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幸せの花束


「おはよう親父、ルリです。入りますね」


今日は大切で特別な日。
だから先ず親父の所へ行こうと、ずっと前から心に決めていた。


「どうしたァ?随分と早ェじゃねェか」
「ナースさんたちには怒られちゃうけど…これ」

先日下船した時に仕入れて置いたとっておきの一本を、親父にプレゼントする。

「グララララ!!何だ突然?機嫌取らなきゃなんねェ事でもしやがったか!?」
「あはは、そんなんじゃなくて。あのね、親父…イゾウさんを家族にしてくれて、ありがとう」
「ルリおめェ…」
「生まれた日は親に感謝する日なの。わたしが言うのも変だけど…でも、今日は大切な日だから」

だから今日は、どうしても親父に感謝を伝えたかった。

「嬉しい事を言ってくれるじゃねェか」
「…恥ずかしいから、内緒ですよ?」


親父に抱え上げられ全力で抱きしめられて、何だかわたしがプレゼントを貰ったみたいな幸せな気持ちになった。

「じゃあまた、夜の宴で」


部屋を出る所をイゾウさんに見つからない様に気配を探り、そっと扉を閉めて駆け足で今日の隊務――宴の準備へと向かった。


* * *



「オヤジ、邪魔するぜ」

イゾウが船長室の扉を開けたのは、その数刻後の事。

「どうしたァイゾウ、今日の主役がこんな所に居ちゃァなんねェだろう?グララララ!!」
「そのお蔭でする事がねェんだ。オヤジ、今更改まって言う程の事じゃねェんだが…俺を家族にして貰った礼をしに来た」

そう言ってイゾウが差し出したのは、先程ルリがプレゼントした物と同じ酒瓶だった。
その顔に一瞬驚きを貼り付けた白ひげは直ぐに目を細め、嬉しそうに空気を震わせた。

「グララララ!!こりゃァ一体どういう風の吹きまわしだァ!?」
「さァ…俺にも良く分からねェが…今まで言った事がなかったからな」
「ったく、おめェらは…だんだん似てきやがる」

小さく独り言ちて、白ひげは貰ったばかりの酒瓶の栓を抜く。

「イゾウ、おめェも一杯やんな。今日だけは船医に文句は言わせねェ」
「あァ」

注がれた酒を一気に飲み干すイゾウに向け、不意に真剣な顔になった白ひげが静かに呟いた。

「イゾウよ…余計な遠慮はするんじゃァねェぞ?」
「何がだ?」
「いや、何でもねェ。余計な親心ってヤツだ。それよりおめェの誕生日だってェのに、おれまで良い思いをさせて貰えるとはなァ!良い息子と娘に恵まれて幸せだァ!グララララ!!」

"家族"ではなく"息子と娘"とわざわざ白ひげが言った事に、イゾウはもしや…と考えを巡らせた。ふと見た白ひげの足元に自分が贈った物と同じ酒瓶を見つけ、その考えは確信に変わる。

『これ、親父の好きなお酒ですね―』先日共に下船した際にそう言って笑顔を見せていたルリが浮かんだ。

「―ルリも来たのか…」



幸せな気持ちは、伝染する



* * *


ケーキ作りは少し苦手なので、サッチを手伝った。
イゾウさんの好きなワノ国の料理も沢山作った。
もちろん、特別なお酒も。
16番隊のみんなもプレゼントを用意していたし、隊長たちもナースさんもみんな、思い思いの品…殆どお酒だけど…を用意しているみたいだった。

後は、わたしの準備だ。



マルコ隊長に断ってから部屋に戻り、やっと手に入れることが出来たプレゼントを箪笥からそっと取り出す。
イゾウさんは着物に詳しいし拘りも有るけれど、今までずっとイゾウさんを見てきて、好みの素材・色・柄と私なりに必死に考えて選んだ一枚だ。

