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In the blink of an eye


――その日俺は、野暮用でパドルシップへと足を運んでいた。
別に態々俺が行く様な用事でもねェが、特にやる事もなかったし気まぐれみたいなもんだ。

一通り用事を済ませ馴染みの顔と一杯やりながら時間を潰していると、敵襲を知らせる鐘が鳴り響いた。
こっちにはこっちのやり方が有るだろうし、俺が出る幕でもねェと静観を決め込んでいたが、酒の肴にと甲板に様子を見に行ったのもほんの気まぐれだった。

敵味方入り乱れた甲板の上、無骨な奴らに混ざって素早く動き回る一際小さな人物に目が奪われた。

海賊というには華奢な、でも良く引き締まった両腕を惜しみなく晒し、ショートパンツから伸びる両脚にはホルスターとそれに連なる不釣合いな長さの刀を携えて、ヒールの付いた編み上げブーツで縦横無尽に駆け回る。
艶やかな長い髪を場違いに靡かせる彼女のその顔立ちは、自分によく似たそれで。

「ああ、ルリですか?」

俺の視線の先に気付いたそいつが答える。

「確かイゾウ隊長と同じ国の出身ですよ。ホラ、先日傘下の船が潰されたって話有りましたよね?アイツ、そこの副船長だったんすよ」

そう言えばそんな話を聞いた気がする。確かジョズ辺りが掃討に出た筈だ。

「生き残ったクルー共々モビーで引き取ったんっす」

話をしながらも、俺は彼女から目が離せないでいた。

鮮やかな真紅の銃把を持つ二丁の拳銃を手に、瞬時に仲間の状況を見極めて的確な援護を、時には前線へと息つく暇も無く動く。体格差を逆手に敵の死角に素早く回り込み確実に仕留めて行くその様子は、戦場に紛れ込んだ蝶の様だった。

俺の視線に気付いていたのだろう。粗方片付いた事を確認してふっと肩の力を抜いた彼女は、銃をホルスターへ戻しながらゆっくりとこちらへと振り返った。
漆黒の瞳と視線が絡むと、先程まで戦場を駆け回っていた時の凛とした雰囲気とは一変し穏やかな空気を纏って静かに笑みを浮かべ、直ぐに仲間たちの元へと走って行った。


モビーへ戻ってからも事在る毎に思い出される彼女の姿に、まさかとは思いつつそれを否定する材料も見つからねェ。
腹を括ってこっちに引き抜きたいとマルコに話をすると「珍しい事も有るもんだねい」とニヤニヤされたのは癪に障ったが、交渉してくれると言うマルコに礼を言って部屋を後にした。

程なくしてモビーへの移動が決まったルリは、得物が銃という理由で16番隊に配属された。俺の本心に気付いていたで在ろうに、尤もらしい理由で配属してくれたマルコの配慮には感謝をしたが、結局後に1番隊へと引き抜きやがって――



「…イゾウさん、どうかしました?」

気分転換したいと俺の部屋で書類を纏めていたルリの少し不安げな声に我に返る。

「あァ…ちょっと昔を思い出してた」
「随分とぼんやりしてるから、具合でも悪いのかとびっくりした」

ほっとした表情で立ち上がったルリが淹れ直してくれた緑茶を飲みながら、煙管に火を入れる。

「初めてルリを見た日を思い出した」
「あー…誰かに見られてるなってずっと気になって実はちょっと上の空で動いてたんですよね、あの時」
「アレで上の空ってなら、大したもんだ」

遠慮がちな微笑みで応えたルリは纏め終えたらしい書類を確認すると立ち上がり、立て掛けていた愛刀を腰に差した。

「なんだ、もう終わりか?」
「此処で出来る分は終わっちゃいました。場所貸してくれてありがとです」
「あァ、またいつでも来な。余り無理すんなよ?」
「…マルコ隊長に言っときます。行ってきますね、イゾウさん」


あの時と違い、俺の元から笑顔で出て行ったルリの余韻の残る部屋で、たまには思い出に浸るのも悪かねェなと目を閉じた。

fin.

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