠る小机に肘を付いてその顔を覗き込む。

(…ったく)

はらりと落ちた髪の隙間から覗く寝顔はとても安らかで、ここが共用の場でなかったら目覚めるまで寝させてやりたいし、見ていたい。せめて背中に突き刺さる無遠慮な視線がもう少し薄ければ……

「イゾウ…さ…」
「……」

小さく聞こえたルリの声に息を飲む。
起きたのかと思えばまだ夢の中で、もぞもぞと頭の位置を直す。その所為で先程よりはっきり視える寝顔。
煙管をくるくると回していた指がいつの間にか止まっていた事に、イゾウは暫く気付かなかった。

見ていたい想いより、見せたく無い気持ちのほうが強い…湧き上がった独占欲に押され、イゾウはふに、っとルリの頬を柔らかく突つく。

「ふぁ…?」

何とも間の抜けた声と共にぱちりと大きく開かれた瞳が、ぱちぱちと数度忙しなく瞬きを繰り返す。夢と現実の狭間を彷徨う意識を追いかけているのか、視線はまだ定まらない。きっと今彼女の中では、必死に状況を整理している最中なのだろう。
そんなルリに、イゾウは思わず吹き出しそうになる。

「…起きたか?」
「え…?あ……れ?」

ゆっくりと覚醒しかけていた頭と身体が一瞬で目覚め、ガタンと椅子の音を立てて後ずさる。物凄いスピードで目の前のイゾウと、その後ろに居る隊長たち、更にその向こうを見たルリは、次の瞬間素早く机の下に潜り込んでいた。

(〜〜〜!!??何でイゾウさんが…みんなが居るの!?わたし確か書類してて、疲れたから少しだけ眠ろうとして、それで……)

頭の中が現実に追いつけば、一気に押し寄せるのは羞恥心。つま先から頭のてっぺんまでを真っ赤に染めて、狭い机の下でルリは頭を抱えて小さくなっている。

「……ルリ、おいルリー?」

(寝起きにイゾウさんは…心臓に悪いよ…)

はぁぁ…と大きくため息を吐くと、ルリは漸く自分を呼ぶ声に気付いた。

「あ、は、はい!?…っいたたっ!」

ごつん、と大きな音が静かに成り行きを見守っていた食堂に響いた。
そこが机の下だという事をすっかり忘れ勢いよく振り返ったルリが、派手に頭をぶつけた音だった。

「ぶふっ」
「…何やってんだ」
「ルリって意外とああいう所、有るよな…」

その音を合図に、食堂は一気にいつもの騒がしさを取り戻す。
必死に笑いを噛み殺したイゾウが差し出した手は、寝起きのルリの手と比べて冷たくて気持ちがいい。反射的にとくんと跳ねた心と上がった熱がイゾウの冷えた手を温めてしまいそうで、思わず離し掛けた手はしっかりと握り直される。
そのまま優しく引っ張り出されたルリはもう、色々なダメージを受けてへろへろだ。

「ありがとです…」
「外野が煩ェからそのまま動くなよ?」
「…はい?」

疑問符を貼り付けたルリの乱れた前髪を直してやりながら、イゾウは更に声をひそめる。

「いくらモビーが家族でも、あんま無防備過ぎるのは感心しねェな」

言われてみれば確かに、これだけの人が居るのに気付かずに眠り続けるなんて、気が緩むにも程がある――椅子に座り直したルリは、再び大きなため息を吐いてしょんぼりと項垂れている。

「あい、気を付けます…ったた!?」

素直に受け取り落ち込むルリにクツリと笑ったイゾウは、ぺしんと軽くデコピンを飛ばした。

「イゾウさんのデコピンは痛いって有名なんですよ…?」

もちろん手加減はされたのだが、薄っすらと赤くなった額に手を当てながらルリが訴える。初めてのその痛みは少しひりひりして、何だか子供扱いされているみたいでむず痒い。

「もう少し、自覚しろよ?」
「え……?」
「俺の部屋でも書庫でも、ルリが言うなら幾らでも付き合ってやる」
「…はい?あの……?」

緩々と掴み切れないイゾウの発言に戸惑いつつも、そこに含まれる熱を感じたルリの鼓動が僅かに早くなる。

「他の奴らに気安く寝顔を見せんな…って言ってんだ」
「…っは…いぃ!?」

がたん、と先程より大きな音を立ててルリが後ずさった。
その顔は額の赤みが見えなくなるくらい真っ赤に染まっていて、それに気付いたルリは再び机の下に潜り込んでしまう。


(あっぶねえ、寝顔覗いてたら今頃海王類の餌になってたわ…)
(俺、見たけどな……)
(何あれ、デレてんの?惚気てんの?)
(朝からごちそうさん…)
(面白ぇけど、そろそろ誰かイゾウを止めろ)

「…イゾウ・・・・・なんでもねえ…」

外野を睨みながらも振り返ったイゾウは明らかに上機嫌で、流石にエースもそれ以上言葉を繋ぐ事が出来なかった。


もう人前では寝ません、色んな意味で恥ずかしいので…そう固く誓うルリが机の下から出てきたのは、それからかなり後の事だった。

fin.

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