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A stag at bay

「マルコ隊長、ベイさん最近顔見せないですよね?」
「――……」

傘下から届いた書類に目を通しながら不意に口にしたルリの発言に、マルコは態とらしく固まった。

「隊長?聞いてます?」
「……用があんなら電伝虫で事足るだろい」
「えー、会いたいんですよ。久しぶりに飲みたいなぁって」
「ちっ…ルリは能力者か?」
「はい?そうですけど?」
「明日オヤジに挨拶に寄るって、今朝連絡が有ったんだよい」
「ホントですか?!やったぁ、楽しみ!」

無邪気に喜ぶルリの向かいで、マルコは苦虫を噛み潰したような顔を崩さない。

「…だから嫌だったんだよい」
「何か言いましたか?」
「…仕事残ってたら会わせねえから、覚悟しとけよい」




「__…って、マルコ隊長が言うんですよ」
「あいつはベイ苦手だからな」
「そうなんですか?」

翌朝の食堂でイゾウと一緒になったルリは、食後のコーヒーを片手に昨日のマルコの様子を話していた。

「あいつに容赦無く物言う女は少ねェからな」
「へぇ…気付かなかったです」
「それに…」
「それに?」
「いや、って事は今夜は宴か」
「ですね。楽しみです」

ふにゃりと嬉しそうに笑うルリを見て、イゾウも僅かに口端を緩め、煙管に火を入れた。





「マルコ隊長ーベイさん来てますよー?」
「まだ仕事残ってるだろい」
「これ、明日でも大丈夫ですよ?」
「ダメだよい」

傘下の船長が寄った時にはオヤジの名代だと必ず自ら出迎えるマルコが、今回に限って頑に部屋を出ようとしない。

「マルコ隊長の意地悪…」
「何とでも言えよい」

むくれてマルコを睨むルリの後ろで、扉が徐に何の気配も無く開かれた。

「やれやれ、1番隊隊長の出迎え無しとはあたしも安く見られたもんだね」
「ベイさん!」
「勝手に開けんなよい…」
「わざわざ出向いてやったのに随分な言い様じゃないか。それとも開けられちゃ困る事でもしてたのかい?」
「馬鹿言うなよい、お前の目当てはルリだろ?」
「あんたもだよ。オヤジも居るのにあんたが来なくちゃ始まらないじゃないか。全く、手間の掛かる隊長さんだね」

今朝イゾウから聞いた話を思い出し、成る程こういう事かと納得したルリは一人笑いを噛み殺す。
パタンと目の前の資料を閉じると、ベイの元へと駆け寄った。

「ごめんなさい、出迎え出来なくて」
「こんな頑固な隊長の下より、ウチの船に来るかい?」
「ちっ、堂々と引き抜きしてんじゃねぇよい」

ベイの勢いに遂に観念したマルコも、手にしていた羽根ペンのインクを拭い、怠そうに立ち上がった。






ベイさんはずっと憧れだった。
傘下の海賊団の中でも女海賊は少なくて、そんな中で船長まで務めてる人は殆ど居なかったから。

「親父はもう待ってるんですか?」
「とっくにね。オヤジを待たせるなんて、マルコも偉くなったモンだね」

後ろを歩くマルコ隊長に聞こえる様、態と大きな声でベイさんが言うと、露骨にイラっとした後に少し慌てた気配がした。
あのマルコ隊長をここまで軽く転がせるのも、ベイさんの凄さだと思う。


甲板では既に、和気藹々と宴が繰り広げられていた。ベイさんの船の幹部の人の姿も見える。

「あー可笑しい」
「ルリが変な影響受けるからやめろよい」
「父親みたいな心配するんじゃないよ」
「父親って…」

二人のやり取りが可笑しすぎて、遠慮なんて言葉を忘れて笑ってしまう。
マルコ隊長が笑うなって飛ばして来た拳骨にはベイさんが覇気込めて反撃してくれて、マルコ隊長には悪いけどそれすらも可笑しくてひたすら笑い続けてしまった。

「なんだ、もう酔ってんのか?」
「あ、イゾウさん。ううん、まだ一滴も飲んでませんよ?」
「にしては随分と楽しそうじゃねェか」
「だって二人のやり取りが可笑しくて」

差し出された酒瓶を受け取りながらも、込み上げる笑いは抑えられなかった。


ベイさんから逃げ回るマルコ隊長の貴重な姿は格好の酒の肴で、あちこちで弄られる度に本気の蹴りで家族を海に落とし続けて居た。
あ、サッチ三回目だ…凝りないなぁ。

「ベイには敵わねェよな」
「カッコ良いな、ベイさん」
「それ、マルコの前で言うんじゃねェよ?」
「何でです?」
「ルリが影響されてああなっちまうのが嫌なんだとさ」
「…やだ、何それ」

漸く納得した。
昨日からマルコ隊長が矢鱈とわたしをベイさんから遠ざけようとしていた理由に。

「ならないと…言い切れないかも…」
「マルコやサッチを蹴散らすだけなら歓迎するけどな」
「うーん…」

マルコ隊長を蹴散らす自分の姿を想像してみる。出来る…かな?

