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きみの幸せを希う

「Life goes on」イゾウさん視点と後日談

「あ、イゾウさーん!」

夜風にふわふわと混ざる柔らかい気配の出処が誰か、なんて事にはとうに気付いていた。
だが、ここまで上機嫌だとは思って居なかった。

見上げた見張り台には、控え目に手を振るルリの姿。
相変わらずの籤運に呆れた顔を向けると、意を察したのか眉を下げてへらりと笑う。

「どうした?エラくご機嫌じゃねェか」
「だって、朝からずっと探してて…やっと見つけた」
「隠れてたつもりはねェんだけどな」

するりとその横に飛び込みそう言えば、楽しげに笑ったルリに釣られて俺も笑う。

「これ、イゾウさんにもお裾分けです」

手にしていた本の隙間から抜き取り、手渡された手触りの良い厚手の紙には、白い押し花が一つ。

「この間の結婚式で貰ったブーケの花で栞を作ったんです。だから、イゾウさんにもひとつ…」

言いながらあの日を思い出したのか、桜色に頬を染め口篭る。

「とても良い式だったから、残したくて…」

俯いたままポツリと呟いたルリの言葉で蘇ったのは、あの時の想いと、これからの――








「華が足りねえよい」

マルコのその発言は、俺じゃなくたって予想外だったに違いねェ。
だが準備に忙殺されるルリが、ドレスを買う為にナースと降りる時の楽しそうな顔を見れば、どうやら無理にでも休憩をさせる為に言ったんじゃねェかと思い至る。



普段以上の騒がしさに華やかさの加わった甲板は、何処から出て来たんだと呆れる程の家族で埋め尽くされ、ルリの気配はするもその姿は容易に見つけられない。
尤もそれは向こうも同じだった様で、時折不安織り交ぜつつも動く気配を追い掛け、愉しむ。
俺を見つけたらどんな顔をするだろう?その様子を想像すれば緩む表情を抑えようとした時。

「ステファン!」

その声に振り向くと、今朝エースに洗われたばかりで毛艶の良いステファンが全力で尻尾を振りながらルリに纏わり付いていた。

ステファンにリボンを結んでやるルリの、器用に纏めた髪に飾られた髪飾りが光る。それを見て思わず上がる口角は、抑えようとしても抑えられるモンじゃ無かった。

当たり前だ。
晴れの日に選ぶモノ、それに対する想い。

「え…イゾウさ…ん?」

どんな気持ちで選んだかなんて、聞くまでも無く分かる。

足元に在った目線をゆっくりと上げたルリが見せた、予想通りの驚きの表情と予想以上に嬉しそうな表情。
ヒールの所為でいつもより近いその距離が生んだ違和感に、みるみる赤らむ頬。

主役でなく、ルリの事だけを考えて選んだなんざ、他人が聞いたら失笑モンだろう。
それでも家族の波の中、淡い色のドレスを着たルリの手を引いて歩く途中、ルリに向けられる視線に確かな満足感を抱き、狼狽え続けるルリを背中越しに楽しむ。

衣服が変わるだけで気持ちまでこうも変わるのかと、きっかけを作ったマルコに少しだけ感謝する。

「また後で、な」

その言葉に深い意味は無かったが、式の後半表情を曇らせその場を離れたルリの気配の行く先を追う。

あの表情のルリが考えてる事は、手に取る様に分かる。分かるが、ルリが俺にそれを話すのは、きっとまだ先なのだろう。
だから今は、気付かない振りをしてやる。

いつかのその日が、そう遠くねェ事を願いながら。


花嫁から託されたブーケを手に流れに逆らい歩き、目指す後ろ姿を船尾で見つけた。
しょんぼりとした空気を隠さず手摺にくたりと身を預けたルリは、そっと近寄り背後から緩く抱き締めるまで、俺にすら気付かねェ程に惚けていた。

「イゾウさん、取ったんですか!?」

眼前に差し出したブーケに向けた、相変わらずのズレた反応に肩を震わせて笑えば、触れる花弁が擽ったいのか小さく身を捩る様が可愛らしくて、気付かれ無い様にそっと旋毛に口付ける。

