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As if in a dream

「ふぁ…ねむ」

不寝番明け。
親しいナースに頼まれて一緒に下船する事になったルリは、久し振りの下船にはしゃぐ連れの目を盗んで小さく欠伸を咬み殺した。

(うー…こんなに眠いの久し振りだなぁ…)

昼寝をする事も滅多にないルリにとっては、強烈な眠気と云うのは本当に久し振りで(寝てないのだから当然なのだが…)眠い時ってどうするんだっけ?等と、寝ぼけた様な事を考えていた。

「おねーちゃん達、遊ばない?」

睡魔と格闘しながら街を歩き裏道に入った所で、こんな時じゃなくても一番会いたくない人種に後ろから声を掛けられた。立ち止まろうとするナースの手を引いて、ルリは足早に歩き出す。

「…ルリちゃん」
「いいよ、無視して。行こ」

ナースは気にしているが、ルリは完全に無視を決め込んでいる。それなのにいつまでも付いてくるその人物に軽くイラっとして、念の為片手をそっと愛銃に掛けながら振り返った。

「もう、しつこい人は嫌われますよ?他当たっ…て……」
「こえー。ルリナンパすんのは命懸けだな」
「サッチ…。暇なら他の子誘って?」
「ヒヒッ。ホントに珍しく眠気炸裂して苛々してんのな。お肌にわりーぜ?」

図星を指されて反論の出来ないルリの耳元で、サッチは煙草を咥えたまま声を潜めて呟く。

「彼女には俺っちが付き合うからよ、ルリはモビー帰って休めって。イゾウもさっきモビーに帰ったぜ?」

ルリを休ませたいのか彼女と遊びたいのか。サッチの本意がイマイチ見えないが、本当に眠気が酷い上にイゾウの名前を出され、ルリの気持ちは完全にモビー寄りだ。
チラリとナースを見れば、既にサッチに誘われ満更でもない様子。

「…ありがとう、じゃあ素直に甘えるね」

ちゃんと帰してね、とか言いたい事は幾つも浮かんだが、口に出すのも億劫だし大人同士だしまぁいいか…と、ルリは力なく二人に手を振り、ふらふらとモビーへ向かって歩き出した。


* * *


「え…嘘でしょう……?」

モビーの見える所まで帰って来て、ルリは唖然とした。
さっきは確かに有ったのに、浅瀬から船まで続くタラップが降りていないのだ。干潮になり船を少し沖に下げた際に、船番のクルーが降ろし忘れたらしい。
モビーの「おなか」に有る乗降口は開いているので出入りは出来るが、能力者のルリは水に浸かりながらそこまで歩く事が出来ない。

(うう…モビーが近くて遠い……)

波打ち際ギリギリにぺたりと座り込み、誰か…欲を言えばイゾウが…気付いてくれないかなぁと恨めしげにモビーを眺め始めて間も無く、ルリの意識はじわじわと波音に溶け込んでいく。



「……本当に寝てるのか…?」

程なく近付いて来て、その無防備さに苦笑とため息を零す人物の気配に気付かない程に、ルリは膝を抱えたまま本気で寝入ってしまっていた。






ゆらゆらと心地良い揺れ。
船にいる時の波の揺れが、ルリは好きだった。
ざわざわという波の音も好きだ。
それらは身体にしっくりと馴染んで、自分が海に生きている事を実感させてくれる。

「イゾウさん…も…」

そして、イゾウの存在も。


ぽつりと呟いたその言葉は、波に攫われる事無くしっかりと本人へ届いた事を、勿論ルリは知らない。
それでもそっと頬を撫でられると、ルリは嬉しそうに頬を緩めた。



ルリを横抱きにして船内を歩くイゾウと行き会ったマルコは、くたりと動かないルリに一瞬眉を顰めたが、すぐにそれが眠っているだけだと気付くと、ぽんとイゾウの肩を叩き小さく肩を揺らしながら歩き去って行った。


(さて、と。どうしたもんか……)

彼女の部屋に無断で入る訳にはいかないが、眠っている間に自分の部屋に連れ込むのも憚られる。
かと言ってオヤジ以外の家族の部屋に置き去りには出来ないし、何よりルリの寝顔を他人に晒したく無かった。

自然と沸いた独占欲と言い訳の様な思考に、やれやれと自嘲の表情を浮かべつつ、結局イゾウは自室の扉を静かに開いた。


起こさない様に注意してそっとルリを降ろすと、イゾウの腕にかかっていたルリの長く柔らかい髪が、ふわりと散らばる。
「ん…」と軽く吐息を零し再び穏やかな寝息を立てるその寝入りっぷりに流石に少し心配になるが、すやすやと気持ち良さそうに眠る姿に、イゾウはルリの枕元に腰掛けその柔らかい髪を丁寧に整えた。




――いつの間に波の揺れが収まって、潮風も感じなくなったんだろう?

砂ではなく、ふかふかと柔らかく温かい感触に、きっと夢を見ているんだとルリは上掛けを手繰り寄せ寝返りを打とうとした。

(…あ、れ……?)

確かさっきまで砂浜に座っていた筈なのに…疑問が沸いた途端、急速に意識は覚醒して、恐る恐る開いた目に映るのはイゾウの着物の色。

(……え、ええっ…!?ここ…イゾウさんの部屋!?)

歩いて来た記憶は無いので、イゾウに連れられて来た事になるが…それにしたって、全く身に覚えが無い。
あわあわと混乱し始めたルリの耳に聞こえていた紙を捲る音が止まり、代わりにクツクツと堪えた笑いが聞こえる。

「…やっと起きたか?」

「はい…」と返事をしたつもりが音には成らず、口元まで引き上げた上掛けから目だけを覗かせたまま、こくりと小さく頷く。

「やっぱりサッチを迎えに遣るんじゃなかったな」

どうやらサッチは、イゾウに言われてナースを誘いに来たらしかった。思えば何かを含んだ口調だったな…と、今更ながら気付く。

いつの間に見られていたのか「半分寝ながら歩いてたからな」と言われ、真っ赤になって上掛けに潜ったルリの首の下に急に腕が差し込まれ、ぐいっと頭が持ち上げられた。

「え、っ…」

軽く身体を引き上げられ、ぽすんと降ろされた頭はベッドに腰掛けるイゾウの脚の上。

「まだ眠てェなら、そこで寝てな」

(ふぇ…えぇっ!?なっ、何で膝枕…!?)

眠気なんて、とうに飛んでいる。

一気に近付いた距離に少しだけ上掛けを捲ってちらりと覗けば、分かっているのか口元に手を当てて笑いを隠すイゾウと目が合い、ルリは慌てて目線を逸らす。

(うぅ…どうしよう。降りたら悪いし…でもここでなんて寝られないよ……)

走った後みたいにトクトクと煩い心音がイゾウにまで届いてしまっている気がして、ルリはもぞっと身体の位置を変えてイゾウに背を向ける。
すると子供を寝付かしつける様にぽんぽんと背中を叩かれ、喧しかった鼓動がゆっくりと鎮まってゆく。



再び纏わり付いて来た、でも今度は穏やかで温かな睡魔。


「イゾウさん…おやすみなさ…い」


「おやすみ」と言うイゾウの返事を聞く前に、ルリの意識はゆっくりと温かな海へと沈んでいった。


fin.

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