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This only one

穏やかな海域が続いていた。

その所為かどうかここ暫く敵襲も無く、遠征に出るような出来事も無かったのでモビーにも穏やかな空気が充満していた。
マルコ隊長が昼寝する位なんだから相当なものだと思う。

当然わたしも特に急ぎの用事は無く、レパートリーを増やしたいと言うサッチと厨房に篭っていた。

「かー。和食って難しいな。でもせっかくの機会だしなー」
「サッチは豪快に鍋振ってる方が似合うもんね」
「そうか?鍋振る俺ってばそんなにカッコいいかよ?」
「格好いいとは言ってないけどね…でも、サッチの割には?」
「疑問系かよ」
「何下らねェ事言ってんだ」
「あ、イゾウさん来た」

サッチに幾つかの和食を教えそれをイゾウさんに試食してもらう、と云う事を昨日から何度か繰り返していた。

「今度は何作ったんだ?」
「チラシ寿司とけんちん汁です」

今までに作ったのは肉じゃがに筑前煮に天婦羅・・・
モビーで作る事を考えて、大量に作り易いレシピを選んでいた。

お昼も近かったので、3人分を器によそって机に並べる。
無難なものを選んでるから大丈夫だとは思うけど、イゾウさんに食べて貰うのは未だにとても緊張する。

「いただきまーす」

イゾウさんとお揃いのお箸で食事をするのには、だいぶ慣れてきた。
それでも目の前のイゾウさんの手元に自分と色違いのお箸が有るのを見る度に、何とも言えないくすぐったい気持ちになる。

「どうよ?」
「あァ、悪くねェな」
「味噌汁よりこっちの方が楽でいいな」
「どんどん具材を突っ込むだけだもんね」
「そんな身も蓋も無い言い方すんなよ…ルリ」
「味噌汁は…」
「ん?」
「どうせ俺くらいしか飲まねェし、ルリが作りゃいい」
「っ…!?」

口へ運びかけた箸を途中で止めたまま、金魚みたいにパクパクと言葉の出て来ない口で必死に呼吸をする。

「は?何言ってんのよイゾウってば。そこは俺の仕事じゃねーかよ」

ホントに…何言ってるのイゾウさん?だって今の言い方は…
いやいや、でもイゾウさんはきっとそういう意味で言ったんじゃないと思うし、って云うか、そんな意味で言う訳無いじゃない。
わたしってば、自意識過剰もいい所だ。


すぐ側で聞こえている筈のイゾウさんとサッチの会話は、途中から全く耳に入って来なかった。

「どうしたルリ?耳真っ赤だぜ?」
「え?あ、うそ?何でも無いよ?大丈夫」
「なーに急に慌てちゃってんのよ。イゾウ何かルリに言ったっけか?」
「いや?何も言ってねェよな?」
「うん、言ってないです。あ、わたしお茶煎れて来ますね!」

目の前に居るはずのイゾウさんの顔を見られない。
それどころか自分の手元にあるイゾウさんとお揃いのお箸を見るだけで顔が熱くなるのが判って、何とか口実を付けて席を立った。


カウンターのすぐ裏にあるコンロにポットを載せ火を点けると同時に、顔を押さえてへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。

「うーイゾウさんの意地悪…」

昼食時間が近づいた食堂は、次第に騒がしくなってきた。
そんな中でもイゾウさんの声だけはちゃんと聞こえてしまう自分の耳が恨めしい。

イゾウさんは最近たまにああいうことを言ってわたしの反応を楽しんでいる気がする。
この間だって…と、今自分の手が触れている頬をイゾウさんに触れられた事を思い出し、下がりかけた熱が再び上がる。


ぼんやりとした思考がお湯の吹き零れる音に呼び戻された。
慌てて火を止めた時、ずれた蓋を直そうとついうっかり素手で触ってしまった。

「熱っ…」

小さく呟いただけなのに。
それは喧騒の中イゾウさんの耳に届いてしまう。

「何やってんだ、ったく」

軽い声色とは裏腹に眉間に薄く皺を寄せたイゾウさんに手を掴まれ、流水で冷やされる。

「ちょっと触っただけだから大丈夫ですよ?」
「耳真っ赤にして、何を考えてたんだか」
「…イゾウさんがそれ言います?」
「俺が何か言ったか?」

わたしの手を持ったまま、クツクツと楽しそうにイゾウさんは笑った。
水で冷やされている筈なのに、握られた手は熱を伝えてしまいそうなくらい熱かった。

「まァ、あれだ」

水を止め、濡れたわたしの手を拭きながら少し屈んだイゾウさんが小さな声で言った。

「ひとつくらい、ルリしか作れないモン残しといたって構わねェだろ?」
「…構わない、です」

この人はどうして、いとも簡単にわたしの心をかき乱す事が出来るのだろう。
嫌でも高まってしまう自分の鼓動に、思考も気持ちも爆ぜる寸前だった。


視界の端をマルコ隊長が通った気がしたけど、気付かない振りをしてしまう。

「サッチ、あいつら何やってんだよい」
「おーマルコ、ここが食堂だってあいつらに言ってやってくれよ」
「蹴られたくねえよい」
「イゾウとルリは切れっとこえーからなー」

けらけら笑うサッチの声も、今は聞こえない振りをした。


「イゾウ、さん」
「ん?」
「またイゾウさんにご飯作って、いいですか?」
「あァ、楽しみにしとく」


コーヒーを二つとお茶を淹れた白い二つの湯飲みを持って、ニヤニヤするマルコ隊長とサッチの待つ席へと戻った。

イゾウさんと二人、全力で覇気を飛ばしたのは、そのすぐ後の出来事。

fin.

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