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Steps of love


寄港日の夜は、モビーを流れる空気が変わる。

大きな街だと帰って来ない人が多いし、連れ立って帰って来た酔っ払いの賑やかな声、大きな声じゃ言えないけど、たまに女の人の気配もする。(そして大概翌朝マルコ隊長に怒られている。)
陸に居る時独特のこの空気が好きで、不寝番じゃ無くてもわたしは大体モビーで夜を過ごす。

今日の不寝番はビスタ隊長の5番隊なので、モビー全体の雰囲気が落ち着いていて静かだった。
これが2番隊だと賑やかだし、4.7番隊だと陽気だし…隊ごとに違う16の色を濃く楽しめるのは、寄港中の夜だけだった。


「ルリ、まだ寝ないのか?夜更かしは身体に悪いぞ」
「お疲れさま、ビスタ隊長。そろそろ寝ますね、ありがとう」
「おやすみ、よい夢を」

自慢の髭をぴんと撫でながら笑うビスタ隊長は、いつも父親みたいにわたしを気遣ってくれる。



自室に戻って髪を解き、昼間に島で仕入れたお気に入りの銘柄のお酒の栓を抜く。
愛銃を収めたホルスターも外し、久しぶりにマキシのワンピースに袖を通してベッドの上に足を投げた。

今日はイゾウさんもハルタと下船してるし、マルコ隊長も朝まで帰らないから、きっとこのまま一人で過ごす事になる。


イゾウさんに借りた本を読んでいたら、いつの間にか意識を半分手放していた。
微睡みの中、控え目なノックの音とわたしを呼ぶイゾウさんの声で目が覚める。

夢…じゃない!?

「っ…はい!今開けますっ」

慌ててベッドを降りて、扉を開ける。
鏡は見ないで開けちゃったけど…化粧を落とす前で良かった。

「悪いな、寝てたか?」
「少し…あ、中に入ります?」
「構わねェか?」
「だいじょぶですよ。どうぞ」

イゾウさんがわたしの部屋に入る事は滅多に無い。
散らかってはいないし…と安心したのも束の間、並べた空瓶を見られてしまった。

「一人で随分と飲んでるじゃねェか」
「イゾウさん程じゃ無いですよ?」

ククッと小さく笑うイゾウさんも、かなりお酒が入ってるみたいだった。
でもまだ日付けも変わる前で、飲み終わるには大分早い時間なのに…何の用だろう?

「まだ早いですけど、どうかしました?」

イゾウさんは、夜遅くなっても必ずモビーに帰って来る…わたしの知る限りは。
寝てる間にまた降りたりしてたら分からないけど…そこは極力考えない様にしていた。

「今から降りれるか?酒場の親父にルリの好きそうな話を聞いてな」
「それでわざわざ戻って来てくれたんですか?」

みんなと居たのにわたしを気に掛けてくれた事が嬉しくて、素直にありがとうと伝えるとぽふんと頭を撫でられた。

「急ぎます?着替えないと…」
「そのままで構わねェよ。少し歩くだけだ」
「じゃあこれだけ…」

無粋なのは分かってるけど、傍らに置いておいたホルスターを手に取る。愛銃を手離せないのはイゾウさんも一緒なのでそれには何も言わず、表で待つと部屋を出て行った。


こんな時間にイゾウさんと出掛けるのは初めてで、鏡に映るわたしは少し浮かれた顔をしていた。
愛銃を身に付けてストールを肩から羽織り、静かに部屋を出た。

「お待たせです」

甲板に出る扉の前にイゾウさんが居た。
何となく声を潜めたら、隠れてこっそり船を降りる様な気分になって、変なドキドキに包まれる。

「行くか。静かに降りるぞ」

…もしかしてイゾウさんも同じ事考えてた?

ふふっと、声に出して笑ってしまったかもしれない。
だって、静かに降りる理由なんて何処にも無い筈だから。



ふと空を見上げると、大きな月が近い。
そういえば今日は満月だったっけ。


イゾウさんは、すとんと軽やかに船縁から飛び降りた。
わたしは流石にその高さからは降りられ無いので、砂浜に向かって架かるタラップを急いで駆け降りる。

軽く息を切らすわたしを見て、イゾウさんが微かに笑った。

「走ってくんなら、飛び降りりゃ受け止めてやるのに」
「なっ…!無理です、飛び降りるのも受け止めるのも!」


眩しいくらいの月明かりの中、キュッと砂を踏む足音と波の打ち寄せる音だけが響く。
イゾウさんの足跡を辿りながら波打ち際を歩いていたら不意に手を引かれ、水から遠ざけられる。

