夢で逢いましょう。
隊員の誕生日だから、と丸一日宴会を開いていたのは2番隊。
16隊の内、平均年齢の最も若い彼らがはしゃぎにはしゃいだ結果、モビーのあちこちは修繕が必要な程に破損した。まるで戦闘の後のようだと誰かが言っていたけれど、モビーの甲板で戦闘になる事は滅多にない。これは文字通り嵐の過ぎ去った後だと思う。
「若さって恐ろしい…」
「ん?何言ってんだ、ルリだって若いだろ?」
「エース程じゃないもん……」
結果、幾つかの隊は任務を変更せざるを得なくなり、船大工総出での修繕が行われた。航海に支障の出るような破損ではなかったけれど、何が起こるか分からないのが新世界。常に万全の状態にしておくに越した事はない。
不寝番明けからそのまま対応に当たったわたしは、全ての段取りがついた時にはへとへとに疲れ切っていた。今なら立ったまま寝られそう…
「じゃあ寝るね…もう壊さないでね…」
「おう」
ニカっと笑って駆け出したエースに一抹の不安を覚えるも、そんな事に構う余裕なんてもうなかった。
「少し寝てきまーす……」
何とかそれだけを言い残し、わたしは自室より近い書庫のソファで速やかに意識を手放した。
* * *
静かだった。
潮の香り、風の声、人の気配。
普段ならそこかしこに在るものが何ひとつ感じられず、まるで五感が働くことを止めてしまったかのように、完璧なる静寂だった。
でも何も心配はいらない。だってここはモビーだから。
「イゾウさん、わたしが起きるまでそこに居てくれますか?」
「……あァ、ルリは何も心配しねェで、ゆっくり休んだらいい」
「はーい」
ならば大丈夫。
ここがモビーでイゾウさんが居てくれるなら、わたしは何ひとつ不安になる事はないのだ。
「イゾウさん……」
イゾウさん――夢か現か、でも確かにわたしはその名を呼び、そして目覚めた。寝起きの気怠さが心地よかった。
「……随分と、よく眠ってたな」
「だってイゾウさんがついててくれたから……あ、え?」
イゾウさんが……居る!?
ここはモビーだし、居てくれるって言ってたし……あれ?でもそれは夢の中の話で、なのに今ここに居るという事は……イゾウさん、いつからそこに……?
いつの間にかわたしは飛び起きていた。
乱れているであろう髪も、頬に付いているかもしれないクッションの痕も、そんな事は一つも気にせずにイゾウさんをじっと見据える。
「……わたし、何か言ってました?」
「いや?ウンウン唸ってたが、他は何もねェよ」
「唸って……」
変な夢を見た気はしないのに。むしろとても心地良くて、幸せな気持ちに満ちた目覚めだった。
「……イゾウさん、どうして笑ってるんですか?」
声は出ていない、肩も震えていない。
でも確かに、イゾウさんは笑っていた。
「笑ってねェぞ?」
「絶対笑ってます!教えて下さい、わたし何言ってたんですか!?」
「そうだな……エースもうやめてだの、マルコ寝ろだの、お宝寄越せだの……そんなもんか?」
「……」
恥ずかしさに頭を抱える。一体わたしはどれだけ喋っていたのだ。特に最後の一つ……海賊としては何らおかしな事はないけれど、イゾウさんの前で、しかも寝言で言うなんて……
「そんな、この世の終わりみてェな顔する程の事じゃねェだろう」
クツクツと、今度は隠さない笑い声。
やっぱり……!どこからどこまでが本当かは分からないけれど、イゾウさんは何かを隠してる。
「いくらルリでも、こればっかりは教えられねェな」
「む」
枕代わりのクッションをぽすんとイゾウさんにぶつけた所で何も効果なんて無くて、でも悔しいからもう一回、振り上げようとした手を止めた。
「……勿体ねェ」
ポツリ、聞こえたその言葉の意味は。
それ以上聞いてはいけない気がして黙ったら、行き場をなくしたクッションとわたしを在ろう事かイゾウさんは丸ごと抱え、ソファに勢いよく転がり込んだ。
「わふ……っ」
「さ、もう一眠りするぞ」
「……もう一眠り?イゾウさんも寝てたんですか?」
僅かに緩んだ腕に反撃の時宜。けれどイゾウさんはそんなに甘くなかった。
「大人しく寝な。眠ったら……夢の中で教えてやる」
眠れるはずなんて、ない。
(20150916
←|
→
back to…
main /
top