雨が降り続いている。
甲板へと続く扉の小窓から外を眺めながら、ルリは小さく溜息をついていた。
雨は嫌いではないが、こうも降り続くと流石に滅入って来る。
「ルリーちょっといいかよい」
ルリは1番隊の隊長補佐で戦闘員だ。
本人は補佐という名の雑用だと言い張って居るが、実際の所は1番隊隊長の事務仕事はルリのお陰で回っていると言っても過言ではない。
「はーい。マルコ隊長どうしました?」
「この書類の足りない分、各隊回って集めて来て貰えるかよい?」
「あーはいはい…と言ってもエースは何もやってないだろうし、サッチもこの時間じゃ厨房が戦場だし…後でも大丈夫です?」
「あぁ、夜までに揃ってれば構わないよい」
「りょーかいです」
「悪いねい」
そう言ってマルコはルリの頭をぽんぽんと撫でて自室へ戻って行く。
もうそんな歳じゃない、と何度言ってもマルコは頭を撫でる事を止めない。
ルリも別に嫌な訳ではないのだが、こそばゆい様な何とも言えない気持ちになる。
「んと…足りないのは…」
先ずは時間の掛かりそうなエースとサッチに書類をやるように促して、それから他の隊長の部屋を回ろう。
預かった書類を見ながら頭の中で段取りを決めていく。
「あれ、イゾウさんが出してない。珍しいな」
遠征や特別な任務でも無い限り、イゾウがこの手の書類を期限ぎりぎりまで出さない事は無いに等しい。
お腹が空いたと騒ぐエースと、それをあしらいながら手際良く昼食の準備をするサッチに「夕方に取りに行く」と声を掛け、イゾウの部屋へと向かう。
コンコンコンと3回ノックすると、すぐさま「ルリか、入りな」と返事がある。
モビーのクルーで扉をノックする人は元々少ないのだが、叩き方ですぐルリだと判る、イゾウにそう言われてからは3回ノックする事にしている。
「お邪魔しまーす。外…何か居ます?」
窓際に移動した椅子に腰掛け、煙管を吹かしながら外を眺めるイゾウの横に立った。
「いや、随分と降り続く雨だなァと」
「ホント、ワノ国の梅雨みたい」
「だな」
ルリもイゾウと同じく、モビーでも数少ないワノ国出身者だ。
その上1番隊に移動になるまでは16番隊に所属していたので、イゾウとは特に心安くしている。
部下だった頃より減ったとはいえ、行動を共にする事も多い。
「雨、これだけ海に降り注いだら」
「ん?」
「海の塩分、薄くなったりしないのかな?」
「…ルリお前、たまに突拍子も無い事言うよな」
ククっと小さく笑い声が聞こえてチラリとそちらに目をやると、薄く笑うイゾウと視線が絡む。
「そんな事無いって判ってるけど、ふとそう思ったんですよ」
普段他で仕事をしている時には滅多に見せない、歳の割りに子供っぽく見える拗ねた表情とその口調にイゾウは緩く口角を上げる。
「書類を出さずにおいた甲斐が有ったなァ」
「珍しいと思ったら、やっぱりわざとですね…」
「まぁな。最近ルリをマルコに取られっ放しだから、口実を作ってやろうと思ってな」
「…イゾウさん…」
薄らと頬を朱くしながら視線を逸らすルリのサイドの髪をさらりとひと掬いして耳に掛け、覗いた耳朶の色を確認して満足げな表情をしたイゾウは、とうに完成していた書類を手渡した。
「ほらよ、手間掛けさせて悪かったな」
「そんな事言われたら文句言えないって判ってて言うんだから、イゾウさんはずるいです」
「へぇ、文句言う積もりで来てたのか」
「だってイゾウさんに「仕事して下さーい」とか言う機会、滅多に無いでしょ?」
「残念です」と言いながら小さく肩を窄めていたルリは「そうそう!」とイゾウの手を取り、何かを思い出した様に口を開いた。
「イゾウさんの好きな茶匠の新茶、こないだの偵察で見つけて買っちゃいました」
「お?」
「書類さえ揃えば、今日は夕方まで少し時間有るから…揃えば、ですけどね…」
「エースとサッチか」
7点鐘の鐘が響く中、小さく頷くルリの手を取ってイゾウは立ち上がる。
「この時間だ、二人とも食堂だろ。一緒に飯食ったら取り立ててやる。行くぞルリ」
「!!はーい」
あれだけ分厚かった雨雲が急に薄れ、薄日が射してきた。
つい先程まで長雨で滅入っていた事が嘘みたいに晴れやかな気持ちで、ルリはイゾウと並んで食堂へ向かった。
fin.
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