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Hardboiled wonderland

「え…?出来ればわたしは…全力で遠慮したい、かな…?」

サッチの誘いを受けたルリの洗濯物を取り込む手が中途半端に止まり、その声は珍しく上ずる。

「あ?もしかして、こえーのかよ?」

ぷぷっと露骨に笑いを零され少しムッとした顔になったルリは、きゅっと拳を握り締めてサッチを見上げる。

「こっ、怖くないよ…?けど…隊長が四人も行くなら、わたしが行かなくても…」

ごくり、と息を飲み、必死になって断る口実を探していたが、ずらりと並ぶ隊長たちが一人を除きそれぞれ何か言いた気に見ていて、どうやらルリに選択権は無さそうだった。

「……行きます。でも絶対に、一人にしないで下さいね…?」

薄っすらと涙を浮かべながら決断したルリの頭を、クツリと笑いを飲み込んだイゾウがぽふんと撫でた。




モビーの進路に一艘の難破船が見えたのは半日程前の事。
軽く調べてみたが漂流船となってかなり経つ様で、マルコは「探索の必要は無し」と判断した。
しかし暇な航海の途中、誰からともなく深い所まで見に行こうと…要は肝試しなのだが…言い出し、呆れるマルコを他所に隊長ばかりが揃って態々小船を出して乗り込んだ。


「だーれーか居ますーかー?」
「やだ、返事来たらどうするの!?」

サッチは完全にルリを怖がらせて楽しんでいる。ドSコンビのイゾウとハルタも便乗こそしないがそれを止めるでも無く、近くで炎を灯してくれるエースだけが今はルリにとって唯一の味方だった。

「あ、誰だっけ?七武海の所の…幽霊使う能力者の女の子」

とにかくサッチの気を逸らす話題を…と思ったのに、雰囲気の所為か幽霊なんて言葉を出してしまい、ルリは小さくため息を吐く。

「ペローナちゃんな」
「サッチって…女の名前だけは、ほんっとよく覚えるよな」
「エースはもっと興味持った方がイイってんだ」
「…サッチなんて、その子の能力食らっちゃえばいいんだ」

完全に八つ当たりだが、とにかく何か喋っていないと気が滅入りそうだった。
チラッとイゾウを見ると、いつも通り煙管を吹かしながらずっとルリの半歩後ろを歩いて居る。ルリとしてはもう少し近寄りたいけれど、みんなの前で自分からは近寄る事が出来ないで居た。

「ネガティブなサッチとか、ウザ過ぎてマジ勘弁」
「うるせーっての」
「あぁ、そのままでも充分ウザいけどね」

ハルタの毒舌に反論出来ないサッチは、チッと言う大きな舌打ちと咥えていた煙草を吐き捨てると、目に付く限りの扉や箱の蓋を開け始める。

「ちょ、ヤダもう本当に止めようよ……」

大きな音がする度にビクリとするルリの歩みは徐々に遅くなり、遂には足が止まる。
俯いて抱え、ふるふると振っていた頭を上げると、目の前には誰も居ない。
エースの灯りすらなく、目の前は真っ暗だ。

「え…うそ、でしょ…?」

暗闇と静寂の中、厚く漂う冷えた空気にルリはパニック寸前だ。

「やだちょっとホントにやだってば…」

『…待ってよー!』
『遊ぼうよ!』

「……え?」

その場に蹲ってしまったルリの耳に、あろう事か子供のはしゃぐ声が小さく聞こえる。

「う…そ、もうやだぁぁ…」
「ルリ?どうした?」
「イゾウさん?何処ですか!?」

声のした方へ数歩進み手を伸ばし触れた腕に、無我夢中で思いっきりしがみつく。

「…おい、ルリちゃんよ…そこは間違えちゃなんねぇ所だっての…」
「え?」

声は確かにイゾウだったのに…はしっとルリが掴んでいたのは、イゾウでは無くサッチの腕で。ピリピリと、冷気に混ざって殺気が軽く突き刺さる。
出処は勿論、ルリが本来掴みたかった…

「えぇっ…!何でサッチなの!?」

慌ててばっと離れて仰け反る様に半歩ほど後ずさりイゾウの方へ寄るが、今更改めて掴むのも照れ臭くなり、持て余した両腕で冷えた身体を掻き抱く。

「何でって、俺に聞くなっての…」
「ほら、行くぞルリ」

そう言いながらイゾウが差し出した手を、皆の手前素直に取る事は出来ない。
けれども、エースは「お、イイなそれ」と何も気にしていないし、サッチはニヤニヤ眺めては居るが今更感満載で特に意に介した様子が無いので、思い切って手を伸ばす。

「随分と冷てェ手だな」
「だって…変な声がして……」

それにさっきみたいに一人にされる位なら、どう思われ様がイゾウの手を取って安心した方がマシだった。

「最初からイゾウがそうしてあげれば良かったんじゃん」
「違うよ、ハルタ。最初からわたしなんて連れて来なくて良かったの…」
「それじゃイゾウだって来ないし」
「え?わたしイゾウさんの餌なの?!」

顔を真っ赤にして、ばばっとイゾウとハルタを繰り返し見るルリに、ハルタを軽く睨みつつも否定はしないイゾウ。

「そう、最強のイゾウホイホイ」
「ぶふっ…!」

サラリと言ってのけたハルタの発言に遠慮の欠片も無く爆笑したサッチのポケットからポロリとトーンダイアルが零れ、落ちた衝撃でスイッチが入る。

『…待ってよー!』
『遊ぼうよ!』

「あ、やべ」
「…え?この声さっきの……」
「サッチのバカ…」

慌てて拾い上げるサッチが気付いた時には既に遅く、背後にゆらりと黒いオーラが近づく。至近距離からイゾウが容赦無く繰り出した蹴りが、軽く身体を掠める。

「いってぇ…。てか、怒るなら俺じゃなくて言い出したハルタだろうがよおぉぉ!」
「煩せェ。やり過ぎだ」

逃げ出したサッチを追いかけながらもイゾウはルリの手だけは離さないので、半ば引き摺られる様に着いて行くルリの「暗い」とか「怖い!」と言う悲鳴に似た叫びが闇の中から聞こえて来る。

「どっちも手を離さないあたり、ホントあの二人って訳わかんないよね」
「…よくわかんねぇけど、楽しそうだな」
「ルリが居るとさ、イゾウで遊べて面白いんだよね」

満足気なハルタの元に戻って来た三人は、半泣きでクタクタでボロボロで、涼しい顔で…

「くそ…ハルタ覚えてやがれ…」
「…なんか疲れた……」
「何もねェから、そろそろ帰るか」




そして夕闇の中モビーに帰った五人を、仁王立ちのマルコが直々に出迎える。

「………で、成果は有ったのかよい?」
「「無し!」」
「無し!じゃねえよい!」

ゴツン!と甲板の隅まで響く程大きな音を立て、マルコ渾身の拳骨が落とされる。

「痛てぇっての!!てか、何でまた俺だけなんだよ!」
「サッチだし」
「サッチが悪いんだもん…」
「あー腹減った。サッチ飯!」

暇つぶしが出来て満足したハルタに、食事で頭がいっぱいのエース。
ルリは少し拗ねてイゾウに何やら文句を言っているが、イゾウはその様子を見て楽しげに一服点けている。

気付けばサッチは甲板に一人残されて居た。

「…やっぱり生きてる人間のがこえーってんだ!」

おしまい。

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