Home | ナノ

Wonderful life


イゾウさんに書類を届けに行ったら、お駄賃だと紙風船をふたつ貰った。

なんでも部屋を整理していたら、古い本の間から出てきたらしい。
わたしの居た地域には居なかったから知らなかったけれど、行商の薬屋さんがくれるのだそうだ。

ひとつを膨らませ、ぽんぽんと遊びながら歩く。


「お、ルリ。何だそれ?」
「イゾウさんに貰ったの。エースも遊ぶ?」

こちらへ向かって来るエースにぽんと投げた瞬間、ある事に気付いた。

「あ、エースそれ…!」
「おわっ」

時既に遅し。
エースが触れた瞬間、薄い和紙で出来たそれは一瞬で燃え尽きてしまった。

「紙なんだ…って言うの遅かった…」
「あー悪い…イゾウに貰ったんだよな?」
「大丈夫だよー。もうひとつ有るから」

しゅんと仔犬みたいに小さくなって謝るエースを見ていたら、いい事を思いついた。

「ねね、エース」
「ん?」
「甲板に行って水を沢山用意しておいてくれる?すぐ行くから」
「おう、よく判んねぇけど判った!」

急いで部屋に戻って引き出しを漁ると、目的の物はすぐに見付かった。
数も十分に有る。これならエースでも大丈夫だと思ったら少しワクワクしてきた。



甲板への扉を開けると、目が眩む位強い日差しで視界が一瞬真っ白になる。
ようやく慣れた目で甲板を見回すと、何処から持って来たのか水を張った幾つもの大きなたらいを取り囲むエースと、手伝わされたらしい2番隊の隊員たちを見つけた。

「お待たせ、エース!」

持って来た物をたらいの中へばらばらっと入れる。

「何だこれ?」
「水風船。膨らませて水入れて遊ぶの」

以前島で買い物をした時に、雑貨屋のおじいさんが何故か沢山くれた水風船。
特に使う事も無く引き出しに入れっぱなしだったけれど、どうやら役に立つ時が来たみたいだ。

一緒に持ってきた水差しで水を入れ、膨らませて口を結ぶ。

「こうやって作ってね、投げ合って遊ぶの」
「いいなそれ!楽しそうだな!」

にししと歯を見せて笑ったエースは、隊員たちと一緒にせっせと水風船を作り始める。

「何やってんのー?」
「あ、ハルタも遊ぶ?」
「何それ、水風船?」
「うん。投げ合いしようかなって」
「面白そうじゃん。やるやる」

2番隊隊員たちの頑張りも有って、たらいの中はすぐに水風船でいっぱいになった。

「個人戦でいいよねー?」
「おう」
「いいよー」

水風船でいっぱいのたらいを甲板のあちこちに配置する。

「じゃ、始めー!!」

騒ぎを聞いて集まってきた人も加わって、瞬く間に甲板は大騒ぎになった。
たまに水風船以外の物も飛び交ってる気がするのはきっと気の所為じゃない。
エースなんて火銃まで飛ばしてるし。


強い日差しの中、弾けた水風船から飛び散る水飛沫で冷やされた風が気持ちよかった。

水風船を幾つか持ったまま日陰に入って、皆が遊ぶのを見ていたら上からぱしゃりと口を結んでいない水風船を落とされた。

「うぁ…誰?!ってこれ水じゃないし!」

見上げると涼しい顔でニヤリと笑うハルタが居た。
強烈に鼻につくこの匂い、すっごく度数の強いお酒だ。

「ルリにとってはそんなの水みたいなもんでしょ?」
「飲むのと被るのは違うし…これ、エースに近付いたら火がつくんじゃ…」
「油入れた風船はこっち。誰にぶつけようかなー」

