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Flower


「あァそうだ、浴衣着て来ねェか?ルリ」
「はひ?」

朝からとても暑い日だった。
だからって訳では無いんだろうけど。
余りにも唐突なイゾウさんの発言に、自分でも吃驚するような間抜けな声が出た。

「どうしたんです?突然」
「俺が見てェ。ってだけじゃダメか?」
「ダメじゃないですけど…」

愉しい事を思いついた、って顔でそんな言い方されたら断れない。
狡いな、イゾウさんてば。

「決まりだな。着替えて来な」


しばらく浴衣なんて着てなかったけど、モビーに来てイゾウさんと出会ってからまた持つ様になった。
以前取り寄せてまだおろしていなかった絞り染めの一本を選んで袖を通す。
イゾウさんと並ぶ事を想像してあやめ色を選んだんだけど、本当に着る事になるなんて。


いつも通り、コンコンコンと三回ノック。
扉を開けるのにこんなに緊張したのは久し振りだ。

「お待たせです」

煙管片手に書類を持ったまま、イゾウさんは何も言わずにこっちを見てる。
うわ、もしかして綺麗に着れてないのかな。

「久し振りに着たから…どこか変です?」
「…いや。綺麗に着れてる。上等だな」
「よかった。あの、これ預けてもいいですか?」

さすがに浴衣で帯刀って気分じゃなくて、手にしてた愛刀を渡す。
大事なうちの子だけど、イゾウさんにだったら安心して預けられる。
それにたまにしか見れないけど刀を手にするイゾウさんの姿はゾクゾクする程素敵で、密かな楽しみなのは内緒だ。

「あ、そうだ。わたし親父に見せてきますね!」


カランコロンと、いつものヒールとは違う下駄の足音を立てて廊下を歩く。
「誰かと思った」ってすれ違うみんなして言うのが面白くて、自然と足取りも軽くなる。


「親父ー入りますね。ルリです」

大きな杯を片手に、いつも通り豪快に笑う親父の部屋に入った。
よかった、今日も元気そうで。

「グララララ、どうしたルリ。粧し込んで!」
「久し振りに浴衣着たから、見せに来ちゃいました」
「ワノ国の服か?よぉく似合ってらァ。流石は俺の娘だ!」

思わずえへへっと袖を広げてくるくる回る。
親父に褒められるとやっぱり嬉しい。
ぞろぞろと集まって来たナースさんたちも口々に褒めてくれた。
普段着じゃナースさんの色気には敵わないけど、浴衣だったらちょっとはマシかも。
なんて、そんな事を考えるくらい、気分が浮かれていた。

「じゃ、また来ます。飲みすぎないでね、親父」

親父の足にぎゅっと抱きついてから大きな扉を開けると、目の前の壁に腕を組んで凭れ掛かるイゾウさんが居た。

「あれ、イゾウさん?」
「迎えに来た。行くぞルリ」

びっくりした。わざわざ来なくてもちゃんと部屋まで戻るのに。
でもなんだか嬉しくて、さっきより軽い足音が響く廊下を今度は二人で歩く。
今日は帯刀してないからイゾウさんの右側を歩いていた。
たったそれだけなのに、いつもと違く見えるイゾウさんとの景色に心がますます躍る。


「あ、イゾウ…とルリか。誰かと思ったよい」
「どうしたマルコ?」
「ルリに仕事頼もうと思ったんだけどよい、今日はやめて置いたほうが良さそうだねい」

チラリとイゾウさんに視線をやってマルコ隊長が言う。
別に仕事くらい大丈夫なのに。

「ま、急ぎじゃないから明日で大丈夫だよい」
「すいません、マルコ隊長」
「よいよい。せっかくだから甲板に見せに行ったらどうだよい?」
「ん?今日もみんな集まってるんですか?」
「行きゃあ誰か居るだろ。行くぞルリ」
「はーい。マルコ隊長も後で。待ってますね」



甲板に出たら、今日は何の日?ってくらいみんなが揃ってた。
何も無くたって気づけば集まってるからきっと今日も理由なんて無いんだろうけど。
イゾウさんの後ろからひょいっと覗くと、みんなの視線を一身に浴びてしまった。

「うお、なんだルリその格好!」
「浴衣だよー。ワノ国の夏服なの」
「ほう、女性が着ると随分と風流なものだな」
「ビスタ隊長に言われると急にいい女になった気分になるから不思議」

そのままビスタ隊長の隣に腰を降ろして、手渡されたお酒を飲む。
ジョズ隊長やラクヨウさんも初めて見るらしい浴衣に興味深々で、帯がどうなってるか触ろうとしてイゾウさんに本気で睨まれてた。
サッチなら殴られてるかも、なんて思ってたら厨房仕事を終えたサッチがマルコ隊長と出てくるのが見えた。

「あーなんだ、ルリか。イゾウが女連れ込んでんのかと思っ…」
「あ?斬られてェか?サッチ」
「げ、なんてモン持たせちゃってんの」
「今日のイゾウさんは一味違うの」
「てゆーかルリ、背中のソレどうなってんのよ?」
「…そんなに斬られてェのか、サッチは」

予想通りのサッチの発言に、ああ終わったかもと心の中で手を合わせたその時、甲板に鳴り響く鐘の音。
敵船発見の知らせだ。

「ナイス敵襲!ほらほら、イゾウ!斬るならあっち!!な!?」
「ちっ、命拾いしたなサッチ」
「なんだ、こんな時に。無粋な奴らだな」
「ぱっぱと終わらせて早く飲もうぜ」
「エース、暗いから派手に一発頼むよい」
「まかせとけ!」

肉を銜えたままエースが駆け出すと、隊長たちも次々と立ち上がる。
これは敵船に同情するなあ。ご愁傷様。
わたしも行こうと袂から愛銃を取り出して立ち上がろうとしたら、隊長たちが一斉に振り返った。

「ん?」
「ルリは今日は見てろよい」
「そーそー。たまには俺っちの活躍見とけ」
「だそうだ、お姫さん」
「…はーい」

素直に従ったけど、なんかこんな扱い慣れなくてくすぐったい。
いつもじゃ嫌だけどたまにはいいかな。今日だけは特別だ。

「あ、イゾウさん。それ、使っていいですよ?」
「そうだなァ、たまには前に出るのも悪かねェな」

そう言ってイゾウさんは鞘から少し刀を抜き出すと、ちろりと唇を舐めて心底愉しそうな顔で敵船を見た。
ああ、やっぱり綺麗だ。普段のイゾウさんも好きだけど、スイッチの入ったこの瞬間も堪らなく好きだ。
どうせ見てるだけなんだから、わたしも楽しませてもらっちゃおう。

「行ってらっしゃい、イゾウさん」
「あァ、そうだルリ」
「はい?」
「その浴衣よく似合ってる。次からはあいつらに見せんの勿体無ェくらいにな」
「ふぇ?」


思いがけない言葉に、一瞬で全身がエースに焼かれたんじゃないかって位に火を噴いた。


「行ってくる。すぐ戻るからいい子で待ってな?お姫さん」


そこからはもう、イゾウさんを直視なんて出来なくて。
せっかくの機会をぼんやり夢うつつでちゃんと見れなかったのは残念だったけど、そんな事より戻って来るイゾウさんをどんな顔で迎えたらいいのか、そればかり考えていた。

fin.

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