Home | ナノ

Delight


「午後の4点鐘の頃、街の入口で」


いきなりイゾウにそう告げられたのは、朝食後の事だった。
何の為とかそんな事は一切口にせず、それだけを言うとスタスタとイゾウは何処かへ行ってしまった。


それっきりイゾウと会う事は無く、よく分からないままルリは時間より少し早めに指定された場所へ行き、とにかくイゾウを待っていた。

腰に下げた刀を置いてホルスターの二丁の銃をストールで巻いて隠しているルリは一見すると海賊には見えず、近くを通り過ぎる島の若い男が熱い視線を向けるが、本人はそれどころではなかった。


(う…緊張する……)

顔なら毎日見ているし、言葉だってほぼ毎日それなりに交わしている。
二人で下船した事だって何度も有るのに。


“外で待ち合わせ”と云うのは初めてだった。


(どうしよう、デートみたい……)

イゾウにそんな積もりは無いのだろうが、一度そう意識してしまうともうそうとしか思えなくなり、ルリはそわそわドキドキして落ち着かない。


そろそろイゾウも来る筈だから、余りキョロキョロしてるのも恥ずかしい。でも油断してる時に来たら嫌だし、どんな顔して立って居よう……そんな心配ばかり、次から次へと浮かんでは消える。

遂には目の前を行き交う人の目まで気になり出して硝子に映る自分の姿を横目で見れば、矢張り心なしか浮かれた表情をしていて、赤く染まろうとする頬を必死に抑える。

海賊なのに、等と自分を卑下する気持ちは微塵も持ち合わせては居ないが、待ち合わせで浮かれた海賊なんて、もし自分がそんなのを見たらどう思うかな…とか、サッチがマルコに黙ってる秘密がバレるのは時間の問題だとか、とにかく違う事を考えて紛らわす。


「早いなルリ、待たせたか?」
「はい!?あ、いえっ!」

その所為で近付くイゾウに気付かず、呼ばれて慌てて顔を上げたルリの眉間には浅く皺が寄っていて、その表情にイゾウはクツリと小さく笑いを噛み殺す。

「どうした?疲れてんのか?」
「…あ、いえ、あの……」

イゾウには特に意識している様子が見えず少しだけ残念な気もするが、でも自分が意識し過ぎなだけなんだし……と、引き続き頭の中でぐるぐる思考を巡らすルリを見てイゾウは小さく眉を顰めながら、つん、と眉間を人差し指で小突く。
その手元からは気の所為かいつもより濃く煙管の香りを感じる。

イゾウに突っ込まれ思考を遮られたルリは、ぱちぱちと数回瞬きをすると、漸く落ち着きを取り戻した。

「…今日は何処に行くんですか?」
「いや?特に用事はねェな」
「…ほぇ?」
「たまには待ち合わせすんのも悪くねェかと思ってな。そこからは特に考えてなかったな」

まさか…待ち合わせそのものが目的だったなんて。

せっかく落ち着いた気持ちがまたドキドキと騒ぎ出す。
それを鎮めようと、ぎゅっと胸元に手をやったルリの脳裏に、ふと一つの疑念が浮かぶ。

「…イゾウさん、一応聞きますけど…いつから見てました…?」
「さァ…?」
「む…じゃあ質問変えます。煙管を何回点けました?勿論、風下に居ましたよね…?」

幾ら浮き足立っていたとは言え、手元から漂う程に纏うその香りに気付かなかったんだから風下に違いない、とルリは確信を持ってその方向を指し示す。

「3回…いや、4回か?」
「…!!」

それは下手をすると自分より先に来ていて、初めての待ち合わせに一喜一憂する姿を最初から見られていた事になる。

ルリは一気に耳まで真っ赤になって口元を抑えて俯き、へにゃりと壁に凭れかかる。

恥ずかしさで涙が滲むなんて初めてかもしれない。
そして滲んだ涙の所為か、不意に後ろ向きの思考が浮かぶ。

「…じゃあ…もうモビーに帰りますか?」

しゅん、と淋しげな表情を見せるルリに、イゾウの心が珍しくチクリと痛む。
決してからかったりした訳では無いが、待ち合わせ場所で一喜一憂するルリの姿が見たかったのは事実で、しかも思いの外嬉しそうに自分を待って居たその姿に満足したのも、また事実だ。

「いや…せっかくだしな。何処か行くか」
「…わたしは最初からそのつもりで来てるんです」

ルリの少しだけ拗ねたその言い方にイゾウは僅かに目を細め、ルリの耳の下に差し入れた手で肩に掛かる髪を後ろに払い、親指の腹ですり…と頬を撫でる。

「悪かったよ。怒ってんのか?」
「怒ってはいないです…けど、今日は我儘言うかもしれないですよ?」

触れられた頬が赤らむのを隠す様に少し俯いたルリの珍しい言葉に、イゾウは僅かに口角を上げてその予想外の効果に満足げな表情を見せる。

「何でも言いな。待ち合わせなんて滅多にしねェからな、たまには“そういう”気分もいいだろ?」

ルリが驚いてイゾウを見上げると、何も言わずにイゾウはルリの手を取って歩き出す。



―初デート


そんな言葉がルリの頭を過り、綻ぶ口元を引き結んで、飛び跳ねそうになる足元を鎮める。

気持ちの問題なのは分かってるけれど、まんまと浮かれてるだなんて…気付かれたら悔しいから。

無意識のうちにいつもより強く絡めた指先からしっかりとその気持ちがイゾウに伝わってしまっているとは気付かず、ルリは数歩小走りに歩いてイゾウの隣に並んだ。


fin.

prev / index / next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -