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上陸を控えたモビーに、一本の緊急連絡が入った。外線用の電伝虫にではなく、マルコ個人の回線に直接掛けて来たその通話の主は『西の浜、奥の岩場。救援を頼みます』と簡潔に告げ、返事も聞かずに一方的に通話を切った。
会話をする余裕がない状況、と考えるのが妥当だろうと読んだマルコは、即座に脳内で最適な編成を組み立てる。

「イゾウ、すぐに降りれるかよい?」

部屋を出て最初に行き合ったのはイゾウだった。行き合ったというより、マルコが出て来るのを待っていたと言うのが正しい。
呼ぶつもりだったのだから、探す手間が省けて良かったと言うべきだが……こういう時のこいつの察知能力はどうなってんだ――マルコは心の中だけで小さく呟くと、黙ったままのイゾウに続きを告げる。

「先遣隊から救援要請が入った」
「……5分で出る。それ以上は一秒足りとも待たねェからな」


* *


長い間白ひげの縄張りになっているこの島に本船が入るのは、5.6年ぶり。ルリが寄るのは初めてだった。
周辺海域の治安がここ数年で悪化したので、念の為先遣隊を出し、現状の確認をする事になっていた。

ルリが先遣隊の任務に就く事は珍しい。
それは急な決定で、当初予定していた隊員が酔って転んで負傷すると云うなんとも情けない事態になり、急遽帯同する事になったのだ。





「……大丈夫?」
「ああ……悪いな、手間取らせて……」
「モビーには連絡したから。それまであと少し、頑張って」

治安が悪化したと云うのは、紛う事なく事実の様だった。
上陸して早々、他の海賊団と鉢合わせてしまったのだ。クルーの身体に刻まれた白ひげの証に目敏く気付いた奴らと小競り合いになるのに、時間はかからなかった。

仮にも白ひげのジョリーロジャーを掲げるこの島で本隊と相見えようなど、名を上げたいルーキーか、ただの命知らずか……

出来れば後者であって欲しい、とルリは考えていた。白ひげには遠く及ばなくとも、ルーキーと呼ばれる面々はそれなりに頭も切れるし腕も立つ。しかし後者ならば、楽勝とまで高を括りはしないが、自分たちの腕でもある程度の対処は出来る。

「なんだなんだ、逃げてばかりで……がっかりさせねぇでくれよ?」

島内での戦闘は極力避けたいとルリは思っていたし、それは船の方針でもあった。
例え白ひげの名の下でも無駄な争いは海軍の目を引くし、島にも余計な遺恨を残しかねない。

なるべく市街地は避け、人の少ない場所に
必要以上の争いはせず、戦闘は最低限に

それが裏目に出た。
結果としてルリたちは島の裏側、浜辺の奥の入江に追い込まれてしまう。風上を取る事も出来ず、更に入江の岩陰には敵船の姿も見える。負傷者も抱え、状況はかなり不利だ。

「白ひげ海賊団もとうとう人材不足か?」

ニヤニヤと、下卑た視線が自分に向けられていると分かる。
舐められるのは悔しいが、その分虚を衝きやすくなる。但し、それが通じるのは一度だけ。
故にルリは、慎重にタイミングを見計らって飛び出した。

案の定、予想外の動きに動揺した敵の一角を崩す事に成功した。仲間もそれに続く。
隊長格でなくとも手練れ揃いの白ひげ海賊団。打ち合わせなどせずとも、連携は容易い。瞬く間に形勢は逆転――したかに思えた。

(まずい、これは……っ)

無闇矢鱈に放られた手榴弾らしき物を片っ端から弾き飛ばす。それらの中に見えた、一つだけ違うもの。

「ダメ……!それはっ……」
「無、理……だっ、止まらねえ……!」

気付いたルリが叫ぶも、身体に染み付いた反射は止められない。
綺麗に真ん中から二つになった容器から零れたけばけばしい色の液体が空気に触れ、一気に揮発する。

「早く離れて!」

自分達が居るのは風下だ。敵が執拗に風上を取ろうと動いていた時点で毒物の可能性に気付くべきだったのに――

そっと能力を発動したルリは、多少の毒やウィルスならば中和出来る。身体に廻る速度も少しだけ遅い。
それでも念の為に、と彼女が持ち歩いている解毒薬は一人分。

(だめだ、このままじゃみんな持たない……ごめんなさい、イゾウさん……)

拡散した薬物を警戒してか、敵は自分たちと距離を取っている。それだけ強い薬物なのだろう。
ならば、今しかない。
ルリの決断は早かった。
みるみる蒼ざめて行く仲間に砕いた解毒剤の欠片を飲ませ、悟られぬ様に手早く能力を施した。

これで暫くは大丈夫だろう。
息を吐く間もなく残りの弾数を確認すると、ルリはそっとその場から離れる。

「白ひげの家族に手を出しておいて……無事帰れると思わないで下さいね」

静かな怒りを全開にして、彼女は漂う薬物を気にすることなく、最短距離で敵の懐に飛び込んだ――



* *



絶対に膝は折りたくなかった。
白ひげ海賊団の一員としての意地もプライドも有る。

ほんの数分が何時間にも感じられた。
気付けば見える範囲に自分以外に立っている者は居なかった。
途中で弾は切れ、いつの間にか愛刀を抜いていた。

「イゾウ隊長!居ましたこっちです!」
「あー……イゾウさん、だ……」

けれど気力だけで立っていたルリの身体は、イゾウの姿を見た瞬間、ぷつりと糸が切れた様に崩れ落ちた。
愛刀を支えに、何とか膝を着いた所で耐えたが、その手にも力がない事はありありと見て取れる。

「みんなを先に……大丈夫、わたしはまだ大丈夫です。イゾウさ……隊長」

その言葉は、彼女に出来る精一杯の拒絶だった。本当はその手にその胸に、今すぐにでも身体を預けたかった。

「……っ、待ってろ。すぐ戻る」
「はい、ここで待ってます」

恐らく初めてルリの前で見せた苦痛の表情を必死の理性で押し戻したイゾウは、この期に及んで笑顔を向けようとする彼女の目蓋をそっと手で塞ぐ。
意図を察し、膝を抱えて座り込み顔を伏せたルリにイゾウは腰に巻いた着物を掛け、その上からそっと頭を撫でる。

「すぐ戻る」

ルリを覆っていた張り詰めた空気が、ふわりと少しだけ和らいだのを感じて、イゾウは小さく息を吐いた。



生死に関わる強い毒ではなかったし、目立つ負傷も無い。
しかしルリにとって深刻なのは、人間に能力を使った事に依る疲弊だった。この状態で敵と対峙しても、恐らくもう先ほどの様には動けない。


イゾウさんが戻って来るから、大丈夫。
それだけを、呪文の様に心の中で繰り返す。


「あ……れ、イゾウさん……?いつの間に」

抗い難い睡魔で意識を手放していたルリは、さくさくと砂を踏む音と波の音で目を覚ました。
ゆらゆらふわふわと温かかく心地良かったそこは、イゾウの腕の中だった。

「みんなは……?」
「大丈夫だ、心配要らねェよ……おい、起きるんじゃ……」
「ごめんなさい、わたし……イゾウさんとの約束守れなくて……」

――俺の目の届かない所で、人に対して能力を使うな
いつかイゾウに言われた言葉。
だからと言って家族の危機を見ぬ振りは出来ない。彼女を縛る言葉でもない。それは当然イゾウも分かっていて責める事はないが、しかし心中は穏やかでいられない。

「いや……謝る事じゃねェよ」
「イゾウさん」
「どうした?」
「わたし大丈夫ですよ?この程度使うだけなら、全然……でも……来てくれたのがイゾウさんで嬉しかったなあ……」

拍子抜けする程に穏やかなルリの素直な言葉に、イゾウは思わず顔を顰めた。

「ルリは……もう少し俺を頼れ」
「頼ってます。それに……甘えてます」

少し照れたように笑ったルリは、皺の寄ったイゾウの眉間に触れると静かに目を閉じ、小さな声で「こんなの、イゾウさんにだけです」と続けた。

「馬鹿が……こんな時にそういう事を言うんじゃねェよ……」
「こんな時だから、言うんです……」
「それもだ。これじゃあまるで――」

自分でも予想外に口にし掛けたその言葉を飲み込んだイゾウは、目を瞑ったままのルリからバツの悪い表情で目を逸らした。続く言葉に気付かない程彼女は消耗していないだろう。
しかしルリからの反応は無かった。
そのまま目蓋を開けない事で、イゾウの言葉に気付かない振りをしたからだ。

「という訳でイゾウさん。今日は少しだけ我儘聞いてくれますか?」

代わりにルリは努めて明るい口調でイゾウを見上げている。

「イゾウさんの部屋で、寝たいです。あと出来れば……」

一瞬目を開けてイゾウを見たルリは、はにかんだ様に微笑むと再び目を閉じ、何も言わずに少しだけイゾウに擦り寄った。

「言われるまでもねェ。起きるまで側に居てやる」
「ありがとです……それなら安心して眠れます」

言うや否や、彼女はゆっくりと目蓋を閉じた。
自らの時間を失う事が怖くない訳ではないだろう。それでもこうして自分の腕の中で、穏やかに微睡んでいる。

「心配させるな……ってのも、無理な話だよなァ……」

ならばせめて、手の届くところに。
声の聞こえるところに。

少しでも、近くに―――

fin.

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