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Not word but deed


マルコにエースから書類の回収(ついでに確認と修正)を頼まれ、朝からエースの部屋に居たある日。



「ルリの手、ちっせぇな」

漸く完成した書類の受け渡しの際に触れたルリの手をまじまじと見ながら、エースが言った。

「え…そうかな??」

スッと差し出されたエースの手のひらと合わせてみれば、確かに関節二つ分くらい大きさが違う。

「ホントだ、エース大きいね」
「ルリがちっせぇんだ」
「エースが大きいんじゃないの?」
「「 …… 」」

ピタリと合わせたルリの手を、上から横から斜めからぐるぐると見ると、エースは何かを思い付いた様に呟いた。

「…イゾウの手とどっちがでけぇ?」
「え…?」
「触った事有んなら分かるんじゃねぇの?」
「ある、けど…」

握った事は有っても、大きさを意識した事は無い。感触とか温度とか、それは確かにエースとはだいぶ違う気がする。というか明らかに違う。

「ん?なに赤くなってんだ?」
「…えっ?!」

まさかエースに突っ込まれる日が来るなんて…。単純に比較材料としてイゾウの名前を出したのだろうが、ルリの頭の中はもうそれどころではない。

「…書類終わったし、わたし戻るね!」

「おう、マルコに宜しく〜」と特に悪びれる様子も無く笑うエースを振り返らず、ルリは熱くなった目元を隠す様に小走りで部屋を後にした。

(もう…!エースの馬鹿……)

無自覚ほど怖いものは無い…
ナース達がエースを“天然で可愛い”とか言っていた事を急に思い出す。

(はあぁ…。マルコ隊長に突っ込まれない様に落ち着かなきゃ…)

大概の事では取り乱したりしないルリだが、イゾウの事となると別だ。特に最近は何故だかマルコやハルタの遠慮ない突っ込みが増え、うっかり反応してしまう度に海溝の底まで逃げたい様な思いをしているのだ。



「マルコ隊長、エースの書類終わりました」
「ご苦労さん。次はこれ確認して、クリエルとイゾウに頼むよい」
「…え?」

半ば上の空だった所で耳に入ったイゾウの名前に、つい過敏に反応してしまう。

「んぁ?何か問題有るのかよい?」
「あ…ごめんなさい。何でもないです」

嬉しいような、一方的に気まずいような……複雑な心境のまま、ルリはイゾウの部屋へと向かった。



* * *



マルコの部屋で仕事をしていると聞こえるカリカリというペン先で掻く様な音は、ここでは聞こえない。筆圧の高くないイゾウは、万年筆やガラスペンを好んで使うからだ。
特に力を入れるでなく、軽く添えただけの指先が魅せる運筆はため息を吐きたくなる程に滑らかで……


「ルリはさっきから何を見てんだ?」
「え?あ……」

朝のエースとの会話が頭から離れず、スラスラとペンを繰るイゾウの手元を無意識にじっと見つめてしまっていたらしい。
イゾウのストレートな指摘にルリは腹を決め、話を切り出した。

「イゾウさんの手って…綺麗ですよね」
「そうか?一体何だ突然」

突然のルリの発言に不思議そうな顔をしたイゾウの手には、傷も無ければ長年銃を握っているだろうに握り癖もついていない。指の長さや節っぽさに男性らしさがしっかりと垣間見えるが、触れた感触はするりと滑らか…だった様な気がする。

「エースが…わたしの手を小さいって言うんです」
「 へェ…」
「このくらい…違うんですけど」

顔の前で自分の両手を合わせたルリは、エースとの違い分くらい指をズラして見せる。

「エースが大きいだけだって言ったら、イゾウさんの手の大きさを聞かれて…」

「そんな事聞かれても分からないのに」と、首を傾げながらイゾウを見遣り、手を机の上に下ろしたルリは、目一杯広げた自分の手とイゾウの手を見比べる。

「比べてみるか?」
「…ほえ?」

確かに、今の話ではそう取られてもおかしくは無かった。
そんな積もりは微塵も無く、今度イゾウとエースが比べてみればいい…くらいの気持ちだったルリは、片肘を付きすっともう片方の手を此方へ差し出したイゾウに、軽く思考停止しそうになる。

「なんだ?そう云う話じゃねェのか?」
「や、だって改まって言われると…ホントにどうしたらいいのか…」
「そう云うモンか?」
「そうですよ。イゾウさんだって、手を繋いで下さいってわざわざ口に出して言われたら―」
「気にならねェな」
「そっ、そんな食い気味に言わなくても…」

自分が意識し過ぎなのか、そうは思いたく無いが単にイゾウとの場数の違いなのか…と、軽く凹みそうになるも、ふと湧いた好奇心を、ルリは何も考えずに思いつくまま口にする。

