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Dilemma

02.イゾウSide

監視が見つけた無人船の探索で、数時間モビーを空けた。
それなりの収穫と共に戻ってみれば、何か微妙な違和感を感じる。

ルリが甲板に居ねェ?いや、それは隊務が有れば良く有る事だ。
原因はもっと別な…と、船内の気配を軽く探ってすぐにそれに行き着いた。

サッチと一緒、か…でも何かがおかしい。何が有った?
逸る気持ちを抑えて事後処理を済ませ、足早に違和感の元へと向う。

特に気配を隠す様子の無いその扉を静かに開けると、泣き腫らした顔のルリの両手を握るサッチの姿。

「あーイゾウ…コレはその…」
「…大丈夫だ、多分誤解しちゃいねェ」

ホッとした顔で静かにルリの手を離すと、膝に散った灰を払いながら立ち上がり入口に立ったままの俺の所まで来たサッチは「ちょっと待ってろよ、ルリ」と言い残し俺を押し出して、後ろ手で扉を閉めた。

扉が閉まる間際、潤んだ目でこちらを見たルリと一瞬視線が絡んだ。

「何が有った?」
「あー…ちょっと言い難いんだけどよ…」

サッチの話は大まかで、言葉を選んじゃいたが大体の内容は判った。
陰でそう云う事を言われる可能性を懸念をした事は有ったが、まさか直接ルリに言うヤツが現れると迄は考えなかった。

しかも俺の不在時に、だ。

「じゃ、後は頼んだぜイゾウ。貸し一つな」
「考えといてやる。ありがとよ」

振り返らずに片手を上げたサッチの後ろ姿を見送りながら手にした煙管に火を入れようとして、思い留まる。

一呼吸置いて、静かに扉を開けた。

「…おかえりなさい。お疲れさま、イゾウさん」

ルリらしい、と思った。

と同時に、この状況でもいつも通りを貫こうとするルリに、そうさせてしまう自分に、その距離を保って来た俺たちに。
軽い苛立ちを覚える。
だが今はそんな事を考えてる場合じゃねェと、微かな笑みを向けるルリに向き直る。

「泣きそうな顔で、笑ってんじゃねェよ」
「それ、イゾウさんに言われるの久しぶり…」

「もう、泣いた後ですけどね」と、くしゃりと顔を歪めて困った表情で笑うルリに、ミシッと心が小さく軋む。

「ルリ」
「はい?」

サッチの座って居た位置に腰を降ろしながら、ゆっくりとルリの目を見て問いかける。

「来る、か?」

驚いた顔で目を見開いて、みるみる赤らむ頬を隠す事無く遠慮がちに頷いたルリに向かって両手を広げた瞬間、間髪入れず飛び込んで来たルリを全力で抱き止めた。


きっと今のルリには、話を聞くよりこうする事がいいんじゃねェかと。
…いや、俺がこうしてやりたかった。
それでも判断をルリに任せる自分の狡さに、微かに零れそうになる自嘲染みた笑いを抑え背中に回した腕に力を込めると、首に回されたルリの腕にも力が篭る。

「大丈夫だ、ルリは何も間違っちゃいねェよ」
「…はい…」


どっちの物か判らない程、同じリズムで喧しく鳴り続ける鼓動から意識を反らす様に、背中に掛かるルリの長い髪をゆっくりと梳き続けた。


「あの、イゾウさん…」
「どうした?」
「あの人たち…」
「判ってる。俺が口出したらあいつらの思う壺だからな。口実は与えねェよ」

恐らくサッチも、何もしてねェ筈だ。
あいつは調子はいいが、その辺が判らねェ程馬鹿な奴じゃ無い。


漸くほっとした様に全身の力を抜いたルリの空気が、少しずついつもと同じそれに戻っていく。

「あの、イゾウさん…」
「今度は何だ?」
「どうしたらいいですか…?」
「何がだ?」

うっと小さく息を呑んだルリの頭に手をやって軽く撫でると「うー…」と明らかに困惑した声が漏れ聞こえる。

「離れなきゃって思うんですけど…その、離れたらイゾウさんの顔が見えちゃう訳で…」

狼狽えるその姿をもっと見て居たくなって、何も答えずにそのままルリを見守った。

「…離れないと、出られないですよね。でも離れたらわたしの顔も見られちゃうし…これ、どうしたらいいですか…?」

真剣なその様子に堪え切れずに笑いを零すと、俺の背中を軽く叩いてルリは抗議する。

「なっ…イゾウさん酷い…!何も笑わなくたって…」
「いや、悪ィ。じゃあこのまま外に出るか?」
「えぇっ!?それは無理で…あっ…」

勢いで顔を上げたルリと目線が合うと、面白い位真っ赤になって慌てて離れようとする。
回された俺の腕がそれを許さないと判ると、ルリは諦めた様に再び胸元に顔を埋めた。

「元通りじゃねェか」
「顔を見られるより、マシです…」

小さく溜息をついたルリの頭を撫でて、その頂に気付かれない様にそっと口付けを落とす。

「…あんまり意地悪しないで下さい」

袂を掴みながら力なく言うルリが流石に可哀想になって力を緩めると、するりと俺の腕から抜け出して扉へと向かう。
ノブに手を掛けながら一瞬振り返り「ありがとう、イゾウさん」と言い残して素早くルリは部屋を出て行った。



残ったのは、ルリの温もりと幾ばくかの不安。

「いつまでもこのままって訳にも、いかねェよなァ…」

誰に聞かせるでも無く呟いて、今度は煙管に火を入れた。
揺蕩う紫煙と心が、じわりと部屋を満たして行った。


fin.

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