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Weight of my pride

「ルリちゃん、早く行きましょうよ」
「はーい。行ってきますね、マルコ隊長」
「ああ、頼んだよい。ルリ」

寄港中、わたしはよくナースさんと島に降りる。
特定の相手が居たりする人は別だけど、それ以外のナースさんが降りる時は護衛も兼ねて一緒に行く事が多かった。
いかにも海賊然とした隊長たちだと余計に目立つし、女だけで行きたい場所も有る。



「ルリちゃんと出掛けるの久しぶりね」
「だってずっと5番隊の人と一緒に降りてたでしょ?」
「ちょっと狙ってたんだけどねー。普段船長と一緒に居ると他の男が小さく見えてダメね」
「親父と比べたら可哀想だよ…」

所謂「女同士の会話」ってやつも、こうしてたまにすると楽しい。
結局は何番隊の誰がいいとかそういう話になってしまうのは、どうやら海賊であっても変わらないらしい。

「ルリちゃんはどうなの?イゾウ隊長と」
「っ…どうなのって言われても…」

買い物を一通り終えて通り沿いのカフェでお茶をしてたら、やっぱりというか予想通りというか、イゾウさんの話を振られた。
人の話を聞く分には良いんだけど…自分の話をするのは本当に苦手だ。

「別にこれと言って特に何も?」
「もー子供じゃないんだから。いい加減何とかなっちゃえば良いのに」
「何とかって…そんな簡単に言わないでよ」
「でも最近、二人で居るときの雰囲気少し変わったわよね。何かあったの?」
「いつ見てるの一体…」
「ふふ、ナースの観察眼甘く見ちゃダメよ?」

ナースって言うか女の目でしょ、と思ったけどそこは黙って置いた。
傍目に判るって事は、サッチとかハルタ辺りも気付いてるのかな。やだなちょっと恥ずかしいかも。

だらだらと、本当に中身なんて何も無い会話だけど時間が過ぎるのは早い。
然程治安の悪い街でも無かったし、刀は目立つのでイゾウさんに預けて来たから白ひげのクルーだと気付かれる可能性は少ないとは云え、用心に越した事は無い。
日が落ちるまでに戻る約束だったので、余裕を持って街を後にした。


モビーが停泊している入り江に向けて林道を歩く。
今日も何事も無く戻れるかと思っていたのに、街の外れから何となく感じていた気配が徐々に濃くなって来て、嫌な確信が背中を伝う。モビーまで後少しだけど、彼女を連れてだとちょっと厳しいかもしれないと腹を決める。

「そのまま振り返らないで。さっきからつけられてる」
「え?」
「大丈夫、たいした数じゃないから。わたしが足止めする間に、モビーに戻って誰か呼んで来て」
「ルリちゃん…大丈夫?」
「大丈夫よ。心配しないで」

本当は少なくない気配だと云う事は隠して笑顔でナースさんの肩をぽんと叩き、そのまま前に押し出す。
覇気を飛ばせばすぐに気付いてくれるだろうけれど、余計な奴らまで呼び寄せてしまっては厄介だ。

腰に巻いたストールで隠していた愛銃に手を掛けてゆっくりと振り返ったのを合図に、一斉に男たちが出てきた。

「一人逃げたぞ、逃がすな!」

ナースさんを追おうとする男に、目の前の男たちから視線を外さないままで引き金を引いた。ああは言ったけれど余裕は無い。決して外さない様に慎重に急所だけを狙う。

「白ひげのとこの女だよなぁ?ちったぁ腕に自信が有るのかも知んねぇけど、夜の方が得意なんだろ?」
「逃げた方もイイ女だったもんな。流石は天下の白ひげ海賊団だ、囲ってる女のレベルが違げぇ」

がはははと下品に笑う男たちに、虫唾が走る。何で女を見たらすぐそういう発想になるんだ。刀が有ったら、そんな無駄口叩く間も与えずに一刀両断にしてやるのに。

「隊長たちの相手してんだろ?俺らにも分けてくれよ」
「うっさい…黙れ」
「あ?」
「あの人はナースであたしは戦闘員だ。隊長たちもみんな、白ひげの誇りを持って船乗りしてる。あんた達にくれてやるプライドなんて、微塵も持ち合わせてないわよ!」
「上等だ。そのお高いプライドとやらがいつまで持つか見せてくれよ?」

先手を取って2発、相性の悪い得物を持つ奴に向けて引き金を引く。
全部で十数人、ナースさんに呼ばれた誰かが来てくれる迄なら凌げない数じゃない。だいたい一斉に取り囲むとか、相打ちさせて下さいって言ってるのと同じじゃないか。

背後の気配に注意しながら、とにかく間合いを詰められない様に慎重に距離を取る。
一人、また一人と確実に撃ち込み、大振りにサーベルを振り回してきた奴をかわして盾にしながら装填する。そのまま背後から蹴り飛ばして受け止めたお仲間ごと仲良く沈んで貰った。

「っのアマ…調子に乗ってんじゃねぇ」
「調子に乗せてくれたのはそっちでしょう?」

残り半分。少し乱れた息を整えながら、昂ぶる気持ちを抑える。戦闘狂って訳では決して無いけれど、こんな状況に微かな興奮を覚えてしまうなんてやっぱりわたしは海賊なんだと思わず笑みが零れた。

