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「そう云えば…イゾウさんて、酔うとどうなるんですか?」


ピークの過ぎた食堂で、少し遅めの夕食を摂るわたしの前で飲み始めたイゾウさんを見ていたらふと湧いたそれは、本当にささやかな好奇心だった。

わたしもそれなりにお酒は飲めるけれど、イゾウさんはその上を行く数少ない人だ。

「さァ…?暫く酩酊してねェから忘れたな。俺が酔う前に全員潰れちまうか、朝になるかだしな」
「凄いなぁ…じゃあ見た人は誰も居ないんですね」
「いや…ハルタとマルコは一度くらいは見てるんじゃねェか?」

予想以上の酒豪っぷりに、箸が止まる。
いつだか噂で聞いた、宴の終盤の敵襲で殆どの家族が役に立たない中、一人で壊滅させてしれっと飲み直していたと云う話は、強ち嘘じゃないのかもしれない。

「なんだ、見てェのか?」
「ほえ?」
「そういう顔してるぞ?」
「え!?やだ、そんなつもりは…」

無い、とは言い切れなかった。
だって当然、興味は有る。ただ、そこまで付き合える自信は…正直言って、無い。

「丁度寄港も近いしな、ありったけの酒飲んだって構わねェだろ」
「え?今日これからですか?」

いつか宴の席で見られれば、なんて考えてたのに…しかもこれは…

「それって…わたしも一緒に飲む…んですよね?」
「当たり前じゃねェか。俺が一人で飲んでるのをずっと素面で見てられるか?」
「う…無理です」
「決まりだな、行くぞ」


やぶへびな発言をしてしまった…気がしなくもないけれど、もう遅い。


何だかノリノリで楽しそうなイゾウさんと二人、食料庫から持てるだけのお酒を運び出していたら、それを見たエースとラクヨウさんが面白がってついて来た。
マルコ隊長に見られたら明らかに怒られるであろう大量のお酒を、イゾウさんの部屋に運び込む。二人のお陰でわたし一人でイゾウさんの相手をしなくて済んで少しほっとしたのもつかの間、その半分程を残して眠ってしまった二人をずるずると引きずって部屋まで連れて行ったのは、日付けが変わる頃。

「…ラクヨウさん、重かった…」

そして結局はイゾウさんと二人。
さっきまでとは打って変わって静かに、再びグラスを合わせて飲み始める。


ふわりと控えめに漂う香りは、先日手に入れたという貴重な沈香の香木。
静かになった所為かより際立つ香りに意識を溶け込ませば、まるでイゾウさんに包まれているかの様な錯覚を起こして、くらりと眩暈がした。

こうして二人だけで、こんな時間に部屋で飲むなんて初めての事だった。
極力こういう状況で二人切りにならない様に…無意識に意識して来たんだと思う。

(それってつまり…)

それだけイゾウさんを意識してるんだと気付かされた自分の気持ちを打ち消す様に、なみなみとグラスを満たすお酒を飲み干す。
まだまだ余裕じゃねェか、なんて笑うイゾウさんに小さく首を振れば、その表情に一気にアルコールが染み渡る。


身体が熱いのは、凪の所為で窓から風が入らないから…だけでは、きっと無い。


「むー、イゾウさん酔わないですねぇ…」
「いや?結構回ってるぞ?」
「うそ、ふわふわしてます?」
「ふわふわ…?まァ、そう言われればそうだな」

その表現がツボに入ったらしく、クツクツと笑い続けるイゾウさんは明らかにまだ余裕たっぷりだ。
ベッドを背もたれにだらりと床に座ったわたしは、そろそろ動くのも億劫になってきたと云うのに。

「ルリ、動けるか?寝るなら部屋まで送るぞ」
「動けるけど、やです」

居心地の良さにゆらゆらと身を委ねながら、まるで子供みたいに駄々をこねる。

はぁ、とイゾウさんが小さくため息を吐くのが聞こえた。困らせたくは無いけれど、本当にまだ帰りたくなかった。

「いつも…ずっと一人だから…たまには誰かと居たいんです」

ポツリと溢した本音は、自分でも予想しなかった一言。
親父の娘になって沢山の家族と暮らしても、子供の時の様に無条件に誰かに甘えるという事は出来ない。
そんな歳でもないのは分かって居るけれど、それでも…

