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Resurrection

「くそ、ルリ強えな」
「サッチが弱いんだよ。無謀な勝負し過ぎ」
「当たり前だろ、俺ら海賊が慎重になってどうすんだっての」
「無茶と無謀は違うよ?はい、上がりね」
「ちょま、もっかい!!」


カード片手にサッチとそんな会話を交わしたのは、いつの事だったか――




「やっちゃった……」

派手にやってしまったやられてしまった。
無茶をしたとは思わない。でも少し無謀だった事は否めない。
冷静になってみれば、苛々していた訳でもなく琴線に触れられた訳でもない。それなのに……

「さすがにやり過ぎたなあ…」

ひと振りした愛刀を鞘に収めたルリの足元に転がるのは、いわゆる破落戸の方々。多対一で手加減する余裕なんてなかったが、呻き声が聞こえるのでとりあえず安堵する。ここまでやっておいて言う立場ではないが、不要な遺恨を残すのは本意ではない。
とにかくモビーに帰ってマルコに報告をしなければ。それから汚れを流そう。それから……

「あいたたた……これは、怒られるかな…」

疲労でぼやけてはいるが、恐らく酷くやられているだろう。それでもこの程度で済んで幸いと言うべきか。
男性と比べれば身体が小さく力でも劣る彼女は、苦手な訳ではないが接近戦向きではないのだ。
(弾、切れちゃったもんなあ……)
空っぽの弾倉を覗き込みながら、またひとつため息を吐く。
フル装填はしていたが、予備の弾倉を一つしか持って降りなかったのだ。ああ、これも知られたら怒られるだろう。

重くなる心に比例して、一歩ごとに身体も重くなる。ずるずると、音が出ているのではないかと思う程に。いま奴らの仲間が何処からか現れたら、流石にもう無理だ。

少しずつ濃くなる潮の香り。なのに防風林のすぐ向こうに見えているモビーに、なかなか辿り着かない。

こんなに草臥れたのはいつ振りだろうか?
普段手を抜いている訳ではないが、家族と負担しあえるというのがどれ程有難い事か、まざまざと思い知る。少なくとも、背中の心配はしなくても良いのだから。ああ、誰でもいいから早く家族に会いたい……

痛む頭をぶんぶんと振り、雑念を振り払う。
誰でもいいなんて嘘だ。
さっきから浮かぶのはただ一人。

「やだ、走馬灯じゃないんだから……」

独り言ちれば口の中に広がる鉄の味。いつの間に切ったのだろう?ひとつ、またひとつと自分の身体の異変を自覚する度に、痛みがひしひしと現実を纏う。

さんざん躊躇って、ゆっくりと愛刀を地に立てた。
鞘に納めているとはいえ、出来ればやりたくはない。しかし他に身体を支える術はなかった。柄に額を乗せ、ゆっくりと息を吐く。
あと少し、モビーはもう目の前なのだ。動け。動け、動け……ルリは自分の身体に必死に号令をかける。

揺れる意識と身体は、ざくりと土を踏む音に呼び起こされた。
反射的にホルスターに手が伸びたが、今それは使い物にならないと思い出し、いよいよ覚悟を決めかけた。
しかし慌てた様子で駆け寄ってきた男は、見知った家族の顔だった。
「大丈夫か?」と問われ、小さく頷き返した気がする。それからなんやかんやと言われたが、家族の顔に安堵したのか意識は徐々に朧げになっていった。

「イゾウさん……」

無意識に紡いだ名で我に返れば一人で、たった今家族と会話したことすら、現実味が薄い。

やっぱり、走馬灯かも――

自嘲気味にそう考えたところで、ルリの意識は完全に途切れた。



* * *


「……、ん」

程なくして目覚めたルリが見たのは、見慣れた天井。でも少し違う。木目の位置、木材の色。なにより、自分の部屋のより少し広い。
それでも知っているという事は、ここは……

「モビー……だ……」

不意に漏れた言葉に呼応するように動いた気配の方向へ身体を向けようとすると、あちこちが軋み悲鳴を上げた。必死に耐えたつもりだったが、浮かんだ表情は誤魔化せない。

「ったく、ここまできて無理するな……」

ほとほと呆れた声で落ちてきた呟きと共に伸びてきた手に身体を支えられ、ルリはゆっくりと上体を起こした。

「イゾウさん……」

しかしあれだけ焦がれていたというのに、いざ目の前にすれば、真っ直ぐ見られない。
言いたい事は幾つもあるし、聞きたい事もある。なのに何一つ出て来ないのだ。

「あの……」

とりあえず世話をかけたお礼を。そう思い口を開きかけたが、イゾウに遮られる。

「何から言おうか、ずっと考えてたんだが……」
「は、い……」

なかなか続かない言葉に、彼女は軽く身体を強張らせた。覚悟は出来ている、そのつもりだったのに。いざその時が来れば、そう易しい事ではなかった。

「おかえり。よく帰って来てくれたな」
「……イ、ゾウさん……?」

怒られるとばかり思っていたのに。
まさかの言葉が、むしろたまらなく堪えた。
もし傷があと数センチずれていたら、相手があと1人多かったら……満身創痍とはいえ、こうして帰ってこられたのは本当に運が良かったのだ。次もこうとは限らない。

思い出したのは、血の繋がった家族をいっぺんになくした時の事。
二度と自分の元へは帰って来なかったのだ。誰ひとり。

へなへなと、全身の骨が溶けたみたいに力が抜けた。それと同時に、ぽろぽろと溢れる涙。こんな事は初めてで、でも抑えられなかった。

「イゾウさん……触れてもいいですか?」

こんな事、普通はわざわざ聞かないものだろう。でも聞かねばならないと思った。そう思う程に、心からイゾウに触れたいと思っている自分に気付いてしまったのだ。

時に揺らぐも、イゾウはルリの望む一定の線を守り続けてくれた。二人の関係は、それで保たれ続けてきた。

頼り切っている。甘えている。
自分の心の中を含めて、大切な事は全部イゾウに任せてばかりだと気付く。
でもだからこそ、自分は今これで良いのかと。イゾウはそんな自分を受け入れてくれるのかと、問いたかったのだ――

「聞くんじゃねェ……」

その意味は、こころは。
それらを考えるより早く、彼女はイゾウの腕の中に包まれていた。
滲む視界がゼロになる程に、優しく強く深く。

「ルリがしたいようにしたらいい。俺はそれを否定したりはしねェよ。今までも、これからも」
「……わたし、甘えてます」
「あァ」
「多分、狡いです」
「あァ」
「それにやっぱり怖いです」
「あァ」

畳み掛けるように吐露し、ふうと息を吐けばクツクツと小さな笑い声が聞こえた。薄い治療着越し、ぴたりと密着した身体から、微かな揺れが伝わる。

「少し……痛いです」
「諦めな。これでも加減してんだ」

きっぱりと言われ、改めて見れば腕も足も包帯だらけだった。身体のそこかしこにも、絆創膏の貼られている感覚がある。口の中が痛いということは、顔にも傷があるのかもしれない。今更ながらそんな事に気付く。

「わたし今、ひっどい顔してますよね……」

しかも泣いた後なのだ。鏡など見なくとも容易に想像がついた。途端に居た堪れない気持ちに襲われる。

「それも諦めな。ただし、他の奴には見せたりしねェから、安心していい」
「そういうわけには……」

ルリとしては、一番見られたくない相手に見られてしまったのだから、後はもうどうでもいい。軽くやけっぱちに、そんな気持ちだったのだが……

「さすがに今回ばかりは、本気で心配したからな。ルリの世話は全部俺がする。気が済むまで離さねェから、そのつもりでいろよ?」

頭の中で二度三度と、聞こえた言葉を反芻した。なんだかとんでもない事を宣言された気がする。
僅かに腕の力が緩み、ちらりと視線だけで見上げれば見えたイゾウの表情は、ルリの予想しないものだった。
いつも通り、ニヤリと笑っているとばかり思っていたのに……

「イゾウさん、なんで……」

問いかけを遮るようにはむと噛み付かれた口端が、ちりりと痛む。すると無意識に顰めた眉間にそっと触れた唇が、今度は耳元でゆっくりと囁いた。

「おかえりの返事、まだ聞いてねェぞ?」
「……!ただいまです、イゾウさん」

fin.

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