喜々とした顔でハルタが甲板を見回したその時、船内から誰かが扉を開けた。
身体より先にチラリと見えた固まり。こんなタイミングで出てくるあれは…

「「「サッチ!!!」」」

申し合わせたみたいに三人同時に叫び、一斉に手にしてた水風船を投げつけていた。

「は!?ちょ!?」

どさくさに紛れて他の人も投げたみたいで、自慢のリーゼントが崩れるくらい沢山の水をサッチは被っていた。

「あはははは、超ウケる!」

ハルタが手にしていた油入りの水風船が無い。やっぱりサッチが犠牲になったみたいだ。

「お前らー…イキナリ何してくれちゃってんのよ…」

思いっきり頭を振って崩れたリーゼントを解したサッチが加われば、もう当初の水風船は何処へやら。最早ただの追いかけっこになっていた。

これは収拾つかないなと、お酒でベタベタになった身体を流しに船内へ戻ろうとした時、ふわりと白檀の香りがした。

「あれ、イゾウさん?いつの間に」
「何やってんだ、ルリまで一緒になって」

あははと苦笑いを浮かべてこうなった経緯を話していたら、徐にイゾウさんが懐から愛銃を取り出しわたしの肩越しに一発撃った。

パシャリと背後で弾けた水風船からは赤い液体。今度は赤ワインの匂いがする。

「俺を狙おうなんざ、十年早ェよ」
「ちぇっ、イゾウ一人涼しい顔しちゃってさー」
「ハルタ、わたしシャワー浴びて来るね」
「了解ー」
「ルリちゃーん。シャワー浴びるならこれでいいよなー?」
「!?」

上から聞こえた声に視線を向けると、たらいを担ぎ上げて今まさにこちらへ水をぶちまけようとするサッチと目が合った。

「うそ…ちょっと待ってサッチ!」

自分が水を被ると云う事より、目の前のイゾウさんの愛銃が濡れる、と云う方に意識が行って咄嗟にイゾウさんを押しやっていた。

「あ、やべ」

ばしゃっっと降って来た沢山の水に続いて、ガツン!と大きな音を立ててたらいが頭を直撃した。

「いったあぁ…」

たらいまで落ちて来るなんて予想出来なかった。
余りの衝撃にその場にへたり込んだら足元が大量の水で水溜りになっていて、能力者のわたしはへにゃりと力が抜けてしまう。

「ぁ…しまった…」

思わず小さく声を上げると、気が付いたイゾウさんがすぐに抱え起こしてくれる。
よかった…イゾウさんが居てくれる時で。

「うわぁぁ…悪ぃルリ!大丈夫かよ!?」
「大丈夫かじゃねェよ…サッチ…」
「あーあ、サッチ死んだね」

声を掛けてくれるも上から降りて来ないのは、わたしを抱えたままのイゾウさんが無事だった銃をサッチに向けて居るから。
人前でこんな体勢なんて恥ずかしいからいつもならすぐに離れるけれど、まだ少し怠い身体は預けたままになっていた。

「イゾウ、サッチは僕がやってくるからルリ宜しくね」

ハルタが楽しそうに駆けて行く。
すぐにイゾウさんは懐に仕舞った銃の代わりに手拭いを出し、近くの木箱にわたしを座らせながら髪を拭いてくれた。

「何してんだ、ったく。ルリならあの位避けられただろうに…」
「だって、イゾウさんの銃が濡れちゃうと思って…」

思いも寄らない理由だと云った表情をしたイゾウさんの口元が僅かに弧を描いて、その顔にどきりとしてしまう。
ハッと我に返った時には、わたしの両脚のホルスターの銃がイゾウさんに素早く抜かれていた。

「ルリもこいつらも、直ぐに手入れした方がいいな」
「あ…」

くるりと銃を回しながらそう言うと、イゾウさんは乱れたわたしの髪を整えながらたらいの当たった箇所に触れた。

「いたっ」
「瘤になってんじゃねェか」
「えぇっ…いい歳して恥ずかしい…」
「さっさと中に戻るぞ。ルリの銃はとりあえず俺が診てやる。歩けるか?」
「ん、もうだいじょぶです。ありがとう、イゾウさん」


船内への扉を入ってすぐ、喧騒を聞きつけて来たマルコ隊長と行き会った。
びしょ濡れのわたしを見て何と無く状況を察したらしく「あいつら全員甲板掃除だよい」と言いながら甲板へと歩いて行った。

「みんなごめんね…言い出したのはわたしなのに」

甲板に向かって心の中で手を合わせる。ハルタ辺りはきっと上手く逃げてるんだろうけど。

「気にしなくてもサッチがルリの分までやるだろ」

しれっと言い切るイゾウさんに銃は預けて、シャワーを浴びる為に一旦自分の部屋に戻った。

机の上に置いておいたもう一つの紙風船を大事に膨らませて、本棚の空いたスペースにそっと置く。

まあるく大きく膨らんだそれは、まるでわたしの気持ちみたい。なんて思いながら部屋を後にした。

fin.

prev / index / next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -