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Where I stand

"女"だって理由で特別扱いをされるのは嫌だから、それなりに努力はしてきた。
海で、海賊船という場所で生きる事を選んだ時点で、陸の女性の様な生き方は出来ないしそれで構わないと思っていた。

強がっている訳でもないし、無理している訳でもない。

これがわたしの選んだ生き方なんだと、胸を張って言える様に在りたいと。
約10年という長くは無いけれど短いとは言えない時間、わたしはそうやって此処で生きてきた。




「マルコ隊長、少し休んでください。コーヒーでも取ってきましょうか?」
「ああ、宜しく頼むよい」

大規模な遠征が続いていて、マルコ隊長の抱える仕事が膨大な量になっていた。
放って置いたら寝ずに仕事をする事は火を見るより明らかだったので、マルコ隊長の部屋で仕事をする生活が一週間近く続いていた。
いくら各隊隊長が同格とはいえ、中心になるマルコ隊長がいざって云うときに動けない状態じゃ困るから。
だからわたしに出来る限りの事はしたかった。

それなのに、今朝からわたしの体調は最悪だった。
滅多に風邪なんてひかないし、熱を出すことも無いのによりにもよってこんな時に。

何とかマルコ隊長に気付かれずに今まで過ごせたけれど、かなり気を張らないといけない位まで体調は悪化していた。
コーヒーを取ってくるなんてのも実は口実で、ちょっと一人になって気を緩めたかったから。

「そういえば、イゾウさんにもう二日くらい会ってない…」

16番隊は遠征班では無かったけれど、出払っている隊が多ければその分仕事は増える。

思わず口をついてしまった所為で一度浮かんだ感情はなかなか消えてくれなくて、食堂の喧騒の中イゾウさんの姿を探してしまう。

見付からなくて残念なのと同時に、イゾウさんには今の状態を誤魔化し切れない気がして少し安堵する自分が居た。

「サッチ、コーヒー二つお願いしていい?」
「おう、マルコとルリのでいいか?」
「うん。ありがとう」

ここ数日は食事もマルコ隊長の部屋で済ませていたので、久しぶりのこの喧騒が少し心地良かった。

「ほいよ、お待たせ。お前らちゃんと休んでんのかよ?」
「うん、大丈夫だよ。マルコ隊長の事はちゃんと見張ってる」
「ルリも無理すんなよ?ここ、鏡見たか?」

サッチはそう言ってわたしの目の下を指差した。

「隈出来てる?」
「くっきり出来てるぜ。マルコはそーいう所鈍感だからな」
「ありがとう、あと少しだから大丈夫」

渡されたトレイにはコーヒーが二つにわたしの好きなチーズケーキがひとつ。
サッチの心遣いに感謝して食堂を後にする。

「あと少し…うん、頑張ろ」

自分に言い聞かせるように呟いて、気を引き締め直して隊長室の並ぶ廊下を歩く。

それでも、どこかいつもより気は緩んでいたんだと思う。
だって、イゾウさんの部屋の扉が開いた事に気付かなかったんだから。

「ルリ?」
「イゾウさん…?あれ、いつの間に?」
「何ぼんやり歩いてんだ」
「…ちょっと考え事、です。イゾウさんはお仕事どうです?」
「マルコ程じゃねェからな。ルリはちゃんと休んでんのか?」

余程目立つのかサッチにも言われた隈に触れたイゾウさんは、ほんの僅かに眉をしかめてわたしの髪をさらりと撫でた。

「だいじょぶです。イゾウさんも無理しないで下さいね?」
「あぁ、ありがとさん。また後でな」
「はい」

ぽんぽんとわたしの頭を撫でたイゾウさんは、そのまま再び自室へと戻って行った。

「あれ?用事有って出て来たんじゃないのかな…?」

理由はどうあれイゾウさんに会えて体調の悪さを忘れかけた自分の現金さに苦笑しながら、マルコ隊長の部屋の扉を開けた。

「お待たせです」
「ん?何嬉しそうな顔してんだよい?」
「…マルコ隊長と仕事するの楽しいなーって?」
「心にもねぇ言い方すんなよい」
「仕事は嫌いじゃないですよ?」
「そういう事にしといてやるよい」

軽口を叩く余裕がマルコ隊長に出て来たって事は、仕事の先が見えて来たんだろう。
今夜は少しゆっくり眠れるかもしれない。

イゾウさんに会えた事とサッチのケーキのお陰もあって、身体が少しだけ楽になった気がした。
うん、こういう時に気持ちってホントに大事だな。


休憩を終えて目の前に積まれた書類に向き直してすぐ、ノックも無しに部屋の扉が開いた。

「なんだイゾウかい。どうした?」
「2.3時間ルリ借りていいか?」
「あー構わねぇよい」
「え?」

イゾウさんの仕事、そんなに詰まって無かったんじゃ?

「終わったらすぐ返せよい」

瞬く間にわたしの行き先は決められてしまった様で、わたわたとイゾウさんの後に続く。

「イゾウさん?」
「座んな」

問答無用で指し示されたのは、イゾウさんのベッド。
机の上はスッキリ片付いていて、やっぱり仕事が詰まってるって感じには見えない。

「あの、お仕事は?」
「仕事してる場合じゃねェだろ?」
「う?」
「こんだけ熱有んのに何やってんだ。ったく」

そう言ってイゾウさんは、子供にするみたいにわたしの額に手を当てた。
冷んやりとした手の気持ち良さと距離の近さに、思わず目を瞑る。

さっき「また後で」って言ってたのはこういう意味だったんだ…

「あは…やっぱりイゾウさんには敵わないです…」
「薬飲んで少し休んできな」
「ここでですか?」
「見てなきゃ仕事すんだろ」

水と一緒に渡された薬は医務室で処方された物で、わざわざ貰いに行ってくれた事に心がきゅっとした。

「ありがとう…イゾウさん」
「起こしてやるからちゃんと眠れよ?」
「はい」

返事はするも、自分からイゾウさんのベッドに入るのが躊躇われてなけなしの勇気を振り絞ろうとしていたら、小さく溜息をついたイゾウさんが腰を屈めてわたしのブーツの紐を解き始めた。

「イ…イゾウさんっっ!自分でやりま…」

慌てて自分で脱ごうと下を向いたら、ごつんと頭をぶつけてしまった。

「ご、ごめんなさい」

テンパってわたわたするわたしを見て、イゾウさんは愉しそうにクツクツと笑いながら離れようとしたわたしの頭をぐいっと引き寄せた。

ピタッとおでこがくっ付けられて、目の前にイゾウさんの端整な顔が迫る。

「な、な…」
「良い子はちゃんと寝な?」
「…は、い…」

子供じゃないんだから…何かもう色々恥ずかしい。

気が抜けた所為か動く事を止めようとする頭と身体を必死に動かし、もぞもぞとベッドに潜り込む。
正直な身体は横になった途端に休みたかったんだと悲鳴を上げ始め、意識と共にゆっくりベッドへ沈んでゆく。



イゾウさんはわたしが望む位置に立てる様に、いつも陰からそっと手を差し延べてくれる。

海で生きる事を選んだわたしにも、此処に居るなりの幸せの掴み方は有るのかも知れない…何て思ってしまったのは熱の所為か、それとも効き始めた薬で微睡み出した所為か。

心地良い眠気が思考を妨げる。


「おやすみなさい、イゾウさん」
「おやすみ、ルリ」


優しく髪を梳いてくれるイゾウさんの手が気持ち良かった。
目を瞑って居ても感じる穏やかな視線を今は素直に受け止めて。

fin.

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