01.サッチSide怒ってるルリを、初めて見た。
戦闘中に家族を傷つけられたりしたらあいつはすげー切れっけど、それとは違う。
裏に悲しさとか辛さとか、そういうモンを含んだ怒り。
多分、半分は自分に対して怒ってんだよな。あいつはそういう奴だ。
厨房の慌しさがひと段落する午後。
いつも通り甲板の指定席で軽く一服。うめーんだよな、コレが。
甲板には、鍛錬をする奴や、昼間っから酒飲む奴やら、まあいつも通りの光景だ。
でも何か違和感を感じて、緩みかけた意識を少しだけ集中させる。
原因はすぐ分かった。
俺から丁度死角になっている甲板の隅。
そこから、滅多に聞けないルリの押し殺した声が聞こえた。
そしてルリを取り囲む、まだ家族になって日の浅い数人の若い隊員。
何だよ、穏やかじゃねーな。
ゆっくりと腰を上げて、声のする方に近づく。
口出していいモンか判んねーけど、家族に揉め事が起こるのを見ぬ振りは出来ない。
こっちを向いていたルリは、近づく俺に気付いて一瞬逡巡した表情を見せた。
その直後、あいつの口から出た言葉は、予想だにしないものだった。
「―そう思うんだったら、わたしを抱いてみる?補佐くらいにはなれるかもね?」
おいおい、何言ってんだあいつ。
イゾウが聞いたらあいつら蜂の巣だぞ…いや、イゾウじゃなくたって聞き捨てる訳にはいかねーか。
「なんか穏やかじゃねー事、聞こえたんだけど」
「サ、サッチ隊長…」
俺がこんなに近付くまで気付かねー辺り、まだまだ青いなこいつらは。
なんて値踏みしてる場合じゃねぇ。
「ごめんサッチ、なんでもないから」
「何でもないってルリ」
「大丈夫、わたし行くね」
「あ、おいルリ!」
一度も俺と目線を合わせないまま、ルリが駆け出した。
遠ざかるルリから漏れ出した覇気で、あいつが怒りを抑えていた事に気づく。
「あー、くそ。お前ら何番隊だ?ああ、んなのどうでもいいや。とにかく、あんま手を煩わせる様な事、してくれんじゃねーよ?」
軽く釘を刺して、一瞬覇気を全開にして威圧しておく。
とにかく今はルリを追いかけねーと。
ルリの後を追って駆け出した俺の背後から「やっぱり隊長が来んじゃねぇか」とか何とか聞こえたが、無視してルリの覇気の跡を追い掛けた。
「ルリ!おい、待てってばよ」
聞こえてる筈なのに足を止めないルリの肩を掴みこちらを向かせた瞬間、俺は軽く固まった。
「おま…何泣いて…」
「なんでも、ない…」
「どこがだよ。いいからこっち来いって!」
尚も歩こうとするルリの腕を強引に掴んで、近くに有った資料室へと入る。
「サッチ…」
扉を閉めた瞬間、ルリは堰を切った様に涙を零し始めた。
くそ…依りによってイゾウが船空けてる時に…後で文句言われたって聞かねーからな!
積み重ねられた箱に、ルリを座らせる。
目の前の床に腰を降ろし、煙草に火をつけてルリが落ち着くのを待った。
「お前な、あんな事言っちゃってどーすんのよ」
「…親父を…隊長たちを侮辱したから…」
「は?」
何でそれが、ああいう発言になるんだ?てか、俺たちはともかくオヤジにってあいつら何言いやがったんだ。
「…女だから、って。隊が違うのにイゾウさんといつも一緒だったりマルコ隊長の補佐やってたりするのも、全部…女、だからだろって」
ぽろりとまた一粒大きな涙を零したルリは「隊長たちをそういう風に見られて、悔しい。親父がそれを許してるって思ってるんだったら、許せない」と小さく呟くと、緩く唇を噛み締めた。
必死に抑えても堪え切れず、ぽろぽろと幾つかの雫が後を追って零れる。
…こいつ、自分が女だって卑下された事より、俺たちの事で怒って泣いてんのか。
オヤジの精神の鑑じゃねーの。
後ろから聞こえた台詞はそういう事だったのかと、漸く合点がいった。
やべーな。ちょっとヤブヘビだったかもしんねーが、でも放って置かなくて良かったと思う。
咥えたままの煙草は全部灰になって落ちていた。
いつもより小さく見える、握り締められたルリの手を取る。
普段は海賊らしくねー顔でニコニコしてっけど、こいつだってもう10年は海賊やってる訳で。
俺たちとは違った苦労も、沢山して来たんだろうと思う。
全ての海賊が俺たちみたいな訳じゃねーからな。
「お前な、もっと自分も大事にしろっての」
「うん…」
「イゾウもうすぐ帰って来っからよ」
「…うん」
イゾウの事を言われて否定しない辺り、実は相当参ってんだなと思う。
さっきから甲板の方が少し騒がしいから、もしかしたらもう戻って来てるのかも知れない。
あいつの事だ、ルリのこの気配にすぐ気がついて、間も無く顔を出すだろう。
「サッチ」
「ん?」
「ありがとう」
「気にすんなっての。役得だしな」
そう言って掴んだままの手を上下に振ってやると、漸くルリは微かに笑った。
丁度その時、予想通り静かに扉の開く音がした。
あ、やべ。
ルリの手握ったままじゃねーか、俺。
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