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休日の幸せな過ごし方

2014 Marco Birthday

「行くぞ、頼んだぜルリ」
「うん…」

水平線の向こうをぐるりと周った太陽が再び顔を覗かせ始めた頃。
敵襲もトラブルも無く静かな朝を迎えたモビーディック号の船内では、早くも人が…些か挙動不審な一団が、動き始めていた。

「マルコ隊長、おはようございます…起きてますか?」

控えめなノックに乗せてルリが室内のマルコに問えば、予想通り「よい」と一言返事が返って来る。

「…はっえぇなぁ…ジジイかよ」
「しーっ!バレんだろ」
「どうせとっくにバレてるっての」

決して狭くは無い廊下とは云え図体の大きな男が数人集まればかなり窮屈で、そこでコソコソと身を寄せ合う様は、朝でなくともかなりむさ苦しい。

「……失礼します」

ルリが躊躇いつつも勢いよく開けた扉から、間髪を入れずに男共がマルコの部屋に雪崩れ込み、一斉にマルコを押さえにかかる。

「今だ急げルリ。マルコは押さえた!」
「ちょ…待って…」
「て…めぇら、朝から人の部屋で何してやがんだ…よい!」
「おっけー!」

その言葉と同時に四方に蹴散らされた男共の合間から顔を出したルリは、申し訳なさそうな顔でマルコを覗き込む。

「ルリまで何やってんだよい…」
「すみません、マルコ隊長。書類はわたしが預かりました」
「は?」
「今日一日、触るのも禁止です」

力の抜けた声を出しつつも、マルコは自らを押さえつけていたサッチやラクヨウを再び蹴り飛ばし、その反動と腹筋だけで軽々と起き上がる。

「これは責任持ってわたしが処理しますから、マルコ隊長は今日一日休んで下さい」
「は??」

書類の束をしっかりと抱えたルリが、マルコの前に立ち塞がる。

「この部屋に戻る事も禁止です」
「馬鹿な事言ってんじゃねえよい」
「本気です。それとも…切り札出して欲しいですか?」
「んなもん有るなら言ってみろよい」

待ってました、と言わんばかりににっこりと笑ったルリは、ゆっくりはっきりマルコに告げた。

「親父の――船長命令です」
「……ぐ…っ」

ルリの振り翳した伝家の宝刀にぐうの音も出なくなったマルコの姿に、蹴られた個所を擦りながら起き上ったサッチ達が笑いを堪えている。そんな事してたらまた蹴られるのに…と、気が気じゃないルリは若干笑顔を引きつらせつつも、必死にマルコと向き合う。

「ルリてめぇ…しっかり誰かの影響受けてんじゃねえかよい」
「えっ…!?」

誰かとは聞かずとも分かる。船長命令の言葉に反論は諦め、それでも反撃に出たマルコが投げた言葉に動揺して後ずさったルリを、落ち着いたのを見計らって入って来たイゾウが支える。

「イゾウさんー遅いですよ…」
「やれやれ、歳取ると往生際が悪ィな」
「あ゛?あ……ちっ、そう云う事かよい」
「察しが良くて助かるよ。そういう訳なんでな、大人しく飯でも食って来な」
「…ったく、毎年懲りずに面倒くせえ事考えてんじゃねえよい」

ぶつくさとぼやきながらも軽い足取りで食堂へ向かうマルコを見送った一同は、作戦が一先ず上手く行った事に安堵して沸き立った。

「見たか?あの顔」
「ああ。にやけてたな」
「マルコの奴、ツンデレか」
「ばっかエース、そんなん聞かれたらまた蹴られんぞ」

わいわいと賑やかな実働部隊とは裏腹に、書類の束をばさりと机に戻したルリはぐったりとため息を吐く。

「ふわぁぁ…緊張した」
「ご苦労さん」
「イゾウさんとハルタ狡い…離れて見てるだけなんて…」
「蹴られるって分かってて入りたくないし」
「あれ、痛そうだった。わたしも蹴られたらどうしようってドキドキしちゃった」
「流石にルリは蹴らねーだろ。あいつアレでその辺は紳士だしな」
「心配要らねェよ。万一の為に海楼石の弾、籠めておいたからな」
「なにその無駄な準備」
「なんか違くねえか?それ」

イゾウの謎の周到さに狼狽えたルリは、矛先が自分に移る前にと慌ててこの場を纏めにかかる。

「と、とにかく!わたし、夜までにこれ片付けるので…みんなもちゃんと協力してね?」
「分かってるっての」
「おう、任せとけ」


こうして、今年のマルコの誕生日が幕を開けた――





普段の倍の時間をかけてゆっくりと新聞を読み終えたマルコは、ひと気の無くなった食堂から怠そうに出ていく。普段通り自室の方へ向かおうとして先ほどの話を思い出したのか、踵を返し何処かへ向かった。

(…自室でやんなきゃ問題ねえだろい)

向かった先は武器庫で、そろそろ在庫の少なくなってきた砲弾のチェックでもしようと、そんなつもりだったのだが…

「マルコ、悪いがここの在庫確認はおれの仕事なんだ」

しかし武器庫前にはジョズが笑顔でどっしりと座っていて、一歩も譲る気配を見せない。


その後もマルコの行く先行く先誰かが待ち構えて居て、今日は徹底してマルコに仕事をさせ無い段取りになっている様だ。

(イゾウとハルタがきっちり噛んでやがるな…くそ、する事がねえ…)

