雨は嫌いじゃない。
雨音が作り出す静寂が、心を洗ってくれるから。
だからって訳では無いけれど「次の寄港までペン先が持たないかもしれない」なんて理由を付けて、今にも泣き出しそうな空を背中に、一人モビーを降りた。
買い物を終えてモビーへ戻る途中、ポツリポツリと雨が落ち始めた。
小さなドット模様だった景色は次第にストライプに覆われ、微かに見えていたモビーを霞ませる。
パシャパシャと音を立て、地表に染み込もうとする雨粒を再び躍らせながら、走ったのだけれど。
「あー…間に合わなかった…」
白ひげ海賊団に好意的な島とはいえ、見慣れない顔は不安を呼ぶから。
民家は避けて、街外れにある時計塔の庇の下で足を止めた。
(参ったなぁ…どうしよう…)
流れる水なら濡れても大丈夫とはいえ、万一を考えると無理はしたくなかった。
(イゾウさんに怒られちゃうかな…)
煙管でコツンとわたしの頭を叩いて「何やってんだ」と呆れるその顔がいとも容易く想像出来てしまい、ふふっと笑みが漏れた。
幸い出航までは、まだ時間がある。
急ぐ事はないんだからと自分に言い聞かせ、目を閉じて静かな世界を耳で楽しむ事にした。
コツコツコツコツ…と規則正しく響く時計の音が雨音と共に身体に溶け込み、時間を忘れさせる。
たまには一人も悪くないな――なんて考えていたら、瞼を閉じたままでも感じる位に視界が陰った。
「ルリ?」
「わわ…イゾウさん?」
「呼ばれるまで気付かなかったのか?随分と暢気なもんだな」
「う…ごめんなさい」
傘を閉じてわたしの隣に立ち、呆れた顔で、手にしていた煙管でわたしの頭をコツンと叩いたイゾウさんを見て、堪え切れずクスクスと笑い出したわたしに、イゾウさんは不思議そうな顔を向ける。
「イゾウさんの行動が予想通りだったので、つい」
「なんだ、俺の迎えを待ってたのか?」
「あっ…そうじゃなくて…」
まるで迎えを期待していた様な言い方をしてしまった事に気付き、じわじわ熱の集まった顔を下に向けると、目の前にすっとイゾウさんの手が差し出された。
「え?」
「ほら、手出しな。どうした?」
「あの…改めて言われると…その…」
いつもは自然に手を繋いでいたので、改まって口に出されるとそれは凄く恥ずかしく思えて。
もたつくわたしを見てクツリと笑ったイゾウさんは、そっと腕を伸ばしわたしの手を包んだ。
「これならいいか?」
「はい…」
一人もいいなと思えるのは、二人の時間が有るから。
わたしには、それを与えてくれる人が居る。
「あ、イゾウさん」
「どうした?」
「傘、なんで一本なんですか?」
繋いだ手と反対の手に握られた傘は一本。
わたしの疑問に、ふっと声を出さずにイゾウさんは笑って、繋いだままの手で、わたしの頬をぷにっと抓った。
「ほえ?」
「いや、ルリが予想通りの事を言うもんでな」
「…っ」
わたしと同じ事を言ったイゾウさんは、悪戯が成功した子供みたいに笑って、雨粒を落とし続ける雲を見上げながら言った。
「絶対ルリならそう言うんじゃねェかと思ってたんだよ。まぁ…二本持つなんて考えもしなかっただけなんだがな」
雨の日は好き。
雨音と心音と。
少しだけ近くなる距離。
「あの、イゾウさん」
「今度は何だ?」
「手繋いだまま傘差すと…二人とも濡れちゃいますよね?」
「――じゃあ、止むまで一緒に待つか?」
「それなら…まだ止まないで欲しいですね…」
答えの代わりにそっと力を込められたその手を、きゅっと握り返した。
fin.
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