「笑ってんじゃねぇ、馬鹿にしやがって!」

勢い良く突進して来た男をかわして、背後にもう一人。居るのは分かっていたのに暗器使いという事までは読み切れなかった。避け切れなかったナイフが頬を掠め、ピアスに引っかかった所為で温かいものがポタリと肩に落ちてを体を伝う。

「っ…!」

たいして痛みなんて無かったのに、お気に入りのピアスを持ってかれた事が痛くて思わず目で追ってしまった。拙い、と思った時にはもう手遅れで、目の前に振り下ろされようとする大鉈が迫っていた。久しぶりに味わう事になるであろうその感触にぎりりと奥歯を噛み締めたその時、聞き慣れた発砲音に続いた金属音に目の前に迫っていた大鉈が弾かれて軌道が反れ、体のすぐ横に深々と突き刺さった。崩れた体勢を立て直しながら、得物を失ったそいつに向けて引き金を引いた。

「イゾウさん…!」

振り返ると、わたしの愛刀を手にしたイゾウさんがそこに居た。
纏わり付いていた嫌な感覚がみるみる晴れて、一瞬で安心感に包まれる。

「どいつだ、ルリに傷つけた奴ァ」

久しぶりに聞くイゾウさんの本気の声に、ゾクリと背中が粟立った。

立ち上がりながらチラリとそいつを目で追うと、びくんと面白い位に跳ねる。
後退する間も与えずイゾウさんはわたしの刀を抜いてそいつを一閃すると、半ば自棄になって一斉に向って来た奴らにきっちり一発ずつ撃ち込んだ。

一瞬だった。
ああ、イゾウさんはやっぱり強い。
普段は後方支援が多くて滅多に浴びない返り血を僅かに浴びたその姿に思わず見惚れてしまう。
そんな事を感じる位、わたしの気持ちはまだ高揚したままだった。

「大丈夫か?ルリ」
「はい。だいじょぶ、です」

イゾウさんは刀に付いた血を振るって鞘に戻し、わたしの肩を汚すそれを手ぬぐいで拭ってくれた。
そのまま頬と耳元の傷を見たイゾウさんの眉間にみるみる皺が寄ったので思わず目を逸らすと、盛大に舌打ちが聞こえた。

すうっと一呼吸置いて恐る恐る手を伸ばし、眉間の皺に触れる。

「イゾウさん。顔、怖いです」
「…誰の所為だと思ってんだ」
「う…ごめんなさい」

わたしの手を取って大きくため息をつくと、漸くイゾウさんはいつもの表情に戻った。

「まァ、この程度で済んでよかったけどな…二度と無茶すんなよ」
「はい」
「…畜生…」
「イゾウさん?」
「ルリに傷つけやがって、直接斬った位じゃ足りねェ…」
「…大丈夫ですよ、これ位の傷」

こんな状況で不謹慎だと思いつつ、イゾウさんの言葉にトクンと心が大きく跳ねる。

「絶対にイゾウさんが来てくれるって思ってたから、だから大丈夫でしたよ?」

握られたままの手から熱や鼓動が伝わってしまうかも、と思ったけれど言わずにはいられなかった。

イゾウさんの手が伸びて来て頬の傷をするっと撫でたと思ったら繋がれた手がぐいっと引かれ、イゾウさんの肩越しに空が見えた瞬間、傷の上を柔らかい感触が掠めた。

「っ…!?」

それが唇だったと気付いた時にはそれはもうそこには無くて、わたしの頬はイゾウさんの肩に埋められていた。

へにゃり、と全身の力が抜けて崩れ落ちそうになるわたしを支えるイゾウさんからはくつくつと堪えた様な笑い声が聞こえて、掴みかけた肩をとんとんと叩く。

「なっ…何で笑うの、イゾウさんっ」
「いや、さっきまでゴロツキ相手に嬉々としてたルリとは思えねェなと」
「…誰の所為だと思ってるんですか」

せめてもの反撃にと、さっき言われた台詞をそのまま返す。

「ルリの所為だろ?」
「何でわたしなんですかっ」

ふいと横を向いて離れようとしたのに、腰に回された腕に力を込められて上体が軽く仰け反ってしまい、至近距離で目線が絡む。

「心配させたルリが悪い」

さっき斬られそうになった時とは比べ物にならない位激しく打つ鼓動が警告をする。

ダメだ、これ以上は。心臓が持たない。

崩れそうになる気持ちを必死に繋ぎとめる。

「イゾウさん…」
「大丈夫だ、そんな顔すんな」

そのまま全身で抱きしめられて完全に力の抜けたわたしは、暫くそのまま全身をイゾウさんに預けていた。
トクントクンと一向に鳴り止む気配を見せない鼓動が二つ聞こえる事に気づいて、胸元を掴む手にそっと力を込めた。

「俺たちの家に帰るか、ルリ」
「…はい」

そのままわたしを担ぎ上げ、イゾウさんは歩き出した。


モビーが見える場所まで戻るとマルコ隊長とナースさんが待っていて、担ぎ上げられたわたしを見て大慌てで駆け寄って来た。

歩けない様な怪我じゃないと判ると、わたしはマルコ隊長に「心配かけるなよい」と軽い拳骨を貰い、イゾウさんはナースさんに「女の子を担ぐなんて!!」と怒られていたけれど、正直横抱きなんかにされていたらモビーに帰って来れなかったと思う。


ナースさんに怪我を治療して貰い、痕が残る事もなく直ぐに傷は治ったけれど、イゾウさんに触れられたそこはいつまで経っても熱を帯びたままだった。

fin.

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