そしてもう一枚、呉服屋のご主人の押しに負けて買ってしまった物も箪笥から取り出し、隣に並べて畳紙の紐を解く。

「こっちは、どうしよう…」

宴の始まる迄の時間を考えると、余りのんびり考えても居られない。
イゾウさんの為に選んだ一枚を丁寧に抱え、意を決してイゾウさんの部屋に向かった。



コンコンコン―
いつも通りの合図で、でもいつもより緊張してイゾウさんの部屋へと入る。

「イゾウさん…なんか暇そうですね?」
「お蔭さんで、今日は何もやらせて貰えねェからな。暇で仕方がねェ」

そう言って煙管を吹かすイゾウさんは、言葉とは裏腹に何だかとても機嫌が良さそうだった。

「宴が始まるから迎えに来たんですけど、でもその前に――」



おめでとう―。
その一言を言うだけなのに、こんなに胸が高鳴るなんて思いも寄らなかった。

特別な日、特別な時間、特別な気持ち――特別な人。

ありったけの思いを込めて、今日の為の言葉を口にした。


「お誕生日おめでとうございます、イゾウさん。生まれて来てくれて…ここに居てくれて、ありがとう」


そして、わたしと――


口にしたら溢れて止まらなくなりそうになった気持ちを押し留めようと、きゅっと握りかけた手が抱えている物に気付き慌てて抑える。

「…ルリ」
「は、はいっ?」
「俺の方こそ、ありがとな」
「えっ?」
「こうやって心から祝ってくれる相手が居るってのは、悪くねェもんだな」


ぼんっ!と音がしたんじゃないかと思う。
少なくともわたしには聞こえたから。
真っ赤どころか沸騰して、言葉が出なくてパクパクと口を動かすわたしを見て、イゾウさんがクツクツと楽しそうに笑う。

「イゾウさんのお祝いなのに…」

やっと口にしたのは、そんな一言で。
必死に呼吸を整えながら、微かに震える手でイゾウさんに着物を手渡す。

「これ、プレゼントです。気に入って貰えると良いんですけど…」

ベッドの上に乗せて畳紙を開いたイゾウさんが、取り出した着物を慣れた所作で衣桁に掛けた。

「正絹の紬か。手触りも色もいい。流石にルリはよく判ってるな」

褒められて素直に安堵した。
よかった、気に入って貰えたみたいで。

「それで…あの」
「どうした?」
「呉服屋さんのご主人の薦めで、つい自分のも買っちゃったんですけど…」

ククッと笑ったイゾウさんが、納得した様な顔でわたしの部屋の方向を指差した。

「せっかくだから着て来な?髪は俺がやってやる」
「でも紬はわたしにはまだ敷居が高いし…」
「心配要らねェよ。それに、ルリがエスコートしてくれんだろ?なら、着飾って貰わねェとな」

ニヤリと口端を歪めながらそう言われ、断る事が出来なくなったわたしは、一旦部屋へ戻る事になった。



急いで着替えて再びイゾウさんの部屋の扉を開けると、その予想外の光景に固まってしまった。

「何て顔してんだ」
「だって、イゾウさんも着替えてるなんて…」
「せっかくだしな。ルリが着るなら揃いも悪くねェだろ?」

髪も化粧も男性用のそれに直した紬姿のイゾウさんは、想像以上にとても素敵で。
でも、主役なのに…みんな絶対にびっくりする。

「突っ立って無いでこっち来な。髪纏めてやる」

イゾウさんの前に置かれた椅子に座らされ、優しい手付きで髪を梳かれる。
するすると瞬く間に一纏めにされたわたしの髪に、いつかの瑠璃色の飾りの付いた簪があしらわれた。

「よし、行くか?」
「はい。ありがとです」

優しい表情でイゾウさんに手を取られ、ゆっくりと立ち上がる。

「イゾウさん…」
「ん?」
「これからも、宜しくお願いしますね?」

本当に無意識に。
自然とそんな言葉を口にしていた。

「ルリ」
「はい…っ…!?」


視界からイゾウさんが、一瞬消えた。

ううん、消えたんじゃない。
近過ぎて……


「イゾ…さ…」


再び視界に入ったイゾウさんとの距離が今度は一気に遠くなって、それはわたしの足の力が抜けた所為だと気付いたのは、崩れ落ちかけた身体をイゾウさんに支えられてから。


「今なら紅も付かねェし…誕生日だからな、大目に見ろよ?」
「そ、んなの…ずる…い」


でもそんな事を言われたら、嫌とかダメなんて言えなくて。
あぁ…誕生日を口実に拒否しないわたしだって十分に狡いや。

それよりもわたしを支える腕が触れる場所が、耳に入る声が…僅かに触れた唇が…溶けそうに熱い。

耳朶も首筋も顔も、指先までもが全部熱を持っていて、駆け巡る火照りは収まる気配を見せない。


だって無理だ、こんなにいっぱい。
お祝いする立場のわたしが、こんな気持ちにさせられせしまうなんて。




必死に気持ちを立て直したわたしの手を引いて甲板へ向かうイゾウさんに、ポツリと呟いた。

「あの、手…このまま行くんですか…?」
「甲板に出るまではな。そのくらいはルリを独占しても構わねェだろ?」

止まらないイゾウさんに冷めかけた熱を再び加熱され、わたしの思考は燃え尽きる寸前で多分涙目だ。

「うぅ…もう…。来年は控え目でお願いしますね…?」


甲板から聞こえて来た賑やかな音に掻き消されそうな声で何とかそう答えたわたしを見て、イゾウさんは楽しそうに笑った。



思いがけず貰ってしまった沢山の幸せは、大事に束ねて。
来年はもっと大きくなる様に、願って――

一方的に握られていたその手を、そっと握り返した。



ありがとう、イゾウさん。
この広い世界で
わたしと出会ってくれて。

Happy Birthday!! Izou!
2013.10.13 xxx


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