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In a tickling heart


「うー…やっぱり寒い…」

不寝番はローテーションだから文句はない。
でも、よりにもよって冬島海域で見張り台の籤を引くなんて、本当についてない。
しかも、一番高いメインマストだなんて。

ルリは寒い寒いと呟きながら自分の籤運の悪さを嘆き続けていた。


突き刺す様に冷たい風が吹いていたが、幸い雪は夕方に止み、見事な星空が広がっている事だけが救いだった。

「綺麗…」

海での生活を選んでだいぶ経つ。
それでも天候によって日々表情を変える星空は、見ていて飽きる事はない。

「おーい、ルリ生きてるかー?変わってやろうか?」
「大丈夫ですよー。ありがとう」

父親と変わらない歳の、古参の隊員が声をかけてくれる。
天候の悪い日や激しい戦闘時など、厳しい状況になればなる程自分を気遣ってくれる沢山の家族たち。
その気持ちがじんわりと胸に染み入って、ほんの一時でも辛さを忘れさせてくれた。

「でも寒いよ…」

こすり合わせて温めたモコモコの手袋で、寒さでピリピリする頬を包む。

「ルリ?」
「大丈夫ですよー…って、わ…イゾウさん?」
「何が大丈夫なんだ?」
「さっきから、みんなして交代しようとしてくれてて…」

軽々と見張り台の柵を飛び越えたイゾウは、薄物のマフラーと外套一枚で、特に寒そうな様子も見せない。
いつもと変わらない格好で歩いていたマルコとエースの姿を思い出したルリは、隊長たちの凄さを違う意味でも実感した気がした。

「あいつらと一緒にすんなよ?」
「…やだ、何で分かったんですか?」
「そう言いたいって顔、してたからな」

信じられないといった表情を貼り付けたルリは、慌ててモコモコの手で赤らんだ顔を覆う。

「イゾウさんには敵わないなぁ…」

ポツリと呟いたルリが身体一つずらして空けたスペースに並んだイゾウと、他愛もない話をしながらゆったりとした時間を過ごす。


(イゾウさんと居るだけであったかいな…)

その存在を実感するだけで、じんわりと上がってゆく体温。
ふふっと緩みそうになる頬を抑えながら、ルリはゆっくりとイゾウの方を向いた。

「そういえばイゾウさんは、どうしてここ…に…」
「…!」

まだ遥か遠方だが、僅かに不穏な気配を感じた二人は、一瞬顔を見合わせた。
直ぐさまルリは、手にしていた望遠鏡で気配の正体を探る。

「…ジョリーロジャーが見えます。敵船ですね」

ルリは素早く敵襲を知らせる鐘のロープを引くと、子電伝虫で操舵室へ方角を伝える。

「楽しそうだな、ルリ?」
「だって…じっとしてると寒くて…イゾウさんも行きますか?」
「いや、遠慮しとく。行きてェ奴らは沢山居るしな」

イゾウの目線の先を見下ろすと、血気盛んな隊員たちが既に船縁にぞろぞろと集まっていた。

「あの、イゾウさん…」
「ん?」
「これ、お願いしてもいいですか?」

申し訳なさそうにそう言うと、ルリはこれでもかと着込んでいたコートやふわふわのマフラーを次々とイゾウに預けてゆく。

「どんだけ着込んでんだ…」
「う…だって、ホントに寒かったんですよ」
「流石にそれじゃ寒いだろ。ほら」

笑いを噛み殺しながら、イゾウは自分の巻いていた薄手のマフラーをルリの首に巻き付ける。
まだイゾウの温もりの残るマフラーの暖かさにルリは目を細め、恥ずかしそうに笑みを溢す。

「ありがとです…イゾウさん。これ、汚すわけにはいかないですね」
「当たり前だろ。指一本触れさせるんじゃねェよ?」
「はい…!」
「行って来な。ここで待ってる」

ぽんぽん、とルリの頭を撫でその場に腰を下ろし煙管に火を入れるイゾウに「行ってきますね」と笑顔で応えたルリは、スルスルと器用にマストを降りて行く。


「あ、イゾウさーん!寒かったら、それ着ていいですよー?」

悪戯っぽく笑ったルリは、イゾウのマフラーの巻かれた首元を握りしめながら手を降ると、はらはらと再び降りて来た雪の中、仲間の元へ駆けて行った。

「着ていいって…思いっきり女モンじゃねェか」

そう言いながらもイゾウは、ルリのふわふわのマフラーを巻き付けると「擽ってぇ」と小さく呟いた。


fin.

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