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365days


満月には程遠く、星たちの勢いが勝る夜空

冬の入り口の澄んだ空気が
海賊たちの陽気な声を
水平線の先まで運ぶ――



「イゾウさん、お邪魔していいですか?」

誰が登って来たかなどとうに気付いているイゾウに、見張り台に手を掛けながらルリがそっと声を掛けると「どうした?」と返事が返って来る。

「何だか眠れなくて…」

すとんと柵を跨いだルリの肩には、膝掛けとポットが入った大きなバッグ。

「1番隊は明日朝から船番だろ?」
「そうなんですけど…眠れる空気じゃないんですよね」

ぐるりと見渡した甲板の其処彼処で開かれている、いつもより賑やかで盛大な宴。

「今夜はやっぱり、特別な感じですね」
「酒なんていつ飲んでも変わらねェのにな」
「イゾウさんらしくない事言いますね」

クスっと笑いながら、ルリはいつもの定位置――イゾウの左側に腰を下ろす。

「よければこれ…今日は清酒じゃなくて温かい赤ワインですけど」
「珍しいな。ルリが作ったのか?」
「はい。寝酒にと思って作りに出たら、余計目が覚めちゃって…」

湯気と共に甘酸っぱい香りの立ち上るワインを注いだカップをイゾウに手渡し、自らもカップに口を付けほっと息を吐いた。

「海賊なんてやってても、一年の終わりはやっぱり締めたくなるんですね」


今日は一年の最後の日だった。
あと僅かで今日が、今年が終わる。

それまでは一年を振り返り、新しい年が始まればまたそれを肴に、そして夜には末っ子の誕生日を口実に。
絶え間無く続くであろう宴を、誰もが普段以上に心待ちにしていた。


膝に浅く掛けたストールを引き上げながら、家族たちの陽気な声にルリは目を細める。

「今年も無事に一年過ごせて、特別な気分になるのも分かる気がしますね」
「口実がありゃ何でも良いんだろうけどな」
「イゾウさん、さっきから何だか…もしかして拗ねてたりします?」

公平な籤の結果とはいえ、こんな日に見張り台の担当を引いたイゾウは確かに少し不機嫌だった。

―つい先刻までは。

「拗ねてた訳じゃねェよ」

イゾウは本当に強運で、ルリが16番隊に居た頃にも見張りの籤を引く事はまず無かった。その為、本来の目的通りの理由で見張り台に居るイゾウの姿を見るのは久しぶりだった。

「イゾウさんはいつも運が良いから、一年分のツケが全部回って来たんですね」

ふふっと少し意地悪く笑うルリに、イゾウの間髪入れない反撃が返って来る。

「ルリの引きの強さには流石に敵わねェよ」
「う…それはもう忘れて下さい」

見張り台ばかり引いていた記憶を追い出す様に小さく頭を振りながら、ルリは空になったイゾウのカップにワインを注ぎ足す。

「まァ…お蔭でルリが来るんなら、やっぱり悪い籤運じゃねェよな」
「――っ…!」

ケホケホと軽くむせ返ったルリは、慌てて残ったワインを喉に流し込み、空になったカップをそっと床に置く。
アルコールの所為にしては色濃く染まった頬を隠す様に、束ねていない右側の髪をくるくると弄びながら真っ黒な水平線を見つめる。

「…やっぱり、このくらい寒い方が年越しって気分になりますね。去年は夏島だったから何か変な感じで…」

夏島海域で年越しを迎えた一年前は、酔った家族たちがマルコやイゾウに片っ端から海に投げ落とされ、モビーは上へ下への大騒ぎになった。能力者のルリとエースは巻き込まれまいと、サッチを身代わりにしながらひたすら逃げ回る羽目になったのだった。

「あれはあれで、楽しかったですけどね」

色濃く残る思い出に、まだ朱い頬を緩めるルリの手から髪をひと掬い取りパラパラと風に流すと、イゾウは隙間から覗いたその横顔を柔らかく見つめる。

「来年は春島で桜ってのも悪くねェな」
「もう来年の話ですか?」
「ルリも好きだろ?花見酒」
「桜は好きですけど…お酒は余計です!」

小さく頬を膨らませてむくれながらも、来年も一緒に居る事を当然の様に話すイゾウにルリの心は小さく震え、溢れる気持ちで目元が微かに滲む。

「イゾウさん」
「ん?」

チラリとイゾウを見てルリが少し逡巡したその時、一日の終わりと始まりを告げる船鐘の音が、いつもより高らかにモビーを駆け巡った。


「今年も宜しくお願いしますね」

来年も再来年も、
出来ればその先もずっと――


風に溶けてゆく鐘の音に乗せて、ルリは心の中で小さく呟く。


明日をも知れぬ海賊暮らし故に、先の約束など無い物強請りに等しい事は十二分に承知している。

それでもせめて、願うだけでもと。


「ルリ」

無意識にキュッと口唇を噛んだルリの頭をそっと撫でたイゾウは、さらりと前髪を掻き分けて自らの額を寄せる。

「イゾウさん…?」
「願いは口に出したら叶わねェって聞くからな、口には出すなよ?」

心の内を知ってか知らずかきっぱりと言うイゾウの勢いに、ルリはパチリと瞬き一つで答える。

「心配いらねェよ、心で強く願っときゃ必ず叶う――そのくらい、俺が叶えてやる」

ニヤリと口端を上げながらゆっくりと額を離したイゾウは、びっくりした顔でパチパチと立て続けに瞬きをしたルリの目からポロリと一粒零れた雫をそっと指で掬い上げた。


「とりあえず、今年も宜しくな。ルリ」

「はい、イゾウさん…!」



fin.

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