「ルリ」
「あい?」
「これから先も、絶対に他の奴と二人切りで深酒するんじゃねェぞ?」
「ん…イゾウさんが言うならしません…だから…朝までここに居たいです」
「……」
「イゾウさん??」
「いや、何でもねェ…」

好奇心でいっぱいだったわたしは、完全に忘れていた。
酔った自分がどうなるのか、という事を。

「イゾウさん、わたしモビーが好きです」
「知ってる」
「親父もマルコ隊長もエースもビスタ隊長もサッチもハルタも…とにかくみんな好き」
「あァ」

ニコニコと本当に柔らかい笑顔で、酔ったわたしの話を聞いてくれるイゾウさんを見てたら、何だか色々溢れて堪らない気持ちになった事までは、覚えてる。

「イゾウさんは、大好き」
「…あァ、知ってる」
「え!?やだ、何で知ってるんですか!?」

ぶわっと一気に熱くなった顔を上げれば、ほんのりと部屋を照らしていたランプの灯りが遮られ、迫るイゾウさんの顔。

「ルリの事なら、何でも知ってる」

カタン、と小さな音がして、わたしが手にしていたグラスがイゾウさんの手でサイドテーブルに置かれたと気付いた。
あっ、とそれを追った筈の視線は頬に触れたイゾウさんの手で正面に直され、近付く瞳に映る自分の惚けた表情。思わず閉じた目蓋にひやりと触れたのは何か、なんて見なくても分かってしまう。

「イ、ゾウさん…」

目元に触れ、頬を撫でるように辿り。
言葉を発しようとした口唇を塞がれる。
ギシッとたわんだ背もたれに崩れる身体を支えようと伸ばした手を掴まれ、絡め取られた指をぎゅっと握られる。

口唇の離れる間際の小さな音と、耳元で囁かれた声に、するすると身体から力が抜けた。


「ちゃんと覚えてる時にまた、な」


そっと抱き込まれ、さらりと髪を撫でられる手の優しさに、子供の頃のしあわせな記憶が蘇る。
それは、一人じゃない安心感。

「おやすみ、ルリ」

おやすみなさい…







「ん…」
「起きたか?」
「……は…、え…?え!?」

射し込む光は、朝の色。
目の前には、イゾウさんの……

後ろから抱きしめられたまま眠った事は有るけれど…胸に抱かれて目覚めるって、何がどうなってこんな事になっちゃったの!?

「えと…おはようございます…?」
「おはよう。よく寝てたな」

声はしないけれど震える肩で、笑われていると分かる。
一方わたしはと云えば、金縛りにでもあったかの様に固まって動けない。

「お陰様で…ぐっすりと…」

おずおずと顔を上げながら必死に記憶を手繰るも、「帰りたくない」と言った所までしかどうしても思い出せない。

「わたし…何もしてないですよね?」
「あァ、してはいないな」

何だか含みの有る言い方に慌てるわたしの背中をぽんぽんと叩くイゾウさんは、不思議な事にそれはもう上機嫌で、わたしを抱えたまま軽々と起き上がる。

「酔わせたけりゃまたいつでも来な?」

なんて余裕綽々で言われるも返す言葉は無く、苦笑いと白旗を残して部屋を辞した。




自室に戻ると、ふわりとイゾウさんの部屋の匂いがした。衣服にも髪にも、ほんのりと沈香の香り。つまりそれだけ長い時間居たんだ…と思った途端、へなへなと情けなく崩れ落ちる身体。

恥ずかしくて、でも何だか嬉しくて。
ぐちゃぐちゃの思考とドキドキする心とふわふわする身体と。

口唇に残る、感触と温度。

それ以上に熱い、心の中。


(好きって言いたかったな…)


「す、き…」

口に出してみたら妙にリアリティを持って耳に響く。

(やっぱり無理、絶対言えない…)


ぽすんとベッドに身を投げれば、再びふわりとイゾウさんの部屋の香りがして真っ白になったわたしは、煩悶としたまま暫く部屋に籠り続けた。

fin.

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