「じゃあ、例えばですけど…。キスして良いですか?とか言ったらどうですか?わたしにしたら多分、そのく…らい…、の…」
「………」

そこまで言って、ルリは急激に我に返る。
とんでもない事を口にした気がする、と煩悶するも、このまま沈黙されるのはもっと厳しい…と、必死に弁明を試みる。

「って…、今のは例えですからね…!?」
「分かりやすい例えだな」
「わ…分からなくて良いです…!」

イゾウがどんな顔をしているのか…想像がつく気もするが、それを確認する勇気も度胸も無い。俯いて顔を伏せたまま、ガタン、と音を立ててルリは立ち上がる。

用事はとっくに済んでいるのだから、部屋を辞したって問題は無い。寧ろつい長居した所為でこうなったのだし、とにかく早急にこの場を立ち去りたい…物凄いスピードで頭の中でそう結論付けたルリの手を、イゾウがはしっと掴んだ。

「…、っ」

きゅっと掴まれたイゾウの手の大きさを、初めて強く意識する。エース程では無いにしろ、ルリの手をすっぽりと包み込むくらいには大きい。
そして見ている時は細くて綺麗だと思える指も、触れればしっかりと男性の指で。

意識してしまうともう、恥ずかしさしか湧いて来ない。
心までぎゅっと掴まれ、ドキドキと昂まりっぱなしの鼓動はルリの指先を小さく震わせる。

「ルリの手は、小せェんだよな」

握ったルリの手の震えを抑える様に僅かに力を込めながら、イゾウがポツリと呟く。
その言い方は、『そんな事とっくに知っていた』とでも言いたげで。

「イゾウさんの手は、大きい、です…」

俯いたままのルリの顔を隠す様に、サイドの髪がはらりと落ちる。

「エースと、どっちが?」

覗いた桜色の耳朶を見てクツリと喉で笑ったイゾウを緩く睨んだルリだが、少し意地悪く微笑むイゾウには勝てない。
再び逸らした目線の先には、イゾウの手に包まれた自分の手。
こくり、とルリは小さく息を飲んだ。

「エースの方が…でもわたしは、イゾウさんの手の方が…」

すき、と言いかけて慌てて口をつぐむ。例え手の話とは云え、イゾウにその言葉を言うなんて……。
温かくて熱い繋がれたままの手から、熱と一緒に気持ちまでイゾウに流れてしまいそうで、ルリはきゅっと口唇を噛みしめ気持ちを抑える。

「…っ…今日のわたしはどうかしてるんです…。もう戻ります、から…」

「だから、離して下さい」と心の中で呟く。
本音を言えば、離して欲しくは無い。
自分から手を離す事は本当に苦手で、だからイゾウが離してくれるまで、いつも繋いだままでいたから。

「イゾウさん…」
「そんな顔で見るなよ。苛めてる訳じゃねェんだ」
「苛められてはいないですけど…でも今日のイゾウさん、ちょっとだけ意地悪です」

心底困った、泣きそうな顔のルリを見て、イゾウは握った手を少しずつ弛める。
ホッとするも、やっぱり少しだけ名残惜しかった。

「あァそうだ、一つ訂正な」
「はい?」
「“して良いか”よりも、“して欲しい”の方が男としては嬉しいだろうな」

一瞬その意味が理解出来ず、少し考えて何の話か分かった瞬間に、ぼん!と音を立てて真っ赤になったルリは、わなわなと震えて半歩後ずさった。

「…!!!なっ、な…なに言ってるんですか!?それに別に嬉しがらせるって話じゃないですよ!?というかもう忘れて下さい!」

真っ赤になった顔と口元を、ばっと離した両手で覆うルリを見て、ククッと今度は声に出してイゾウが笑う。

「珍しいな、ルリがそんなに狼狽えるなんて」
「イゾウさんが変な事言うからです!うー…やっぱりわたし、イゾウさんに苛められてたんだ…」

少し拗ねた声で呟いてドアノブに手を掛けたルリは、動きを止めて何かを逡巡すると、ゆっくりと顔だけ振り返る。

「それって…一般的な男性の意見、って意味ですよね?」
「多分そうだろうな。それがどうした?」

イゾウ個人としてはどうなんだろう?と思ったけれど、今それを聞くのは完全に今日の暴走気味な自分に止めを刺すのは明らかなので、ぐっと我慢した。
その代わり…

「…じゃあわたし、後でみんなにどっちが嬉しいか聞いてみますね」

イゾウと普段どんな話をしてるんだ…と誤解されるから、絶対にそんな話は出来ない。
けれど、せめてもの反撃にそう言うと、イゾウを真似てふふっと意地悪く笑って見せ、そのまま振り返らずにルリはイゾウの部屋を後にした。



イゾウが少しだけ意地悪だった理由に気付かないまま、イゾウの手の大きさを再確認するかの様にそっと自分の手を握り込んだルリは、廊下の角を曲がるとほっと一息吐いた。


まだほんのり、イゾウの温もりが残っている気がした。

fin.

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