手持ち無沙汰になったマルコが最後に向かった先は、甲板だった。
幸い春島気候で、昨日ピカピカに磨かれたばかりの甲板の居心地は悪くない。

マルコがごろりと横になると、それを待っていたかの様にやって来たステファンがマルコの隣に横になった。

「なんだ、おめえも暇なのかよい?」

くぅん、と鳴いたステファンを、マルコはわしゃわしゃと撫でてやる。
暫く空を眺めていた一人と一匹は、そのまま静かに瞼を閉じた。



* * *


一方ルリは、書庫に篭ってマルコが今日中に処理する予定だった書類と格闘していた。普段から補佐として手伝っているとは云え、一人で処理するとなると勝手が違う。
更に運の悪い事に遠征や傘下のトラブルが続いた所為で、やるべき事はかなり多い。

「夜までに終わるかな…」

夜にはマルコの誕生日を祝って宴が開かれる。船長に次いで盛大に催される宴を皆楽しみにしていて、その準備にサッチを初め一部の家族達は数日前から奔走していた。

「んー……」

少し休憩と気分転換…と、ルリは立ち上がり小さな窓を開ける。
風がさわりと頬を撫で髪を揺らした時、ノックの音と共に扉が開いた。

「わ…」
「っと、悪ィ…」

その所為で部屋を駆け抜けた風に、ばさりと扉へ向かって運ばれた数枚の書類を拾い集めながら、イゾウが入って来る。

「これはハルタとクリエルの報告書な。内容は確認してある」
「わざわざすみません、ありがとです」

書類を渡しついでに風に乱されたルリの前髪をさらりと直したイゾウは、何事も無かったかの様に側に置かれた椅子に腰掛ける。

「どうだ?順調か?」
「実はちょっと苦戦してます。さっきビスタ隊長に手伝って貰って、少し捗りましたけど…」

ルリも机に戻り、ぺしぺしと未処理の書類の山を叩く。

「あとこれだけ有ります。宴に間に合わないかもですね」

半ば諦めた苦笑いを浮かべ、何れにしても明日はマルコと自分がやる事だから…とルリは再びペンを走らせた。


カリカリと、静かな部屋にペンを走らせる音だけが響く。

いつの間にかルリの横に来て書類の束を捲り、そこから何枚かを抜き出したイゾウにルリは何も言わず、素直にそのまま甘える事にした。何を言ってもきっと、皆で企画している事だからと撥ね返される事が容易に想像出来たからだ。


特に会話は無いがふわふわと心地好い空気を久しぶりに感じたルリは手を止め、向かい側で作業をするイゾウをそっと見詰める。

「なんか…この感じあれですね」
「懐かしい、か?」
「…です」

イゾウも同じ空気を感じ取っていた様で、クツリと笑うと矢張り仕事の手を止め、煙管を取り出した。

「時間が経つのって、早いですねぇ…」

いつもそうしていた様に、持ち込んでいたポットから注いだ珈琲をイゾウの前に置きながら、ポツリとルリが呟く。

ほぼ毎日こうして二人で机を突き合わせて居たのは、もうかなり前の事。
それ以降も時折イゾウの部屋で仕事をしていたが、最近は忙しくなかなかその時間も取れなかった。

「たまにはこういう時間も悪くねェよな」
「はい。マルコ隊長には申し訳ないですけど、お陰様で…です」

クスリと悪戯っぽくルリが笑うと、珍しく静かに微笑んだイゾウにルリはしゅっと頬を染め、はにかんだ笑顔を返す。

「それにしても…よく親父にまで根回ししてましたね」
「あァ、あれか?ハッタリだよ」
「へ…?」
「あの時点では話してねェよ。今頃はハルタ辺りが話してんだろうが…」
「えぇ!?じゃあわたし、マルコ隊長に…」
「本当の事知ってたら、マルコに看破されて言い負けんだろ?」
「そうですけど…マルコ隊長にばれたらどうしよう…」
「心配要らねェよ。今は甲板で昼寝してるらしいからな。暇を持て余した不死鳥が暴れだす前に、ぱっぱと片付けちまうか」
「はーい」

再び静けさと温もりが戻り、宴の支度で慌ただしい外の空気とは切り離された書庫。
二人は宴までの僅かな時間、久しぶりに味わうその空気感を大切に分かち合っていた。


* * *


俄かに騒めいた空気と、近寄る気配。
そして、雲もないのに自らを覆う影に目を覚ましたマルコは、身体を伸ばしながらゆっくりと起き上った。

「すまねえ、起こしちまったか?」
「オヤジが側に居んのに寝てられねえよい」
「グララララ!おめえは相変わらずだなマルコよ」

豪快に笑う白ひげが差し出した盃を受け取ると、マルコは勢いよく一気に呷る。

「どうだ休日は?家族ってのは悪くねえモンだろう?」
「あぁ…喧しくてお節介でどうしようもねえ奴らばかりで……お蔭で老け込む暇もねえよい」

再びごろりと寝転がり、白ひげ越しに空を仰いだマルコは、その贅沢な光景に眩しそうに目を細めた。

fin.
Happy Birthday Malco!!!


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