「頑張ればそのうち…」
「…頑張る所、間違えてねェか?」

思わぬ突っ込みに我に返って、二人で笑う。

そういえば、宴の席でイゾウさんと二人だけで飲んでるのって久しぶりかもしれない。

沢山の家族で埋め尽くされている広いモビーの甲板で、イゾウさんと二人きりだなんて―あ、もちろん周りにはみんなが居るけど…

「どうした?」
「宴で二人って、久しぶりですよね」
「そうだな。今日はベイが居るし、まだオヤジも出てるからな」

名前が出たのでチラリと中央を見ると、愛用の盃を満たしたお酒を一気に飲み干した親父と目が合う。
小さく手を振ると、大きな口元がニイっと弧を描いて、器用に片眉を持ち上げながら片目を瞑って見せた。

…親父のそんな表情、初めて見た。

何だか色々と見透かされてるみたいで恥ずかしくなって思わず下を向くと、いつもの豪快な笑い声が甲板の空気を震わせた。

「これは…珍しいモン見たな」

突然の親父の笑い声に何事かとざわつく家族を他所に、イゾウさんと顔を見合わせた。



「なーによ、二人だけの空気作っちゃって」

バシッとイゾウさんの背中を叩いて隣に腰を降ろしたベイさんは、氷の魔女なんて二つ名が付いてるなんて思えない程に上気していて。

「ご機嫌じゃねェか」
「オヤジと居るんだから当たり前だよ。それに―」

くいっと勢い良く酒瓶を煽ったベイさんは、わたしの顔をじっと見た後にイゾウさんの方へ向き直り、バシバシと再び肩を叩く。

「暫く見ない間に、可愛い妹が随分と幸せそうな顔で笑ってるじゃないの。これで機嫌良くならない程、あたしは冷たくないよ」
「ちょ…ベイさん…」

幸せそうって…。言われて嬉しくない訳じゃないけど、イゾウさんの前で言うなんて。

このままじゃ更に何を言われるか分からなかったので、慌ててベイさんを引っ張ってイゾウさんから離そうとしたのが失敗だった。

「わ…」
「もー。ホント可愛いねこの子は!」

ガシッと抱きつかれて全力で頬ずりをされ、更に力一杯抱きしめられる。

「イゾウ、ちょっとルリ借りてくよ!」
「あァ、必ず返せよ」
「えぇ!?イゾウさん!?」

ククッと笑いを堪えて盃を傾けるイゾウさんも、きっとこうなったベイさんには敵わないんだ。
でも、返せよって…。

物じゃないんだからという不服と、イゾウさんのって言われた様な幸福。

…なんて考えてる間にもずるずると引き摺られ、ベイさんの船の人の輪へ。
客人の彼らの位置は当然親父の目の前で。
さっきの事を思うと、少し恥ずかしい。

「ベイどうしたァ?ルリ連れて」
「余りにも可愛いから、攫って来ちゃったよ」
「グララララ!!俺の娘なんだから当たり前ェだ!」

ああもう、色んな意味で顔から火が出そう。


いつもなら楽しいだけの親父との宴が、今日は何だか凄く緊張する。
だって、ベイさんがイゾウさんの事を言うんじゃ無いかって気が気でなかったから。


その所為か全く味のしないお酒を飲み続け、あろう事か親父の膝の上で眠ってしまった。

「あらま、珍しい事も有るモンだね」
「可愛いモンじゃァねェか。だがあんまり苛めてやるんじゃねェぞ」
「判ってるわよ。さて、返しに行くかね」

わたしを抱えるよう無言でクルーに促したベイさんの足元に、バサリと親父の上着が投げられた。

「掛けといてやんな。風邪でも引かれちゃ堪らねェ」

親父の大きな優しさに包まれたわたしは、イゾウさんの元へ"返却"される。

「ほらイゾウ、返しに来たよ」

ふわりと降ろされる感覚で微かに目を覚まし掛けたわたしの耳に、二人の声が届く。

「オヤジのガード付きだけどね」
「オヤジもルリには甘ェな。敵わねェよ」
「マルコもイゾウも大概だよ。ま、あたしも人の事言えないけどね」

イゾウさんの手で遊ばれる髪が、擽ったい。

「次に来たらどうなってるか、楽しみにしとくよ」

ベイさんてば、すぐにそういう事ばかり言うんだから。
もっと沢山話がしたいのに、親父とイゾウさんが暖かくて頭も身体も言う事を聞かない。


本当にこのまま寝てしまうのもいいかなと親父の上着をこそっと手繰り寄せたら、緩く耳を引っ張られた。
もちろん、イゾウさんに。

「っっ…」
「ルリ、聞こえてんだろ?」

動こうとしたわたしの身体をそっと押さえるイゾウさんに、目を瞑ったまま小声で答える。

「あは…ぼんやりですけど…バレてました?」
「当たり前だろ。ベイだって気付いてた」
「だって…親父もイゾウさんも、暖かくて…ずっとここに居たいなぁって…」

優しく柔らかく、ふっと笑う気配がした。

「そのまま横になってな。酔っ払いが絡んで来ねェからちょうどいい」
「えー…わたし虫除けですか?」
「俺がだろ?」
「今日のわたしには親父が居るから…大丈夫ですよ?」

親父を口実に、精一杯の照れ隠し。

「オヤジと比べんなよ?敵わねェから」

嬉しそうな声でそう言ったイゾウさんが、親父の上着の中のわたしの手をそっと握り締めた。
思わず目を開けて見上げた先には、悪戯っぽく笑うイゾウさんが居た。

「…親父で隠すなんて、イゾウさんて結構豪胆ですね?」
「怒られやしねェだろ。まぁ…もし怒られる時は――ルリも共犯だよな?」




氷の魔女が運ぶのは、嵐
呼ぶのは、春

但し、ここはグランドライン

次に来るのは、 。

fin.
Happy birthday ! Malco!


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