「ルリ程無邪気に水際を歩く能力者は居ねェよな…」

呆れた様な声で呟かれ、自分が能力者だと思い出す。
そんな事すら忘れてしまう程に、わたしはこの外出を心から楽しんでいたみたいで。

「今日の格好には波打ち際も似合うけどな…流石に我慢しな?」
「っ…」

吸った息を吐く事を忘れ、言葉に詰まる。

「イゾウさん…酔ってます?」
「酒には酔ってねェな」
「…やっぱり酔ってるんだ」

ホントは酔って無いって分かってる、けど。
お酒の所為にでもしないと、この場でUターンしてモビーに帰ってしまいたいくらい、気恥ずかしかったから。


いつもと違う時間、滅多に着て出掛け無いワンピース。
それら全てが、イゾウさんとの時間をいつも以上に特別な物へと変える。


月明かりを受けてキラキラと輝く白波が寄せる波打ち際は、溜息が出そうな程に綺麗だった。


砂浜の向こうの入江まで歩いた所で、イゾウさんは足を止めた。
引き潮で顔を出した岩場を歩き、一際大きな岩に手を引かれながら上がる。

「落ちるなよ?」
「そんなうっかりじゃ…」
「無いとは言い切れねェだろ、ルリはたまにやらかすからな」
「う…」

確かにたまにうっかりするけど、何もはっきり言わなくたって…

「まァ…俺が落とさねェけどな」

そう言うとイゾウさんは、わたしを後ろから抱きかかえて腰を下ろした。
確かにこれなら落ちないとは思う…でも、ちょっと逃げ出したい気分だ。

漆黒の水面に大きな月が映って、海面が美しく金色に波打つ。

「イゾウさん?」

月を見に来た訳では無いだろう。
黙ったままのイゾウさんに疑問を投げると、もう少し待ちなと耳元で囁かれる。
それ以上話されたらどうにかなりそうだったので、わたしも黙って水面を見つめていた。


すっぽりとイゾウさんに抱えられたまま、行き場を無くした両手で風に散る髪をくるくると纏めていたら、急に風の匂いが変わった――気がした。

そして、ポンポンと何かが小さく弾ける様な音。

「何…?」
「始まったな」

中途半端に止めた手をイゾウさんに取られ、指し示された方を見ると白くて小さな物がポツポツと水面に浮かんでいた。

本当に小さな小さなそれは、ひとつ、またひとつと顔を出し、滑らかに流れる様に水面を走り出す。

「すごい…綺麗…」
「年に一度、晴れた大潮の晩だけ見られる花って話だ」
「花なんですか?これ全部?」

瞬く間に見渡す限り辺り一面が真っ白になり、白い花が水面を自在に踊る。

月の光を受けたその花は、ひとつひとつは本当に小さいのに、波打つ絨毯になった途端に存在感を増す。

「本当に綺麗…それに、親父の色…」

小さな花が集まって描く大きな白い波は、まさに親父そのもので。

時間も忘れて子供みたいに、ただただ夢中になって眺め続けた。




「ルリ」
「はい?」

小さく呼ばれ、声のした方へ無意識に振り返った。

「あ…」

…イゾウさんの顔が、近い。
夢中になって忘れてた…今の自分の状況を。

一瞬で熱が集まった顔を、慌てて海面へと向け直す。
クッと小さく喉で笑う音がして、熱くなった耳元にイゾウさんの頬が寄せられた。

「ひゃ…つめた…」

トクントクンと、小さく音を立てる心音が全身を埋め尽くして眼前で揺蕩う花の様に大きな波を呼ぶ。


違うのは、いつの間にか全身を抱きしめられて動けないわたしと、自由に踊る花たち。

違うのは、少しずつ募って固まるわたしの心と、いずれ散ってしまう花たち。



月が少し低くなり、次第に大きくなった波の音と引き換えに、白い花たちは徐々に姿を消していった。

「終わっちゃいましたね…」

ポツリと呟くと回された腕にきゅっと力が入り、その手にそっと触れた。

「大分満ちて来たな、降りるか」
「…はい」

立ち上がろうとしたら、イゾウさんに制される。再び満ち始めた潮が、元来た道を隠そうとしていた。

「大人しくしてろよ?」

足場を見つけてストンと降りたイゾウさんが、わたしに手を伸ばす。
もしかしなくても、これは…

「まだ一人で歩け…」
「駄目だ。大人しくこっちに来な?」

きっぱりと言われ、諦めて手を取る。
ゆっくりとイゾウさんに身体を預けかけたその時。

「……っ!?」

するりと、ほんの一瞬。
微かに、でも確かに触れたそれは。

「イ…ゾウさ…」

そのまま横抱きに抱えられ、胸元に顔を埋めたわたしには、その顔は見えないけれど。

「行くぞルリ、暴れるなよ?」

暴れるどころか、力の抜けてしまったわたしの身体は、イゾウさんに委ねるしかなかった。

「狡い…」
「何がだ?」
「イゾウさん一人冷静だなんて、狡いです…」
「冷静じゃねェよ」
「じゃあ酔っ払って…は、嫌ですけど…」

小さく肩が震えて、笑われたと分かる。

「酒の所為にはしたくねェな」


本当に、狡い。
何でそんな事言うの。


「連れて来た甲斐の有る顔が見れたからな―・・・」

最後は波の音に掻き消された。
でも聞こえたイゾウさんの声は、なんだかとても満足そうで、素直に嬉しい気持ちが溢れた。

「イゾウさん…ありがとです」


見せてくれた景色も、
微かに触れたそれも。

大切な、わたしの。


fin.

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