くるりと此方を向いたルリは笑顔で、ぽすんと押し付けられたブーケが薫った瞬間――


「ありがとです」


時間が止まったと感じた。
それ程までに予想外で、俺の想定の先を行くルリの行動に、真っ赤になって駆け出したルリを追いながら、思う。

ルリが自ら踏み出すまで待ってやるべきだと、彼女もそれを望んでいると思っていたが、もうそんな段階じゃ無いのかもしれねェと。



ぐいっと腕を引けばいとも簡単に俺の腕の中に納まったルリに、居場所はここで良いんだ、もう躊躇うな――そう伝わる様に今度は強く抱き締めた。









「どうかしました?」
「いや、何でもねェ…」

不寝番の夜。
朝からタイミングが合わず会えなかったイゾウさんを漸く見掛け、見張り台の上から声を掛ける。
話すうち、いつの間にか遠くを見て何かを考えていたイゾウさんの隣で同じ方向を見詰め、その先に在るわたしたちの世界を想う。


「幸せとか言ってたら…“略奪強奪、くまなく奪う”なんて唄われてる海賊なのに、笑われちゃう」

栞を弄びながら自重気味にそんな事を言ったのは、半分照れ隠し。
もう半分は……

「ルリにも…望む幸せが有るのか?」
「え?わたしですか?わたしは…」
「オヤジの――ってのは無しだぜ?」

目の前の逃げ道を先回りで塞がれ、返答に詰まる。

「な…んで急に、そんな事聞くんですか?」
「ルリには幸せになって欲しいと思ってる。もうずっと、な」
「…っ、」

「幸せにしてやる」とは言ってくれないんだ…と
イゾウさんを踏み留めて居るのはわたしなのに、いつの間にか素直にそんな言葉を望むようになっていたわたしは、贅沢な事を思う。
いつまでもいつまでも、イゾウさんがこうして何も言わずに側に居てくれる保証なんて、何処にも無いというのに。

「わたしの…は…」

言葉が出て来なかった。

希望、現実、理想
本音、建前
…現在

どれを取っても完璧な正解なんて無い気がして、わたしはまた踏み出せないまま、こうしてイゾウさんの隣に居続ける。
甘やかされる事の心地良さに、身を浸し続けてる。

ぐるぐると思考の渦巻きに巻かれるわたしの向こう、隣のマストに設えられた船鐘が、一日の終わりを静かに、始まりを高らかに告げた。


一年の終わり と、
     始まり。


「今は…今年も無事にこうして、この瞬間を迎えられた事が幸せです。しかも…イゾウさんと、一緒に……」

必死に絞り出した言葉がちゃんと最後までイゾウさんに届いたかは分からなかった。
抱えた膝に額を擦り付け、上がる体温と呼吸を懸命に抑え込む。

ゆっくりゆっくりと息を吸って、それでも顔は上げられなくて。

「お誕生日、おめでとうございます」
「聞こえねェよ」

クツクツと抑え気味に聞こえる笑い声が、本当は聞こえていたと雄弁に語る。

「…おめでとうです」

腕の隙間からチラリと横目で見上げながら再びそう言えば、真っ直ぐにわたしを見るイゾウさんの眼差しにがっちりと絡め取られ、導かれる様に顔を上げた。

「ルリが一番か…ありがとな」

その言葉が嬉しくて、じんわりと染みて満たされる気持ちが、ああ、本当に今わたしは幸せなんだと教えてくれる。

以前にも増して向けてくれる笑顔を、わたしだけに向けてくれていると思う優越感くらいは、持っていても良いのだろうか?

「…みんなが主役を待ってますよ?」

祝いの宴は明けて昼からの予定なのに、気の早い家族たちのざわつきが明らかにこちらへ向けられていて、顔を見合わせたまま笑う。

「口実だろ?どうせ俺が居なくたって勝手に飲むんだ」

イゾウさんらしい迷惑そうな口振りを嬉しそうな顔に乗せて、ゆっくりと腰を浮かせたイゾウさんに、問いかける。

「あ、そうだ。イゾウさんの幸せって…?」
「俺か?俺は…ルリの幸せそうにしてる顔を見る事、だな」
「はひ?!」

悲鳴とも感嘆とも言えない声を発した口を慌てて押さえるも、ぷすぷすと火照る頬と緩む口元が、容赦無くわたしの相好を崩す。

「それなら今、ですけど…こんなので良いんですか…?」
「こんなの“が”良いんだよ。下に顔出したらまた戻るから、少し待ってな」
「はい…!」

ぽすんと撫でてくれた手を、思わず取る。
そのまま歩き出したイゾウさんは、ギリギリまで、指の先だけが触れ合い離れるその瞬間まで、後ろ手で腕を、指先までを伸ばし残してくれた。

「いってらっしゃい」

不思議な事に、するりと離れた指先はまだ繋がったままのような気がして、いつまでも消えないイゾウさんの温度をそっと抱きしめた。

fin.

HappyHappy Birthday!!
イゾウさんと、イゾウさんを好きな全ての皆様へ。


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